第2章 旅の道連れ ②


「おかしいな。この町にいるのは確かなんだけどな」


 次の宿屋で終わりにしようと考えていたサマードであったが、マルスはそれを許さなかった。陽の高いうちは足を使って捜すのだと言って聞かなかった。加えて、そんなにのんびりしているからいつまでたっても見つからないのだとも言った。

 言われっぱなしも癪に障るので、サマードは負けじと宿を回ることにした。ただ、本当に疲れた様子を見せるリオンだけは、先に部屋を取らせて休ませたが。


「そう言えば前に…」


 サマードは出会った夜の事を思い出す。あの時エドガーは別に宿を取っていなかっただろうか。確か、女性と一緒に。


「それだよっ!」


 マルスは、サマードの言葉にポンと手を叩いた。


「そうだよね。あのエドガーのことだから、きっと怪しい宿で休憩しているんだよ」


 妙に確信を持って言う。サマードはわずかに顔を引き釣らせていた。


「と言うことは、そのテの宿を捜してみれば、見つかるかも知れないね」

「そのテの宿って…?」


 サマードは一歩下がって聞く。と、マルスはにっこり笑顔のまま答えてくれた。


「決まってるじゃない。ラブホだよ」


 可愛い顔をしてさらりと言ってのけるマルスに、サマードは顔から火が出そうだった。


「ラ…ラ…ラブ…?」


 サマードの焦る様子に、マルスは目を光らせた。


「何ウブなフリしてるの。まさか、本当に“初”なのかなぁ」


 意地悪にそう言ったマルスは、明らかにからかいを含んだ口調だった。それに気付いて、サマードはあわてて取り繕う。


「んなこたぁどうだっていいだろう。それよりも、おめぇこそ、そんな顔してすげぇこと口走るじゃねぇか」

「見かけだけで判断しないでよね。これでも僕は君の何倍も…」


 言いかけて、マルスは口ごもる。


「とにかく、行くの? 行かないの?」

「行くに決まってんだろ」


 わざと威勢よく答える。内心、どんな所かとびくびくものであった。ただ、半分は興味深いものでもあったが。

 リオンがこの場にいたら、卒倒しないまでも、断固として行かせてはくれなかったに違いない。そんなことを考えながら、サマードはマルスが颯爽と歩く後ろを怖怖ついて行った。



   * * *



「ダメダメ、子供は入れてやらないよ」


 最初の店に入るなり、そう言われた。思わず二人で顔を見合わせて、先に言い返したのはマルスの方。


「どこをどう見たら、僕らがカップルに見えるって言うのっ?」

「最近は色々いるからね。とにかく、お子様連れはお断りだからね」


 横で見ているサマードには、はっきりとマルスが怒りを膨らませているのが分かった。あわてて口添えをする。


「俺達は人を捜しているんだ。ここに、真っ赤な髪をした背の高いエドガーって男が、女連れで来なかったか?」


 女連れとは限らないけどと、マルスが小さくつぶやいていたのを聞かないフリをする。本当にこいつは見かけによらず、ギョッとするようなことを平気で口走るヤツだと思った。


「エドガーね…」


 店員はそれでも、サマード達をうさんくさそうに眺めてくる。こんな店だからこそ、個人の秘密は守るものなのだろうか。それとも単に子供だからと、相手にするつもりがないのか計りかねた。


「ま、宿帳の中にはそんな名前の男はいないね」


 店員はサマード達を値踏みした後、そう答えた。その言い方があまりにもぞんざいだったので、サマードは思わず言い返そうとする。

その彼を止めたのは、今度はマルスの方だった。


「じゃあ、そんな男を見かけたら教えてくれないかな。僕達の仲間が、トーライ通りの宿に泊まっているから」


 そう言ってマルスはその店員に何かをつかませていた。店員はその手の中にあるものを見て、にんまり笑う。


「さあ、次へ行こう」


 マルスはサマードの腕を取ると、そのままさっさと店を出た。



   * * *



「ああ、アーガイルの実だよ」


 先程の店で店員に持たせたものの名を聞いて、サマードは首を傾げる。


「アーガイルの実って…?」

「何だ、知らないんだ」


 どこの田舎から来たのかと付け加えながら、マルスは教えてくれた。

 それは南の熱帯地方で採取される、幻覚性の強い麻薬だった。その実を干して粉にし、香呂で炊きつめるのだと言う。マルスが持っていたのはその生実で、その一粒からは数千ゴールドの値をつけるものが作れるのだと言う。


「何でそんなもの、おめぇが持ってるんだよ」

「さあてね」


 またクスクス笑って、マルスはサマードに背を向けた。

 気分が悪かった。


 サマードは見慣れない夜の町を、辺りを見回しながら歩いていた。時折はぐれまいとマルスの背を気にしながら。しかし、はぐれたと言っても別段困ることもないと、思ったが。


 そのサマードの目に、ふと、見覚えのあるものが写った。

 はっと思って立ち止まる。

 サマードの目に止まったのは小さな酒場だった。その隅に求める人影を見付けたのだった。


「…あれは…」


 マルスに声をかけようと振り返る。が、彼は背を向けたまま、気付いた様子もなく、どんどん歩いて行っていた。

 サマードはそのまま、黙ってマルスの背を見送って、酒場の中に足を踏みいれた。



   * * *


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