第1章 出会い ④
このまま城まで帰ろうと言う提案は、セフィルに大却下された。そして、待ち合わせに決めた場所だからと、城から少し離れた丘の上に降り立った。
地上に降りると、セフィルはさっさと羽根をたたんでしまった。残念そうに思っている自分に気付いて、サマードは頬が熱くなる。セフィルに気づかれないようにあわててそっぽを向く。
セフィルは先程からずっと、塔の方へ目を向けたままだった。そこにまだいるであろう自分の仲間を思ってのことと、サマードはすぐに思い至る。
「助けに行かなくていいのかよ」
セフィルに声をかけると、振り向いて笑んで見せる。
「オレがいたら足手まといだから。それにエドガーはすごく強いんだ。誰にも絶対に負けたりしない」
言ってまた塔の方へ目を向ける。その真剣な眼差しに、サマードはひとり取り残されたような気がした。
何を自分は期待していたのだろうか。サマードはセフィルの横顔から目を逸らし、足元の石を蹴飛ばした。
どれくらいの時間、そうして待っていただろうか。やがて月が西の地平に沈み、空が白々と明け始めた頃、ようやくセフィルが口を開いた。
「時間がかかりすぎ」
「はっ?」
つぶやくような声にサマードが聞き返すが、セフィルは答えないままずんずんと丘を降りて行った。サマードはあわててその後を追う。
「どーしたんだよ。待ってるんじゃなかったのかよ」
「あのくらいの人数なんて、エドガーならあっと言う間なんだよ。それなのに未だに帰ってこないところを見ると…」
まさかとサマードは口走りかけてやめた。どうもセフィルの様子がさっきとは変わっているのだった。心配している様子はすっかり消え、代わりにその表情に浮かぶのはどう見ても、怒りのそれ。
サマードはそれ以上何も聞くことができず、ただセフィルの後について行った。
* * *
「エドガーっ、何やってるのかなぁ?」
セフィルの怒りの声にエドガーは飛び上がった。エドガーの隣で眠っていた女性も驚いて辺りを見回している。
セフィルがやって来たのは町の宿屋。あらかたの見当がついていたのか、セフィルは真っすぐにそこへ向かった。するといつの間に潜り込んだものか、女性を連れたエドガーがそこにいたのだった。しかもベッドの中に。
セフィルの怒りは心頭に発しているようだった。
「昼間から何かおかしいと思っていたら、こういうこと?」
「ま、待て、セフィル、これには深い事情があってだな」
「人が心配して待っていたって言うのに、こんな所にしけこんで」
エドガーの言葉など聞く耳もたない様子のセフィルは、壁際に立て掛けてあったエドガーの大剣を持ち上げた。
「おい、お前っ」
横で見ていたサマードが驚いて止める間もあらばこそ。
「心配して待ってたのに、許せないっ!」
セフィルは手にした大剣をエドガー目がけて投げ付けた。と同時に部屋中を突風が吹き上げた。
「落ち着け、セフィル」
セフィルを止めようと近づくエドガーは、簡単に吹き飛ばされ、壁に体を打ち付ける。
風は部屋中の家具と人を吹き飛ばした。吹き飛ばされながら、サマードはその風の中心にセフィルのいることを目にした。
「こ、こいつは…」
あの時の姿といい、この力といい、サマードは昔語りに聞いたことがある伝説の生き物を思い出していた。
* * *
サマードが目を覚ましたのは、見慣れたベッドの上だった。心配そうにリオンが顔を覗きこんでいるのが、一番に目に入った。
「ああよかった、やっと目がさめました」
本当に安堵した様子のリオンにサマードはしばらくぼんやりと天井を見つめていたが、思い出したように跳び起きた。
「あいつは?」
「まだ、寝ていてください。少し頭を打っているみたいなんですから」
リオンはサマードを再び横たえさせようとするが、サマードはそれを拒否する。そして部屋を見回す。
「…あいつらは、どこへ行ったんだ?」
「あいつら…?」
サマードの問いにリオンは首を傾げて、しばらく考える様子を見せる。それから、ポンと手を打って答えた。
「ああ、あのお二人ですね。何でも先を急ぐからと、ひどくあわてて旅立って行きましたよ」
「何だって?」
気を失ったサマードをここまで運んでくれたのは、エドガーとセフィルの二人だったとリオンが教えてくれた。あの風の所為で、したたかに頭を打ったためとは言わず、ただ誘拐犯の手から救ったのだと言っていたらしい。ついでに例の大臣についても事が明るみに出て、それなりに処分されたそうだった。そしてリオンは、あの二人のことを疑って悪かったと付け加えた。
まだ頭がくらくらした。一体どのくらい眠っていたものか。
「くっそー、あの野郎」
サマードは包帯を巻かれた頭を押さえながら、思い出しては次第に怒りが込み上げてきた。
「オレは借りをまだ返してねぇんだぜ」
「はっ?何か言いましたか?」
ベッドの上で握りこぶししてみせるサマードのつぶやきに、リオンが振り返る。そのリオンの襟首をつかみ上げるサマード。
「あいつら、どこへ行くって言ってた?」
「えっ?えっ?えっ?」
サマードが何を尋ねているのかの真意をつかみきれず、リオンは返答に困る。そんなリオンから何とか二人が北へと向かったと聞き出して、サマードはベッドから飛び出した。
履きやすい外出用の靴を履き、サマードはさっさと身支度を整える。
「王子、どこかへお出掛けですか?」
恐る恐るリオンが尋ねるのを、サマードは振り返りもせずにあっさりと答える。
「借りは返しておかねぇとな」
「はぁ?」
にんまりと笑ったサマードの決意を止めることは誰にもできなかった。
* * *
「王子、待ってください~」
ふらふらになりながらも、それでもついてくるリオンを、サマードは面倒くさそうに振り返る。
「だからついて来るなって言ったじねぇかっ!」
「いけませんっ、私がついてでも行かなければ、王子の身に何が起こるかもわかりませんし」
「おまえがついて来る方が、手まといなんだってばよ」
サマードは頭を抱えてしまった。
サマードは今、エドガーとセフィルの二人を追っていた。
やられっぱなし的な気分が晴れなくて、どうしてももう一度殴ってやりたかったのだった。本当はそれも言い訳に過ぎないと、心の底では気付いていたが。
下手に誘拐事件の後だったので、心配しないようにとリオンにだけはと先ず打ち明けたのが、災いをした。どうしてもついて来ると言って聞かなかったのだった。お供を許さないと言うのならば、首に縄をつけででも出発は阻止すると言って。仕方なくサマードはリオンの動向を許した。父母の信望も厚いリオンが一緒だからこそ、若い間に色々な経験を積むことも大切なことだと、城の者も喜んで見送ってくれることとなった。それは幸運だったのであるが。
「そんなことを言わないで、少し休みましょうよ」
リオンはとうとうへたり込む。サマードは溜め息が出た。
出発が既に幾日も遅れているので、追い付くには相当ピッチを上げていかなければならないのに、これでは何年かかるか分かったものではない。
「ああ、王子、見てください。北の空があんなに赤く染まって。きれいですねぇ」
街道に座り込んでリオンが呑気な声を上げた。
明らかに、前途は多難に思えた。
第1章 ―完―
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