第4章 弓の名手 ①
「賑やかな町だなぁ」
砂漠の果てにたどり着いた町は、まるで収穫祭の真っ最中でもあるかのように賑わっていた。広場には市が立ち、賑やかな子供の声が脇を通り過ぎて行く。
「久しぶりの町ですし、ここで宿を求めませんか?」
リオンの遠慮がちな意見は、年少者達の即賛成の声に後押しされて、エドガーを渋々了承させる。本来、賑やかな町はあまり好いていない様子のエドガーは、この団体旅行にも不満そうだったが、かと言ってこの道連れから離れるでもなく、同行していた。
「じゃあ、早速見物に行こうぜ」
取り敢えず宿を決めると、そう音頭を取ったのはサマードだった。それにすかさず賛同するセフィル。
「賛成。何かわくわくしてくるよな」
「セフィルが行くのなら僕も行こうかな」
サマードの意見には従わないが、この幼なじみの言うことには素直な顔を見せるマルス。この二重人格的な所がサマードには気に入らなかった。早速にもセフィルの腕にべとっと、纏わり付いている。それを目にして、サマードは舌打ちしそうになって、慌てて止まる。
その目の端にエドガーの姿が映った。
サマード達をあまり良く思っていないこのエドガーが、自分達から離れない理由を、サマードは何となく感じていた。町で宿を取る度に夜の女遊びへと出掛ける彼が、本当に求めているのが誰なのか。
あの、月夜に一度きり見た薄く透き通るような羽を持つ妖精――旅の途中にも時折垣間見ることの出来た、エドガーのセフィルに向ける表情。それは決して相手の目に映ることはなかったが、いつもその姿を追いかけていた。
そして多分セフィルも。
* * *
「ねぇ、あんた達、いい薬があるんだけど、買わない?」
ポンと、肩に手を置かれて振り返ると、きらびやかな南国の鳥を思わせるような派手な「衣装」が立っていた。顔は濃い化粧を施していたが、体型と、その低い声から男性であるように思われた。
その、あまり見慣れない突拍子もない装束に、三人とも一歩引いてしまう。
「なっ、何だよ、あんた」
「私は単なる薬売りよ。世界中を回って珍しい薬を集めるのがシ・ゴ・ト」
単なる薬売りには見えないその外見に、鼻で笑ったのはマルスだった。
「祭りは変な輩が出回るからね、無視した方がいいよ」
そう言って、セフィルの腕をとる。
「変な輩って何よ。私はね、れっきとした旅の行商人よ。ほら、ちゃんと通行手形も持っているんだからさ」
ふんっと、マルスはそっぽを向く。が、珍しくセフィルが興味を示していた。そのきらびやかな薬屋に向かって真剣に聞いていた。
「お兄さん、普通ぽく見えないけど、薬って、普通の薬もあるの?」
厚化粧を塗った薬屋の顔が、ピクリと引きつった。
* * *
「さあ、見ていって頂戴。風邪薬に胃腸薬、傷薬から湿布薬、ご家庭用常備薬なら一通りどころか、三十通りは揃っているわよ」
そう言って薬屋は店を広げた。成る程、常識的な物はちゃんと売っている様だった。
「そろそろ、持ち薬がきれる頃だと思ってさ。ほら、俺達って、何かよく怪我してるだろ?」
「そりゃ、おめぇが突っ掛かって来るからだろうが」
サマードとセフィルの二人は一緒に旅を始めてからは、よくよく傷薬のお世話になっていた。思えば初めて会った時から取っ組み合いをしていた。
セフィルは適当に、傷薬やら湿布やらを買い求めた。
「これで、しばらく大丈夫だから、安心しろよな、サマード」
にっこり笑ってそう言うセフィルこそが、薬を使い果たしていることを棚に上げていた。
「とっころで、坊や達、こんな物は必要じゃなぁい?」
薬屋は妙に明るい口調で鞄の奥から何やら取り出した。見ると、紺色の瓶に詰めた、いかにも怪しげな代物だった。
「何、これ」
セフィルが小首を傾げる。
「よくぞ聞いてくれたわ。これはね、実は東方のジャングルの奥にしか生えていないと言う薬草で作られた…」
薬屋はそこまで言って、きょろきょろと辺りを見回した後、ずいっと、セフィル達の方へ顔を近づける。そして声をひそめながら続けた。
「惚れ薬なんだよ」
一瞬の沈黙の後、ため息をついたのはマルスだった。
「幻覚剤の間違いじゃない? 人の心を惑わしては、悪巧みに利用するんだよ。東方に行かなくても最近は交易で手に入りやすくなったと思うけど」
「可愛くないわね、あんたは」
薬屋はジロリとマルスを睨む。その薬屋に、マルスはベーっと舌を出して見せた。
「ね、セフィル、用事が終わったんなら早く次に行こうよ。こんな変な薬より、僕、砂糖菓子が食べたいなぁ」
セフィルの腕に手を絡ませて甘ったれた声でそう言うと、セフィルは邪険にできなくて、素直にうなずく。
薬屋が舌打ちするのがサマードの耳に届いたが、その彼を一度だけ振り返って、すぐに二人を追いかけた。
* * *
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