第一章 愛護 3
料亭「蔵の下」では、今回のドラマの関係者が集まり和やかなムードの会食が行われていた。
蔵の下は財界の有力者などもよく利用するので、今回のような芸能関係の重要な会食なども少なからず催されていた。
上座ではテレビ局のお偉いさん方が主役の宇根元に話し掛けていて、今回のドラマに掛ける意気込みなどを熱く語っていた。聞いている宇根元もいつもの爽やかな表情でその話しに頷きながら酌をしたりしていて、関係者の高揚感が場の雰囲気を活気あるものにしていた。
櫻子とせりもスタッフとにこやかに話していた。
スタッフの空気感も、これだけの売れっ子をそろえたドラマだけに、絶対に成功させなくてはいけないという高いモチベーションが感じられる、心地の良い緊張感みたいな物があった。
「なんか、凄い雰囲気だよね。関係ない私まで緊張してきた」
小夜子が目の前に並べられた京懐石をつまみ、グラスに注いだビールを一気に飲み干した。
「口で言っていることと、態度が会ってませんよ小夜子さん」
美紀は小夜子にそう言いながらも、視線は上座に座っている宇根元を見ていた。
「おや?美紀ちゃんもあのイケメン俳優が気になるのかな?」
「そんなことは無いんですけど、何か気になるというか……」
「美紀ちゃんも以外と面食いなのね」
「そういう気になるじゃ無いんですけど……」
そうは言ってみたが、美紀自身も何が気になるのか分かっていなった。
「私はさくちゃんがお酒を口にしないか、そればかり気になるわ」
祥子は先程から、櫻子の動きを逐一チェックしていた。
母方の実家が蔵元をしているにも関わらず、まあ、関係ないのかもしれないが、櫻子はお酒が飲めない下戸である。一滴でもお酒が入ると目も当てられない状態になってしまう。
「私、ちょっと注意してくるわ」祥子が立ち上がろうとすると、後ろから彼女を呼び止める男性の声がした。
「祥子ちゃん、久しぶり」
声の方向を見て、美紀は驚いた。そこにいたのは今回のドラマの主題歌を担当することになった大物男性ミュージシャンの
「臣音さん。お久しぶりです。お父さんが最近電話にも出ないって怒ってましたよ」
「アイツ俺の女房にでもなったつもりか?どうせ、うちのバンドのギタリストのダメ出しだから、出るの面倒なんだよ。祥子ちゃん、言いたいことあるならメールか何かで送るように言ってくれない?」
上里臣音と、櫻子と祥子の父親、
「ちょっと行って、櫻子にも挨拶してくるわ。酒飲むなって注意しとけばいいんだろう?」
「お手間掛けます、臣音さん」
上里臣音が櫻子のところに向かおうとしたのを、美紀は聞きたい事があって呼び止めた。
「すみません。私、倉ノ下櫻子の事務所の社員で遠藤といいます。私なんかが聞くのはどうかとは思うのですが、上里さんって宇根元さんと仲いいって言われてますよね。今回の主題歌の件も宇根元さんの希望で上里さんにオファーが行ったと聞きました。宇根元さんってどんな方ですか?」
美紀は自分が宇根元の何が気になっているのか突き止めたくて、親しいとされている人間に彼の人となりを聞いてみたくなったのだ。
「ああ、駿河とはよくさせて貰ってるよ。でも、アイツのプライベートとかは知らないんだよな。あくまでも仕事での付き合いというか。でも良い奴だよ、ビジネス相手としてはね……」
「ビジネスの相手としてはですか?」
「そう、人間として付き合うとなったら、またそれは別の話しかな」
なにか含みがあるような臣音の言い方が気にはなったが、美紀はそれ以上踏み込んで聞く事は控えようと思った。
臣音は笑顔を見せて立ち上がると、櫻子とせりが座っている方へ歩いて行った。
「どういうこと?美紀ちゃん」祥子が心配そうに尋ねた。
「ああ、祥子さん気にしないで下さい。私の単なる好奇心なんで」
「これは、本格的に美紀ちゃんが女に目覚めたというサインかな?」
小夜子が少し目を細めてからかうような視線を美紀に向けていた。
美紀はそんな小夜子を無視して、再び宇根元を注視していた。宇根元は相も変わらず笑顔を振りまいて周りに対応していたが、ふと、その視線が櫻子の方向に向けられたことに気付いた。
次の瞬間、美紀は何か薄ら寒い感覚になっていた。
その時の宇根元の視線が先程までのものと違う、何か鈍い光を帯びたものだったからだ。
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