第一章 愛護 4
翌日、美紀と祥子はテレビの制作スタッフに呼ばれて、テレビ局の一室で待機していた。
「櫻子さん大人しくしてたらいいけど」
「大丈夫よ多分。まだ、寝てるだろうし、小夜子もいるから」
「小夜子さんと櫻子さんの組み合わせ自体がやばそうですけど」
「美紀ちゃん、怖いこと言わないでよ。そんなこと言われたら、なんだか不安になってきた」
二人が話していると、部屋のドアが開いてテレビ局のスタッフらしき人間が入室してきた。
そのスタッフの後ろから入ってきた人物を見て、美紀も祥子も驚いた。
「宇根元さんがどうして?」
「どうも、なんだか悪巧みしてるみたいだよこの人達」
宇根元は端正な顔立ちに、少し困惑気味の表情を浮かべて言った。
「今回、宇根元さんに協力して貰って、櫻子ちゃんとせりちゃんを驚かすドッキリをやって貰おうと思いまして、突然なんですが、マネージャーさんにきてもらった次第です」
テレビ局側の人間が企画書のような物を机の上に出しながら、ぺこぺこと頭を下げた。
「ドッキリですか?急ですね。うちの事務所には話しは通っているのでしょうか?」
美紀は事務的な口調で尋ねた。
「ええ、社長さんが直々に対応して下さって、『どうぞどうぞ』ということなんですが」
「社長が……。はあ、そういうことでしたら」
祥子は何か言いたそうだったが、思い直したようだった。
「まあ、簡単な悪戯ですので、打ち合わせという程のことでもないのですが、この後の雑誌のインタビュー中に宇根元さんが飲み物を飲んだあと突然苦しみ出すという、まあ、よくあるやつです」
美紀は内心、つまらないことをするなとは思っていたが、こういったドッキリ企画というのは、単純だがファンが喜ぶのも知っていたので、あえて何も意見しなかった。が、恐らく表情には出ているだろうなと自覚はしていた。
「宇根元さんには、イヤモニを付けてもらって、タイミングを指示するのでお願いします」
「分かったよ。美女二人をだますのは気が引けるけどね」
そうは言いながらも宇根元は楽しそうだった。
その他の細かい打ち合わせをいくつかした後、祥子と美紀が退室しようとした時、二人は宇根元に呼び止められた。
「マネージャーさんって、櫻子ちゃんのお姉さんなんだよね。噂には聞いていたけど、確かにお姉さんも美しい。今度お食事でもいかがですか?」そう言いながら近付いてきて祥子の手に触れようとした。
「私なんか恐れ多いです。なんならこちらの遠藤を誘ってもらえませんか?」
祥子が突然そのようなことを言ったので、美紀はビクッと身体が強張った。
「この子?う~ん、いや、いいや。お姉さん、考えておいてよ。じゃあ」
電話番号の書かれたメモを祥子に無理矢理渡すと、いつもの爽やかな笑顔を振りまいてスタッフに挨拶しながら去って行った。
「なんか、感じ悪いなあ。美紀ちゃんごめんねヘンなこと言って。気にすること無いから」
祥子は渡されたメモを破り捨ててゴミ箱に捨てた。
「全然気にしてないです」
美紀はそう口にしたが、内心、本当に気にしてなかった。美紀自身なんとなく宇根元のことが気になっていた理由が分かったからだ。私はあのタイプの男が大嫌いだということだ。
美紀はインタビューが行われるセットが着々と準備されている様子を見ていた。
その現場に見覚えのあるツーショットを見つけた。
「きよみさん」
美紀はそのツーショットに声を掛けた。
「あら、やっぱり美紀ちゃんも来てたのね。さくちゃんと祥子さんは?」
「もうすぐ来ますよ。マックスも久しぶりね」
そう言って美紀は跪き、ツーショットの片割れに挨拶した。
マックスは稲生きよみがいつも連れている相棒の名前だ。犬種でいうとラブラドールレトリバーになる。稲生きよみが学生の頃から家族同様に育てていて、映画やドラマにも出ているタレント犬でもある。きよみが代表を務める『あにまるライフ』の看板犬だ。
「ほんとにお前は良い子だね。よしよし」
美紀がマックスの頭をなでると、マックスも嬉しそうに美紀のほっぺをペロッと舐めた。
「マックスー」
よく通る声がスタジオに響くと、マックスばピンと背筋を伸ばし声のする方向を見た。
櫻子が両手を広げて「こっちにおいで」ポーズをすると、凄まじい勢いで尻尾を振って、きよみが持っていたリードをお構いなしに引っ張り、櫻子のいる方へ突然走り出した。
「あぶない!」
きよみが大きな声を出したが、マックスは既に櫻子に飛びついていた。
「この子はほんとに可愛いいねぇ。きよみさん大丈夫ですよ、私のこと覚えていてくれたみたい」
マックスは櫻子に覆い被さり顔を舐めている。
「大丈夫だよね~。マックス。お前は賢い、賢い」
「大丈夫?さくちゃん?」
きよみが慌てて駆けつけて声を掛けた。
「心配ないですよ、きよみさん。きよみさんが一番知ってるでしょう?マックスなら何もしないって」
「それはそうなんだけど……」
稲生きよみは額の汗を拭って笑顔を見せていたが、その顔は真っ青だった。
「大丈夫ですか?きよみさん。顔色悪いですよ」
「ごめんなさい美紀ちゃん心配しないで。昨日ちょっとしたいざこざがあって、疲れているのかも」
「どうしたの?騒がしいけど何かあったの?」
せりを伴って祥子が心配そうな表情でスタジオに入ってきた。
「何にも無いよね、マックス。私に再会できたのがそんなに嬉しかったの?」
「わー、でっかいわんこだ可愛い。私も撫でていいですか?」
せりが目をキラキラと輝かせてきよみに尋ねた。
「ええ、全然大丈夫なんだけど、今付けている首輪の金物が壊れていて、怪我するかもしれなから気を付けてね。交換したいんだけど、この子のお気に入りで交換させてくれないの」
「ああ、それでさっきあぶないって言ったんですね」
美紀がマックスの首輪の部分を見てみると、確かに点描状の装飾部分が一部外れかけているのが確認できた。
「おはようございます」
スタッフの声がして、スタジオに宇根元と彼のマネージャーが入ってきたのが確認出来た。
「おっ、ラブラドールだね。賢そうな顔しているな。僕のうちにも二匹いるんだけど、うちのは大変なわんぱくなんだよ。稲生さん、後でしつけの仕方詳しく教えて下さいね」
宇根元は櫻子とじゃれているマックスに近付いて頭を撫でようとしたのだが、マックスはその手を避けるように伏せのポーズをした。
「あれ、もしかして嫌われてる?女の子が好きなのかな?」
「ごめんなさい。この子以外と人見知りの臆病者なんですよ。慣れれば直ぐになつきますよ」
きよみはすこしバツが悪そうにマックスのリードを引きお座りの姿勢をさせた。
「全然気にすること無いですよ。動物も皆個性がありますからね。な~、マックス。お前もイケメンだから、同じイケメン同士意識してるんだよな」
「駿河さん、もしかして風邪引いてます?」
櫻子がいきなり質問した。
「どうして?櫻子ちゃん」
宇根元は少し面食らったような表情で質問を返した。
「昨日、あった時より声の調子が悪そうなんで、気になりました」
「声の調子?確かにちょっといがらっぽいかな?」
その会話を聞いて、慌てて宇根元のマネージャーが自分のカバンから風邪薬と、ペットボトルの水を宇根元に手渡した。
「お前も少しは気が利くようになったな」
そういって、薬を口に含みペットボトルの水で流し込んだ。
「それじゃ、櫻子ちゃん、せりちゃん、今日はよろしくね」
宇根元はもう一度マックスに触れようとしたが、マックスはまた伏せのポーズをして嫌がったように見えた。
「本当に嫌われてるみたいだ。犬にこんなに嫌われたことないのにな」
「さくって駿河さんのこと嫌いなの?」
「なんで?」
「なんとなく」
雑誌の取材が始まるまで、少し待機しておいてくれと言われ、櫻子とせり、小夜子を加えた四人で楽屋でスタッフが呼びにくるのを待っていた。
「宇根元駿河って今一番人気あるよね。あのルックスなら当然と言えば当然か。さくちゃんあの人のこと好きじゃないんだ」
小夜子がマニキュアを塗り直しながら上の空気味に呟いた。
「別に嫌いじゃないよ。でも好きでも無い。顔の良し悪しなんて関係無いし」
「そういえば、さくってあんまりイケメン好きじゃないよね」
「顔だけいい男の末路を知ってるからね」
「もしかしてそれって……、櫻子さんのお父さんのこと言ってます?」
「おお、確かにさくちゃんの父上はイケメンだよね。若い時はそりゃーモテモテだったでしょう」
櫻子の父親、松本大輔は若い頃、大人気ロックバンドのギタリストで、昨日会った上里臣音とバンド内の人気を二分するほどだったと祥子が言っていたのを、美紀は思い出していた。
「いまじゃあ、嫁におびえる、娘に甘々の只の中年親父ですよう」
「イケメンは直ぐに飽きるっていうしね。でも私は不細工よりは断然イケメンがいいな」せりは真剣な眼差しで語った。
「男は中身ですよ、せり」
「確かに、駿河さんってモテるって話しはよく聞くけど、その後長く続いているの聞いたことないよね」
「おっ、せりちゃん、なにか裏情報でも持っているのかな?」
小夜子が今度は興味津々な面持ちで聞いてきた。
「なんか、気に入った女性には可愛い子犬プレゼントして、そのあげた犬が見たいなとか言って、相手の家に行きたがるとか聞いたことあるけど」
あくまでも噂だとせりは念押した。
「動物をだしにして、女口説いているってこと?動物好きっていうのも、なんか怪しくなってきたな」
小夜子は楽しそうに話した。
「小夜子さんって、ほんと、こういうゴシップみたいなの好きですよね。あんまり良くないですよ」
美紀はそう言いながらも、先程の宇根元とのやり取りを思い出して、その噂もあながち嘘ばかりではないだろうなと思ってはいた。
「動物に嘘は通じないと思うよ。その人の本質を見てるからね」
「さくが言うとなんか説得力あるな。さくってどんな動物にも好かれているもんね」
「そうそう、せりも私のこと大好きでしょう?」
「あたしゃ動物か?」
そう言いながら櫻子とせりがじゃれていると、スタッフが準備ができたと呼びに来た。
「仕事は仕事だからね。真面目にやろう」
櫻子は真剣な声色で言った。
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