戦場に舞う旋風

 澄み渡る晴天と彼方に見える積乱雲が存在するが、第六大海上空を飛行している二つの影があった。


 一機はシゼンの乗る純白の機体――【クライシス】。現在の翼は巡航状態ドライブの推進力を発揮しており、他の機体に合わせた飛行速度を保っている。


 もう一機は、カルメラ中尉の操作する戦闘機である。こちらは物資や兵器運搬用の輸送機であり、下部には狙撃用の電磁加速砲レールキャノンを吊り下げている。

 二機は所定の位置――第六大海の沖合に存在する浅瀬を目指していた。


『シゼン・オード大尉……いや、元大尉。今回の作戦も、よろしくお願いしますよ』

「中尉。色々と慣れない事があると思うが、気安くでいいぞ」

『大尉の伝説は聞いています。士官学校では“セブンス”の名前は必ず出てきますよ!』

「光栄だ。けど、結構尾ひれがついた話も多いからな。あんまり、鵜呑みにしない方がいいぞ」

『いえ、こうして共に作戦に就けるだけでも幸福の極みです』

「まぁ、所詮はロートルさ。50にもなって、星が滅びる手前で出来る事が戦争だって……皮肉な話だよ」

『確か、御子息の件で除隊されたと……』

「ん? ああ、気にするなよ。こうしてアステロイドに乗るだけでも間接的に、あいつ等を護っているって気になれる。それに、お前もそうだろ?」

『はい。今年で4歳になります』

「なら、お互いに絶対に還らねぇとな。帰ったら、子供に肩車でもしながらオレの自慢でも聞かせてやってくれ」

『はは。了解です、大尉』


 対場的には上官と一兵卒ほどの開きのある二人だがシゼンの出す独特の雰囲気に、きびきびとした様子は無く、最高の行動が出来るモチベーションへ上がっていた。


「っと、見えたな」


 【クライシス】のレーダーマップが、この時間に二時間だけ姿を現す浅瀬を捉えた。サンゴ礁によってできた浅瀬で電磁加速砲レールキャノンを安定して固定できる。


 輸送機が低空にて停滞し電磁加速砲レールキャノンを降ろす。【クライシス】は着陸し、方向の微調整を行うと、固定のプログラムを起動。電磁加速砲の三脚部分のサンゴ礁に触れて箇所からアンカーがドリルの様に回転して突き出ると、その場に固定された。


『…………データ、受け取りました。大尉』


 【クライシス】のレーダーと索敵センサーを最大まで引き上げ、標的である敵の移動艦隊にロックオン。そのデータを輸送機へ転送した。


『後は俺でも狙撃できます。任せてください』

「……カルメラ中尉。一射したら、すぐに安全圏に離脱しろよ? ここは敵艦の射程圏内だ」

『はい』

「オレは、お前の一射を皮切りに艦隊に雲の中から奇襲する。混乱を誘発させ、内側から奴らを叩く」

『土産話、待ってますので聞かせてくださいよ』


 シゼンはフッと笑う。そして、翼を“飛翔状態”にし、重量を感じさせない動きで【クライシス】は浮かび上がった。


「皆を集めて講演会でもするか」

『楽しみにしています』


 カルメラ中尉は、軽く敬礼した【クライシス】が上空の積乱雲に入っていくまで見送っていた。そして輸送機をホバー状態にして姿勢制御を行うと、引き金トリガーを握りしめた。





 『星の使徒』第八師団。

 まるで潜水艦が、そのまま浮き上がったような楕円形の戦艦の群は都市ブルーフィルスに向かっていた。


 航空機関――ジャナフIIを搭載した飛行戦艦は、戦闘機の様な高速の移動や、旅客機の様に高高度の移動が出来るわけでは無い。


 質量に似合った緩慢な航行速度だが、その艦体安定性は宇宙空間と同じであると言われるほどである。

 空を移動する鉄の塊は、メインブリッジや生活環境、左右に上下の死角をカバーする砲台まで設置され、内部にはアステロイドの格納庫まで搭載していた。


 内部の設備は50人の人間が一ヶ月近く生活できる事を想定され造られており、搭載アステロイド数は10機前後。水陸両用でありジャナフIIを停止し着陸すれば、即席の拠点になるなど戦略的な展開性は随一である。

 第八師団の艦数は全部で6隻。これだけでも一都市を容易く制圧できる戦力であった。


「…………」


 雷が【クライシス】の装甲の表面をなぞる様に流れた。

 ガラガラと、耳を覆いたくなるような雷鳴が暴れ回る雷雲の世界――積乱雲だった。


 周囲には荒れ狂う風と、膨大な雷エネルギーが飛び交う所為で通信は断絶。落雷一本でも直撃すれば数億ボルトのエネルギーによって、通常の機体なら機能停止メルトダウンを引き起こし、放電容量を越え爆散するだろう。


 しかし、【クライシス】は暴れ回る雷を浴びるように、周囲の環境に身を任せていた。その様は重力から解放された様に逆さまで積乱雲の中を“浮遊”している。


 周りは外からの光さえも遮る程の厚い雲が覆う漆黒。だが搭乗者のシゼンは、真下を通る第八師団を雷程度では鈍らない【クライシス】のレーダーで的確に捉えていた。

 この積乱雲も、艦隊のレーダー範囲内だが膨大なエネルギーの流れによって機体の反応は意図的に隠されているのだ。


 そもそも、積乱雲の中で待機するなどと言った芸当は【クライシス】とシゼン以外では自殺に等しい行為であるのだ。


「…………」


 シゼンは、これから起こるカルメラ中尉の一射を待っていた。絶妙なタイミングを待つ。何度も経験した戦いに侵されていく感覚は、“真面”である今では嫌な汗しか出なかった。

 電磁加速砲を設置した浅瀬からすれば、第八師団の側面を狙撃するような形になる。

 その時、レーダーに捉えていた艦隊の中で中腹に位置した一隻の表示が緑から赤色に変わった。宣戦を告げる一射をカルメラ中尉が放ち、直撃させたのである。


「いくぞ!!」


 翼を滞空から“飛翔状態”へ。本来は飛び上がるのだが今の【クライシス】は逆さまだ。

 真下へ飛翔する。まとわりつく様に雷が純白の装甲を這い、振り切る様に雲の中を飛び出した。


「『シナイデン』ロック解除! 接触と同時に二撃!!」

『大尉やりましたよ!』


 積乱雲を抜けた事によって通信が回復した。役に立てたと、カルメラ中尉からの歓喜の通信が入る。


『中腹の二番艦です! 命中しまし―――』


 通信が会話の途中で途切れ、カルメラ中尉の乗る輸送機の反応がレーダーから消えた。彼の居たサンゴ礁の浅瀬は、艦隊の砲撃によって跡形も無く消し飛んでいる。


「うぉぉぉぉぉ!!」


 自分以外には聞こえない雄叫びを上げながら、シゼンは【クライシス】を駆る。

 真上の積乱雲から突如として出現した敵機クライシスに対し、艦隊は弾幕を展開した。





 『星の使徒』第八師団の目的は、味方の作戦行動が行われているブルーフィルスへの救援要請だった。


 敵対する、稀代最高の司令官と名高いカナン・ファラフリはオールブルーの部隊を率いて主都ブルーフィルスで第一、第三師団と対峙。二師団は合同でぶつかるも、戦局は劣勢との報告を受けたのだ。


 第二師団は航行中に【セブンス】の部隊員であるシエン・ラド・グリフと海賊によって壊滅的な打撃を受け、第四、第五師団はその救助に回っている。

 第六師団は補給を行っており、第七師団は本部の警護にて待機していた。

 他の師団では手が回らなかった為、第八師団は通信の途絶えたブルーフィルスへ向かっている最中だったのだ。


 その道中の第六大海にての【クライシス】との接触は時間にして5分も無かった。


 先制射撃を受けた直後、真上の積乱雲より高速で降下してくる機体をレーダーが捉えた。自然災害でもある積乱雲の中に居て、問題なく行動できる機体は世界でも二機しか存在しない。


 敵機が【クライシス】だと気が付いた時には、既に艦の横を通り過ぎるように通過し、海面すれすれで飛行軌道を変えている所だった。


 やられた。第八師団、二番艦艦長がそう認識した瞬間に、戦艦が縦に真っ二つに両断される。

 【クライシス】は、まだ二番艦が両断剥離の最中に、一番艦へ直進。腕部に携えている身の丈ほどの大剣の刀身は黄色く発光していた。まるで雷を纏ったかのように、見た目以上の両断範囲をもった大剣を携え、一番艦の横を、後ろから正面へ通過。

 そして、まるでチーズでも切るかのように、戦艦は横一文字に両断された。


 後は、記録を繋ぎ合わせる事でしか【クライシス】がどのように行動したのか解らず、当時交戦と名ばかりの蹂躙を受けた者達では、その動きは追えなかった。


 脱出する様に格納庫のアステロイド部隊が発進。【クライシス】との交戦を開始する。


 彼らと【クライシス】では速度が違いすぎた。


 空中戦を展開する僚機たちは【クライシス】にとって、のろまな亀――いや、カタツムリの様に緩慢に見えていたのだろう。


 弾幕を掻い潜る様に次々に僚機を撃墜していく。

 【クライシス】は大剣を背部に戻し、両手に持つ二本の実体剣ハイブリットソードのみで戦っている。

 更に僚機から武装を奪い、残りの艦を攻撃。艦体制御室ブリッジとジャナフIIを破壊され、艦は瞬く間に機能を失い、乗組員は退艦を余儀なくされた。


 最初に両断された二番艦が海上に激突する頃には、他全ての航空戦力は撃墜され、他の艦も所々から爆発と火を吹き出し、鳴り響く警報が外まで聞こえてくる。

 総員が退艦行動を行っている。出撃したアステロイドは容易く屠られ、脱出した多くの艦員が見上げた大空には、ただ一機――【クライシス】が、第六大海上空で滞空している様だけだった。


 奇襲が成功したとはいえ……5分弱で全ての艦と、出撃した40機近いアステロイドが全滅したのだ。

 【クライシス】は襲撃の最中に手に入れた武器を両腕部に持ち、白銀の尾を引きながら浮遊都市ロラへ飛び去って行く。


 その様はまるで、空の支配者と言わんばかりに“人の意志”を見せつけていた――

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