第5章 もう一度目覚めるまで ②
助けた少女は森の出口を抜けた村里の住人だった。
彼女の案内で村に宿を取って医者を頼んだが、しかしエドガーの怪我は思った以上に深かった。
「残念ですが…」
医者はエドガーの傷の深さに一瞬たじろぎ、それでも一通りの治療を済ませた。しかし、それ以上手の施しようがなかった。
「持って明日の夜明けまででしょう」
無慈悲にも聞こえる医者の言葉は、素人目にも真実に思われた。結局その医者は治療代も取ることなく帰って行った。
医者を見送った後には、重い沈黙が残っただけだった。
「…私を助けてくださったばかりに…」
少女は本当に申し訳なさそうに頭を下げたのを、彼女のせいではないとリオンが優しく慰める。
「あの森にあんなにも凶暴なモンスターが出たのは初めてなんです。しかもこんなに村に近い所になんて…」
少女は森に山菜を摘みに行っただけだと言う。普段なら人が近づけば逃げ出すような小動物ばかりの森なのだと。
「何言ってんだ。俺達あそこを抜けてきたが、モンスターだらけだったぜ」
うろんな目付きで少女を見やり、サマードはそう返す。
「とにかく、ここは怪我人がいますから、隣の部屋へ」
リオンがそう促すのに従って、サマードは部屋を出ようとした。ふと、振り返り、怪我人に付き添ったままのセフィルに目をやる。
サマードの脳裏に、嫌な考えが浮かぶ。どこかで、こんな結末を望んでいたのではないだろうか。エドガーを邪魔だと思ったことが。エドガーがいなければと思ったことが。
サマードはその考えを振り捨てるようにブルブルと頭を振る。その彼の目に同じ様にセフィルを見つめるマルスの姿が映った。
「…何をやってもきっと助からないよ、セフィル」
冷静な口調でマルスがつぶやいた。何も追い打ちをかけることなどないと、さすがのサマードも止めに入ろうとしたが、サマードの言葉などマルスは聞かなかった。
「あのモンスターからは魔族の匂いがした。あの爪にはきっと妖魔の呪いがかかっていたんだよ」
「妖魔の呪い?」
「…さっきの子が言ってたじゃない、普段は何ともない森なんだって。だけど何かの拍子にあの森の生き物に、魔の息がかかってしまった。そのせいであんなモノまで出てしまったんだよ」
だからいくらセフィルが回復の魔法を使おうとも、傷口はふさがっても呪いの毒は消せないのだと。その証拠に、エドガーの受けた傷口は早くも腐り始めていた。医者がそれを目にして驚いたのも事実だった。
「…どうすれば、その毒は消えるんだ?」
マルスに縋るような目を向けるセフィル。しかしマルスは首を振る。
「無理だよ。魔の毒は魔の毒でしか中和できない。どこで手にいれるのかなんて…」
「それを手に入れればエドガーは助かるんだな?」
セフィルの表情にわずかに陽がさしたように見えた。ほんの少しでも可能性があるのなら、それにかけたいとセフィルはマルスの手を取る。
「俺、明日の夜明けまでに魔の毒を探してくるよ。それまで、エドガーのこと、頼んでいいかな」
「探す気なの?」
無理だと初めから決めつけて話したつもりのマルスは、大きく目を見開いてセフィルを見やる。
「明日の夜明けまでなんて無理だよ。もし見つけられたとしても、セフィル、あんな魔法じゃやられちゃうよ」
「大丈夫。あれはちょっと手を抜いただけだから」
もういつもの笑顔を浮かべるセフィルに、マルスは心配な表情を崩せない。
「だったら僕も一緒に行くよ。少なくとも魔法の勉強は僕の方が優秀だったからね」
「マルスには、エドガーのことを頼みたいんだ。なるべく早く帰ってくるけど、でも…」
少しでも命をつなぎとめるために、マルスの魔法を使って欲しいと懇願するセフィルをマルスは断りきれなかった。渋々承知の意を示すマルスに、セフィルは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう、マルス」
喜ぶセフィルに、マルスは複雑そうな表情を返しただけだった。
* * *
「おい、待てよ」
思い立ったら即行動のセフィルが宿を飛び出すのに合わせて、サマードが追いつく。
「おめぇ、探すったって、アテがあるのかよ?」
「いや…」
ただ闇雲に探したとて、絶対に手にすることはできない物であることは誰にでも見当はつく。それなのに、どこをどう探すつもりなのだろうか。
「そんなんで明日の夜明けまでに見つけられんのか?」
呆れるほどに無計画なその行動を諭して、サマードはため息をつく。
「ったく、呆れるぜ。あの女ったらしヤローを本気で助けたいってんなら、もっとしっかり考えろ」
何で自分がこんなことを言ってやらなければならないのかと思う。本当はエドガーがいなくなってくれた方が自分にとっては都合がいいはずなのに、それでも、セフィルのつらそうな横顔を見る方がもっと嫌だった。
「同じ毒で中和するって言うんなら、傷を負った所から探していくのが本筋だろう。あの森のどこかに、もしかしたら今回のモンスター達を作り出した魔の物がいるのかもしれねぇだろうから。そいつがまだうろついているかもしれねぇ」
「そうか」
ポンと手を打って、セフィルはサマードを尊敬の目で見やる。
「お前って、見かけによらず頭いいんだな」
殴ってやろうかと思ったら、条件反射的に既に手が出ていた。
「てめぇに言われたくねぇんだよっ」
ついて行ってやろうかと思っていたが、今の言葉でその気が失せた。
しかしセフィルはそれでも嬉しそうに感謝の言葉を述べて、森へ向かった。サマードはその後ろ姿にふと、不安を感じた。
この時ついて行っていれば、違った結末を迎えていたのかもしれない。が、その時のサマードはそんなことに気づく由もなかった。
* * *
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