『自滅エンドを迎えた悪役令嬢の話・後編』


 その時になって彼女が言った「諦めない」の意味を私は気付いてしまった。

 

 罪を認めさせるための言い掛かりだと私は少女を見下した。


 ある日の放課後、私は彼女を図書室で見掛けた。大量の書籍を日が沈んでも読み漁り、管理を務める教員を困らせていた。


 別の日には独りで魔法の練習に明け暮れ、基礎的な訓練も行っていた。


 彼女が一人の生徒として学園に恥じない実力を養おうと努めていた。


 それを今になって知るのはあまりにも遅すぎたかもしれない。


(あの頃の私が愚かだったのは認めましょう。しかし私自身、慢心していたわけではありません。)


 彼の隣に立つため、自身の名にかけて彼を守る努力を決して惜しまなかった。


(まったく、貴女は本当に憎たらしい平民ですわ。)


 パキリッ、と金属が大きく砕ける音に会場に居る誰もが唖然としていた。


 お気持ちは察しましょう。


 私を『ただの箱入り娘』と思っていての狼狽でしょ?皆様。


 枷が魔力の流れを乱す細工を施されているのも存じてます。私のような小娘が容易く砕ける代物でないのも勿論。


 最小限の力で最大限の効果を発揮させる。淑女たる者、常に自己研鑽を積んで己を高めなければなりませんの。


「私、急用を思い出しましたの。それでは皆様、ごきげんよう。」



(さて、これからどうしましょうか。)


 大事にならないよう配慮したつもりが、あまりにもしつこい足留めに今までの鬱憤を晴らすべく闇競売の会場を少々吹き飛ばしてしまった。


 その場に居た人間達は慌てふためき、我先にと逃げ出していた。その姿があまりにも滑稽で私は思わず笑みが零れた。


 闇競売の関係者に取り押さえられそうになって魔法を発動した際、力加減を誤って天井に巨大な穴を開けたことで更に騒ぎが大きくなった。


 その流れに便乗し、人混みに紛れて逃げ出した私は騒ぎが収まるのを不本意ながら現在身を隠して待ち続けていた。


 結果はどうであれ、社交界に広がり始めていた父の噂の真偽を私自身の目で確めることが叶った。


 爵位の高い貴族が秘密裏に無許可で競売を催していたのだ。

 

 このほぼ壊滅状態の現場が発端となれば社交界で話題になり、水面下で調査していた元婚約者の彼と義父となるはずだった彼の父が嗅ぎ付けるに違いない。


(会場一つ潰した所でお父様、いえあの人でなしには何も影響ありませんわ。)


 復讐すべき相手への決定的な一撃に悩んでいると此方へ歩み寄る人の気配に私は気付く。追手が来たと身構えた私の前に現れたのは私同様に出品されていた人間達だ。


 今までの私ならば「薄汚い奴隷風情が」と罵るでしょう。


 現時点では認めたくないが彼らと同じ立場だ。話だけは聞こうと口を開けば、彼ら彼女らは自分自身のことを話し始めた。


 私のように口封じで売られた貴族もいれば、元騎士に元魔術師など幅広い層の人間達が其処に居た。私と同じく帰る家が無い人間も、帰る場所があるのに帰れない人間も、身分や年齢、性別も関係なく現実に打ちのめされて項垂れていた。


 放っておくのは容易いが、あの忌々しい少女の言葉を思い出して溜め息を吐いてから私は今傍に居る人間達に言った。


「宜しければ私に同伴しません?帰る場所がありましたらお手伝いしましょう。帰る場所がなければ私がご用意しましょう。」


 如何です?と尋ねれば半信半疑ながらも藁にも縋る勢いで賛同してくれた。


 今は浮浪者と変わらない。これから徐々に手持ちを増やしていこう。


 私がこれまで積み上げてきた知識や経験も、彼ら彼女らの才能も全て活用して私達の再出発に充てましょう。


 万全を期した暁には皆で世の不条理に復讐しましょう。

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