第2章 旅の道連れ ①

「さて…そんな連中はここへは来なかったが」


 宿屋の主人は宿帳を見ながらそう言った。

 もうこれで十件目だった。

 この町へ来たのは確かな筈だった。この前後にしばらく町はなかったので、ここで必ず宿を求めている筈であるのに、サマードの捜す相手は見つからなかった。


 あれは今から丁度半月前のことになる。国に現れた二人の旅人。一人は凄腕の剣術師、そしてもう一人は人の姿を借りた風を操る妖精。

 この奇妙な二人組にサマードは命を助けられたのであるが、それと同時に手酷い目に合わされた。その借りを返さんと後を追って国を出たのであるが、足取りはつかめるものの、何故か追い付くことができないでいた。


「ああ、そう言えば」


 がっかりと肩を落とすサマードに、宿屋の主人は思い出したように付け加えた。


「さっきも同じようなことを聞いてきたのがいたな」

「は?」

「ああ、丁度あんたくらいの背格好の、西国の人形みたいに可愛い子だったが、知り合いかい?」


 サマードには勿論覚えがなかった。もともと王城で厳格に育てられて来た身、女の子に知り合いはほとんどいない。ましてや同年代の、人形みたいに可愛い奴など、皆無に等しかった。


「さあ…」


 簡単にそう答えて、サマードは大して訝しむことなく、宿屋を後にした。



   * * *



「どうでしたか?」



 宿屋から出ると、リオンが駆け寄って来た。


「全然」


 そう返して、サマードは不機嫌な顔を見せた。


 リオンは城でサマードの教育兼世話係を努めていた。言い換えればお目つけ役であるが、実際のところはサマードに振り回される損な役回りばかりを引き受けていた。その分サマードの信頼は厚いが、それは決して得なことではなかった。


「そうですか。こちらもそれらしき人物の宿泊している宿は見つかりませんでした」


 リオンはすまなさそうにそう言った。


「はあ…なかなか容易ではありませんね。目立つ人物だと思ったのですが」


 リオンの言う通りだった。どこにいても、人込みに隠れようともすぐに見付けられる――そんな印象があった。炎のように赤い髪をした男と、空のように澄んだ瞳を持つ少年。


「仕方ない、次を当たって、見つからなけりゃ、どっかに、泊まる準備でもするか」

「はい」


 サマードの提案に、リオンはにっこり笑顔を見せた。この同行者は見た目以上に疲れていたのかも知れないと、サマードはその時になって初めて気がついた。



   * * *



「君達、誰を捜しているの?」


 最後の宿にしようとしてその暖簾をくぐりかけた時、横から声をかけられた。

聞きなれないその声に、サマードはジロリと視線だけを向けた。

そこに立っていたのは、まだ子供と言ってもおかしくはない、金の髪をした少年だった。一見、少女のような風貌が目を引いた。


「何だよ、お前」


 サマードは口に出して、ふと先程の宿で聞いたことを思い出す。確か同じような人物を捜しているらしい者がいると言うことを。


「見たところ、この町の人達じゃないみたいだけど、どこから来たの?」


 サマードの質問には答える事なく、その少年はゆっくりと近づいてきた。深い色をした緑の瞳が、サマードを捕らえたままだった。

 油断ならない奴と思った時、にっこりと笑ってきた。


「どうやら追っ手と言うわけじゃないみたいだね」


 そう勝手に結論づけて彼は、サマードの正面に立つ。ピンと背筋を伸ばしてサマードを見上げて来る目は、その少女のような線の細さとは違って、意志の強さを感じさせた。意外に頑固そうな色も見えた。


「君達が捜しているのはセフィルとエドガーだろ?」

「何で…」

「何で知っているのかって? それは君達と同じ理由だよ」


 そう言って彼は、クスクスと笑ってみせる。


「僕もあの二人を追っているんだ」

「お前…」


 サマードは訝しい目で彼を睨んだ。しかし彼はそんなサマードを気にした様子もなく、続ける。


「君達が国からの追っ手じゃないとしたら、僕達は敵じゃないよね」


 しかしそう言った彼の瞳は、サマードには抜け目ないものにしか見えなかった。多分、外見よりもはるかに老成した内面を持っているのだろう。そう、直感した。


「一緒に捜さない? 二人より三人の方が、効率がいい筈だよ」

「そりゃあ…」

「それに、旅は人数が多い方がきっと楽しいから」


 本当にそんなこと思っているのかと聞き返してみたくなったが、サマードはあえてしなかった。それはこの少年の持つ雰囲気が、あの妖精に似ていたからだった。あの、セフィルに。


「僕はマルス。よろしくね」

 そう言ってマルスと名乗った少年は、サマードに右手を差し出した。



   * * *


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