第2章 旅の道連れ ④
諦めたわけではないだろうが、他人の恋路の邪魔をする趣味もないのだろう。五人の男達は、今夜の所は黙って姿を消した。
「そろそろ、帰るぜ」
まだ気分がすぐれない様子でうずくまるセフィルに、サマードは低く声をかける。
「ごめん…変なことして…」
謝られて、困惑する。嫌じゃなかったと、思ってしまった自分に気付いてしまったから。それと同時に、もうひとつ気付いてしまったことがあった。
あの瞳は、自分に向けられたものなどではなく――。
「おめぇ、もしかして…」
立てなくなるまで飲んでいた酒と、酒場で見た心細そうな背中。
「おめぇが好きな奴って…」
「言うなよ。サマードには関係ないだろ」
「何をっ」
つい、カッときてセフィルの肩をつかむ。が、セフィルはそれに抵抗するように顔を背ける。
頬に光るもの。
「セフィル…」
「ごめん…」
肩が小刻みに震えているのが分かった。
気付き始めた自分の気持ちには蓋をするしかなかった。そしてただ、月が傾いて行くまで黙って見守ることしかできなかった。
* * *
「あーっ! セフィル!」
ようやく宿へ向かおうと腰を上げた時、聞き覚えのある声が背後からした。
「やっと見付けた! どこにいたんだよっ」
元気に駆け寄って来て、セフィルにとびついてきたのはマルスだった。
「マルス…?」
セフィルが驚いた顔をする。
「何でここに?」
「僕ね、セフィルに危険を知らせようと思って来たんだよ。あのね、兄様がセフィルのこと捕まえようと兵を送り出したの」
サマードの存在は目に入らない様子で、ぎゅっとセフィルにしがみつく。サマードは何かムッとする。
「ああ、それならさっき…」
セフィルが振り返る。
「サマードが追い返してくれたよ」
「ええっ?」
その時になって初めてサマードに気付いたように、マルスが振り向く。
別に自分が追い返したわけではないが、結果的にそうなってしまったので、あえて否定しなかった。その彼に、マルスはむくれた顔をする。
「僕が守ってあげようと思っていたのに」
「ありがとう、マルス」
言ってセフィルはマルスの頭を撫でる。セフィルにゴロゴロ懐くマルスの態度は無性に鼻についた。
「でも兄様の事だからきっとまだ諦めてないと思うよ。だからね、僕も今日から、セフィルを守るために一緒に旅をするね」
とても有無を言わせないものがあった。
* * *
宿につくなり、よっぽど疲れていたのか、セフィルは床に潜り込むが早いか、あっと言う間に眠ってしまった。
さき程の涙はもう、跡形もなかった。
「可愛いよね、セフィルって」
マルスがクスクス笑いながら言う言葉に、サマードは否定も肯定もできなかった。
彼は実はセフィルとは同じ村で育った幼なじみなのだと言う。長兄は国の王をしているが、縁を切ってしまったから関係ないのだと付け加えた。
「ってことは、おめぇももしかして…羽根なんて生えてたりするのか?」
リオンの耳に聞こえないようにこっそり聞いてみる。
「セフィルが正体を見せたの? ふーん」
サマードの質問には答えず、マルスはそう言うと、含んだような笑みを向けた。
あとは何を聞こうとも教えてくれなかった。村を飛び出して来た身とは言え、守らなければならないものはあるのだと、要らない事まで頑固に主張して。
別に何もかも知りたい訳ではないと、サマードは口を尖らせながら答えた。その様が、またマルスの笑いを誘っていた。
* * *
「な…何でだー?」
どこをどう調べたのか、次の日の朝、エドガーがサマードの泊まる宿へやって来た。そして一夜にして増えてしまった同行者に、目をまるくしたのは言うまでもない。
「これじゃあ団体旅行じゃないかっ!」
エドガーはセフィルに怒鳴るが、セフィル自身昨夜のことを殆ど覚えていないらしかった。もしかしてあの事も覚えていないのかと、聞くに聞けないサマードもすこぶる機嫌が悪かった。
「あんたが一晩中どっかの女とチャラチャラしている間に、出発してやっても良かったんだけどよ、待ってやっただけでも有り難いと思えよ」
「何だと?」
機嫌の悪い二人が睨み合うのを、仲裁に入るのはリオンしかいなかった。
「まあまあお二人とも。旅は道連れと言いますし、仲良くしましょうよ」
のんびりとした口調でそう言われて、サマードは力が抜けそうだった。エドガーも、セフィルが承知したのならばと不承不承であった。
女遊びが云々と言われれば、言い返せない立場でもあった。
「足手まといになるようなら、容赦なく見捨てて行くからな」
そう言ってエドガーは折れた。
「やったー。セフィル、これでいつも一緒だね、僕達」
マルスはそう言うと、ベッタリとセフィルにくっついた。思わず引きはがしてやろうかと、一歩足を踏み出したサマードの目の端に、ふと、エドガーの姿が映った。
心なしか、眉間に縦皺を寄せ、セフィルを見つめていた。何を考えているのかと不審に思っていると、それに気付いて振り返る。
「何だ?」
「…別に」
昨夜のことなど教えてやるものかと思った。
セフィルの頼りなげな背中など気付かなかったくせにと、背いた視線の先にその人物を認めながら。
第2章 ―完―
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