並木道
並木道は、つゆの話した通り、白い花で満開に覆われていた。
聖が花びらを一枚拾い、持っていた一枚と見比べる。
「確かに、同じ花っぽいな」
「こんな場所があったんだねー」
朝葉が上半身ごとくるくると動かしながら、遠くまで続く白い並木を見渡している。奇怪な容貌をしていることを除けば、花の下で舞う可憐な妖精に見えないこともない。
「この世界に来なかったら、ずっとこの道も知らなかっただろうな」
「普段、あんまり来ることはないわね、この辺りは」
聖とつゆが並んで歩き、離れたところで朝葉が踊るように歩いている。
「あ、バス停発見!」
見ると、整然と並んだ並木の足元に、そこだけ不自然に石畳が敷き詰められた一角がある。
そしてその上に、バス停の標識が立っていた。
「うが……まっしょ……、ちゃんと覚えてないけど、確かこんな名前だった気がするわ」
「よしよし、ちゃんとベンチもセットで飛ばされてるな」
「次のバスは何時かしら」
「どうせころころ変わるんだろ。気長に待ってようぜ」
三人はまた、並んでベンチに腰掛けた。
端に座った聖は両肘を背もたれに掛け、組んだ長い足をぶらぶらさせている。
反対の端には、つゆが埴輪のようにすとんと座り、太腿に寝かせた鞄に両手を乗せ、まっすぐ前を見つめている。
そして、舞うようにやってきた朝葉が、その間に座る。
「はー、酔う」
「くるくる回ってるからだろ」
「だって全身で方向転換しないと、周り見れないんだもん」
「両目の間隔が変わるだけでも、焦点が合わせづらくなるでしょうね」
「そうそう。まっすぐ見てるだけでも、神経すり減るんだって」
朝葉はそう言うと、両手の目を閉じて、思い切り背伸びをした。
「結局、なんなんだろうな、この世界は」
独り言のような聖の問いかけに、つゆが答える。
「色々歩いたけど、その疑問の答えらしきものは見つからなかったわね」
さらさらと鳴る葉擦れの音に、ときどき工場から響く金属音が混ざって聞こえてくる。葉の間を抜けてきた光が、三人の上に複雑な影を落とす。
「ないんじゃない? 答えなんて」
目を閉じたまま、朝葉が言う。
つゆは眼鏡を外し、眉間を揉む。
「この世界、ずっと昔から、こうなのかしら」
「何かのウイルスが蔓延したとか?」
「ウイルスで学校は消えないでしょ」
「じゃあ、なんか、時空の歪みに巻き込まれてるとか。ブラックホールみたいな」
「ブラックホールが高羽さんの目と指を入れ替えるかしら」
「わかんねえな、考えても」
「だからさ、答えなんて、ないんだよ」
朝葉が口を挟む。
「何にでも答えがあると思うのは、現代人の悪いクセだよ。答えがあるのは、テストだけでじゅうぶん。でしょ?」
「何がじゅうぶんだよ。テスト勉強もしねえくせに」
その時、風の音にまぎれて、車のエンジン音が近づいてきた。
「来たわ、バスよ」
三人の目が、真っ青の車体をとらえる。
バスはスピードを落とし、三人の目の前に停まった。
巨大なブルーベリーが、乗客を飲み込むように、口を開く。三人は迷わずその口に飛び込んだ。
「次は、比良金女子高等学校前、比良金女子高等学校前です」
バスのアナウンスが告げる。
「おい、聞いたか?」
興奮した聖の言葉に、つゆが無言で頷く。
「今度はちゃんと、日本語だったぞ」
「確実に、比良女前って言ったわ」
「さっき乗ったバス停も一応は比良女前のはずだよな。それなのに、また比良女前に行くんだな」
「つまり……、歪みを抜けたってことじゃない?」
聖が窓に張り付いて外を見る。
「学校だ!」
バスの向かう先には、三人が見慣れた古い校舎が見えていた。聖が感極まって窓を叩く。
「帰ってきたぞ……」
つゆも立ち上がり、背伸びするように窓外を見る。
そんな二人を見て、朝葉が不安げにたずねる。
「ね、ねえ……。わたし、どうなってる? 戻ってる?」
聖は朝葉を振り返ると、凍りついたようにしばらく無言で見つめてから、答えた。
「朝葉、気を確かに持てよ」
「なに? うそ……」
「大丈夫だ。あたしもつゆも、おまえを見捨てたりしないから」
「姫……、わたし、バッドエンドに向かってる……?」
つゆが思わず目を伏せる。
朝葉が座席にへたり込む。
その時、バスが速度を落とし、停車した。
窓からは、高校の校門と、その向こうに、大きな校舎が見えている。
「わたし、このまま降りても大丈夫かな?」
「とりあえず、行くしかないだろうな」
聖、朝葉、つゆの順に、三人は並んでバスを降りる。昨日までと何も変わらない、繰り返される朝の情景だ。
校門には登校する学生がぱらぱらと吸い込まれていく。誰もが、見慣れた姿で歩いている。
「朝だよな、これ」
「時間も戻ってるみたいね」
「昼過ぎの気分だから、腹減ったな。一限終わったら昼飯にするか」
朝葉が聖の後ろに隠れて、こそこそと辺りを見回している。
「みんなに、何て言ったらいいかな……」
「なんか適当な理由をでっちあげるしかないだろうな」
「えーっ、例えば?」
「実は宇宙人だった、とかさ」
「信じてくれるかな?」
「その顔見りゃ、信じるも信じないもないだろ」
「そうだね、まあ、なんとかなるよね」
つゆは聖に耳打ちする。
「いつ教えるつもり? 元に戻ってること」
「そのうち気付くだろ」
聖はいたずらっぽく笑う。朝葉はぶつぶつと独り言を漏らしている。
「……なんか昨日UFOに連れ去られちゃって……てへへ。って、いやいや、大事件だろ、それは……。余計騒ぎになっちゃうよ。ちがうちがう。知り合いがハリウッドで特殊メイクやっててさー、よくできてるでしょ? ……よし、これでいこう」
そのまま、朝葉は両手を顔の横に添えて、前後ろ逆のTシャツ姿で歩いていった。
「ほんとに、どうにかなると思ってるのかしら」
「思ってるよ、あいつは」
坂を下っていったバスは、空が欠けて落ちたような青色の車体を、街の中に溶かして消えた。
その遥か遠く、灰色の工業地帯に転がるように、薄い緑色の球体が、白々しく朝日を照り返している。奥には、それらすべてを飲み込んで、一本の線に変えてしまう広大な水面が横たわる。
この街は、たったいま朝を始めたばかりだ。
どこにでもいる、ありふれた三人の女学生は、にぎやかな学生たちにまぎれて見えなくなった。きっと明日からも、ずっと続いていく日常の光景だ。
どこからか飛んできたてんとう虫が、バス停の標識に止まり、透明な羽根を水玉模様の殻に隠した。その虫は、あたたかな陽光に誘われるように、柔らかい羽根を広げて、またすぐに飛んでいった。
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