黒の使徒

 カナン・ファラフリによる作戦は『星の使徒』に大打撃を与えていた。


 主力が集中する第一師団と第三師団。それを確実に集め、都市ごと光子爆弾で道連れにしたのである。

 戦力的に圧倒的に不利だったカナンの軍は彼を含む、その全ての戦士の命と引き換えに『星の使徒』の一部を大きく抉ったのであった。


 既に、“死の環境”となっているブルーフィルスは、人が生身で生存する事は不可能。捨てられた都市として認識されていたが、カナンによって人類の戦史を刻む戦いが繰り広げられた後だった。


 瓦礫となった都市は静寂に包まれていた。

 その時、一部の瓦礫が吹き飛ぶように捲れ上がると、その下から一機の機体が這い出るように姿を現す。


 黒い装甲に、漆黒に彩られたアンバランスに巨大な右腕が特徴である。追加装甲と他の装備された武装は全てが無事だった。そして、武装の中で最もエネルギーを消費しない右腕――黒腕で自身に降り積もった瓦礫を吹き飛ばしたのである。


『…………』


 黒い機体は何かを考えるように立ちつくす。過の機体が率いていたのは第一師団だった。しかし、今となっては全て無に帰ってしまった。


『カナン・ファラフリ。君には最大の敬意を払おう』


 すると、次に別の個所が吹き飛び灰色の機体が姿を現した。装甲のほとんどが溶解し、バチバチと至る所から火花が散っている。片腕と片脚も吹き飛んでおり、自らの得物を杖代わりに何とか立ち上がっていた。


『エド』

『総長。部隊の9割が壊滅。生存者は恐らく殆ど居ないでしょう』


 今にも爆散しそうな雰囲気の灰色の機体は、律儀に報告を先に済ませ、機体を待機状態に移行する。


『……“星の剣”が……そうか。エド、君は残って生存者の導き手となり、後に来る第四師団の救援を受けよ』

『第四? こちらに増援として向かっていたのは、第八師団では?』

『第八師団は、たった今壊滅した』

『まさか……この状況をカナン・ファラフリは読んでいたと?』

カナンはシゼン・オードが最も信頼する友だ。例え、打ち合わせが無くとも完璧に近い立ち回りは、高い確率で可能だろう』


 だが、こうも完璧に決められるとは……他の師団も無傷とは言い難い被害……流れを止める必要がある。それには『セブンス』の排除と、“星の剣”を獲得しなければならない。


『私は、見失っていた“星の剣”を取り戻しに行く。ここは任せる』

『了解です』


 黒い機体――【オルトデューク】は風に乗る様に浮かび上がると、一度だけ方向転換を行い、高空機関――ジャナフIIIを高速航行に切り替える。そして、第六大海の上空に浮遊する廃国――ロラを目指した。

 迷いなくロラへ向かうのは、呼ぶように【クライシス】の反応がレーダーに映っていたからである。





「ハァ……ハァ……」


 予想以上に、息が上がっていた。

 昔ほどに耐えられないとは思っていたが、ほんの少し無茶をしただけで、ここまでキツイとは思わなかった。


「まだ行けると思ったが……オレもジジイだな」


 【クライシス】の胸部装甲の奥にあるコックピットモジュール――通称コアの中で、シゼンは第八師団を海に沈めた戦いで、受けた重力加速と緊張によって最初ほどの余裕はなくなっていた。


 通常のアステロイドに比べて、一線を画する挙動が出来る【クライシス】は、最初に高空機関が実装されていた機体であり、未だに実機の高空機関ジャナフを越えるモノは開発されていない。

 故に、改良も成されていなかった。


 原初高空機関オリジナル・ジャナフを持つ【クライシス】だけが行える、超高軌道戦闘は、アステロイドの旋回速度を大きく上回り、一方的に戦場を飛行する事が可能なのだ。

 だが、代償として搭乗者に膨大な負担がかかり、ソレを加味した軽減処理がコア内には施されているが、アステロイドの反応を越えて高速飛行する際には、焼け石に水程度の効果しかない。

 性能を引き出せば引き出す程、搭乗者は死に近づいていく。ソレが【クライシス】に乗る代償だった。


「だから……死ぬのはオレでいい」


 死が決まっている機体に、若い奴らを乗せるわけにはいかない。それでも……死んでしまう者は死んでしまう。

 若い奴らに明るい未来を渡すには……この星との戦いを終わらせなければならない。それは果てしないのか、それとも間近に迫っているのかは解らないが……


「武装チェック」


 目の前のモニターに現在【クライシス】が装備している武装が表示される。


 両腰部に近接用実体剣ハイブリットソードが二つ。

 右腕部に近接突撃銃アサルトライフル。弾数102発。

 左腕部に対甲バズーカ。弾数5発。

 背部に専用武器の大剣シナイデンを固定。


 両腕部の武装は第八師団との交戦の際に拝借したものであり、IDによる使用者の書き換えは終えている。

 【クライシス】は片膝を着き待機状態を維持していた。


 場所は、最も栄えた時代に造られた人工の浮遊都市ロラ。人がいなくとも、100年は稼働する事を想定されて造られた為、都市機能は失われていても、都市自体は浮き続けているのだ。


「……そうだ。ここなら誰にも迷惑は掛からない」


 機体を直立させ、水の中に居るように地を一度軽く蹴って浮かび上がる。レーダーはこちらに一直線で向かって来る反応を数秒前から告知していた。

 ピッピッピッと、レーダーから発せられる電子音が、コアの中に――シゼンの耳に響く。


「どちらも悪くない。どっちも正しくない。正しいのは――」


 先ほどまで待機していた地面が急に盛り上がる様に溶解を始めた。その様子に【クライシス】はジャナフを“飛翔状態”へ移行し、一気に飛び離れる。


 溶解した箇所が吹き飛ぶと、そこから黒い装甲の機体が【クライシス】に向かって飛び出して来た。右腕部の掌から発する熱線で、都市の真下から溶解して掘り進んできたのだ。


「未来を願う者たちの意志だ! そうだろ!? エンプレスト・ノート!!」


 時代を疾駆する二機が相対する。





『無事か? ティリス』


 エドは、総長――エンプレスト・ノートの指示に従って、瓦礫の下に埋もれた僚機の救助に当たっていた。自機から生存信号を察知してコアが無事な機体に通信を送っているのである。


『……っ……兄上? そうだ! ファラフリは!? 作戦はどうなった!?』


 その通信で気を取り戻したティリスは、咄嗟に戦闘中であったことを思い出した。機体を動かそうとするが瓦礫に埋まっていて、上手く動かせない。


『落ち着け。作戦は私達の負けだ。第一、第三師団は9割が消滅。生存者も、私とお前を含めて極僅かしかいない。瓦礫に埋まってる奴らも含めてな』

『そうか……だが、まさか。自爆するとは思わなかった』


 カナン・ファラフリ。彼の存在は師団二つ分と同等と推定されていた。

 ただ戦場に味方として現れるだけで、人類の指揮は上がり『星の使徒』は迂闊に動く事が出来なくなると言われるほどだ。


 戦力的に決定的に差がある『星の使徒』が、未だに人類を制圧できない理由として、彼の存在が多大な影響を与えていたのである。

 しかし、その軍神はブルーフィルスを爆弾に変え、自分たちの師団を巻き込んで心中した。


『流石と言っても良い。12機と二師団では、割に合わん』


 ブルーフィルスに居たカナン・ファラフリの率いる機体数は僅か12機。確実な一手を取る為に『星の使徒』は二師団での殲滅を行うと決定。即座に攻撃戦力として師団最高の第一師団と、第三師団が派遣された。


 第一師団と第三師団は道中で合流し、盤石の布陣でブルーフィルスは完全包囲した。敵の脱出は不可能。後はその包囲を狭めて殲滅するだけだったのだが、その瞬間に都市が光子爆弾で消滅した。


『この敗戦は大きく響くだろう。師団の再編成が必要だ』


 指揮官機だけが無事では戦えない。それこそ、世界でも突出した性能を持つ【クライシス】や【オルトデューク】でも持ち出さない限りは――


『む。何とか動かせそうだ』


 ティリスは機体を巧みに操作し、動きを阻害している一番大きい瓦礫を押し出すと、一気に反対側に倒しながら同時に機体を起こす。


『――なんとも、すっきりしたな』


 ガラガラと、小さな破片が機体の表面を滑り落ちる。一対のデュアルセンサーが捉えている、平地となったブルーフィルスを見ながらティリスはそんな声を洩らした。


『――? 兄上、総長は?』

『…………』


 エドは澄み渡る空に浮かぶ積乱雲を見ていた。浮遊都市ロラが、少しずつ積乱雲に呑み込まれていく様子が、ここからでも良く視える。

 ティリスも彼につられてそちらに機体を向けると、断続的に雲の中が光った。


 雷がロラに落ちているのか? 不自然な光の回答は、それが自然な解釈だった。しかし、山ほどの大きさの積乱雲の一か所が盛り上がる様に内側から吹き飛ぶ。

 そこから、白い機体と黒い機体が現れると、両機は積乱雲の外側を回る様に昇って行く。


『!?』

『【クライシス】だ。総長は“星の剣”を取り戻しに行った』





 浮遊都市ロラは、天候の観察と衛星からの情報を処理する施設が存在する。

 そして、人工衛星を打ち上げる為のロケット基地も完備されており、宇宙に眼を向ける者達は自然と、この都市へ集まるのだ。

 しかし、それは今から15年前の話である。今は、“死の環境”となっており、人が存在することが出来ない環境となっているのだ。


 ロラの半分が積乱雲に侵入する頃、滅びた都市では爆発が発生していた。

 都市に残ったエネルギーが白と黒の機体の戦いによって誘爆し、連鎖的に広がっていく。そして、二機は爆発に呑み込まれる。

 その瞬間、爆炎を引っ張る様に二つの機体が空へ飛び上がった。


 白い機体クライシスに追いすがる様に黒い機体オルトデュークが右腕部の熱線武装を向ける。二機は至近距離で互いを肉薄していた。


 【クライシス】はバズーカを放り、開いた片手でハイブリットソードを抜く。

 【オルトデューク】は右腕部の指先から高熱を凝縮したオレンジ色の“爪”を作り出していた。

 ハイブリットソードと爪が互いに叩きつけ合うように接触する。

 本来ならハイブリットソードが容易く溶解されるのだが【クライシス】の持つ装備であるが故に【オルトデューク】の装備と同等の存在として相反していた。


 爪とハイブリットソードは接触した刹那、バチッと短く相殺された事によって互いの腕部が弾けるように撥ね上がった。


「証明する! この世界で人類こそが、在るべき未来を作れると!!」


 【クライシス】は、ハイブリットソードを腰部に戻しながら、アサルトライフルを撃ちつつ放ったバズーカの回収に向かって背面で降下する。


「誰かが、星の為に成る事をしたとしよう。だが、それは間違いだったと……誰かが教えなければならない」


 【オルトデューク】は、左腕部に装備された二連装熱線砲レーザーフレイムを撃ちながら迫る。


「でなければ、誰も気が付かない。自らの愚かな行いを――」

 「オレに言ってんのか? ノート!!」


 翼を展開した【クライシス】は優雅とさえ思う挙動で二連装熱線砲の射撃を躱しつつバズーカを掴み、ロラの地面に沿って背面飛行を続けながらアサルトライフルを撃ち続ける。


 戦場は……場所は空から都市へ。

 【オルトデューク】はアサルトライフルの弾丸を躱しながら追走を続ける。再び“爪”を展開し、出力を上げる事で攻撃距離リーチを伸ばす。その最中でも、二連装熱線砲と肩部に取り付けられた肩部衝撃砲カノンで絶えず砲撃する。


 火力差は歴然だが、機動力は【クライシス】が上である。シゼンは直撃を受けない距離を保ちつつ【オルトデューク】の武装の破壊に集中していた。

 弾切れの無い火力の前に、都市に設けられた建物は両断と溶解によって次々に崩れて行く。


 そして、積乱雲は完全にロラを包み、暗黒と雷雨が辺りを支配する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る