第39話 もう愛梨と結婚しちゃいなよ

 どうしても泣いているアイリの顔が浮かんできてしまう。


 凹んだりすることもあるだろうけど、俺が思い浮かべるアイリの顔はいつも笑顔だった。

 その笑顔に何回も救われたし、大好きなはずなのに……泣き顔しか浮かんでこない



 少しでも早く着くには電車よりもタクシーの方が早そうだ。


 タクシー乗り場に向かうため走っていると声を掛けられた。


颯太そうた? 急いでどうした?? 」

れん! 」


 甚兵衛姿ってことは蓮も花火大会に行くのか。

 コイツはマジで何でも着こなすな!



「あのさ。颯太に言いたくて、あおいと花火観に行くんだけど」


 葵? 芽郁めいも街で2人を見掛けた言ってたな。

 マジで付き合ってんのか? それより今は


「ごめん。蓮、急いでるから、また今度聞かせてくれ」

「あ あぁ。颯太も吉沢さんと観るんだよな」



 そのはずだったけど、それどころじゃなくなった。

 予定は全部消えた……そうだ! 

 サコッシュから小袋を取り出し蓮に差し出した。


「これ、やるよ! 野々宮さんと仲良くな」

「サンキュ。って、なんだこれ? お洒落な袋だけど」

「大事なときに使ってくれ」

「ハンカチとか? まっ。ありがたく受け取るわ」



 俺にはコンドームは必要なくなってしまったからな、親友には楽しい想い出を作って欲しい。

 さらば強力イボ付き強力スキン!!





 タクシー乗り場はガラガラだった。

 1番前で停車してるタクシーに乗り込む。


「すみません。敬愛泉けいあいせん病院までお願いします」

「花火大会で混んでるから、普段より時間掛かりますよ」


 ミスった! そりゃ交通規制とかあるし道路は混むよな。

 かと言っていまさら電車に乗るのもな


「なるべく早くでお願いします! 」


 運転手さんは困ったような笑みを浮かべるとハンドルを握った。



 病院へ着くあいだ何回もRINEを送ってるが既読にもならねぇし。

 いま、アイリがどういう状況なのか考えると気が狂いそうになる



「まだ着きませんか? 」


 運転手さんはミラールーム越しにペコっと頭を下げるだけだった。


 何回も聞き返してるが、ぜんぜん進まねぇじゃん!

 チッ

 運転手さんにイラついても仕方ないのに舌打ちが出てしまう



 既読にもならないってことは、集中治療室にいるとか?

 それとももう……ダメだ悪いことしか浮かんでこない


 手も足も震えてくるし汗が止まらない


「もう。ここで良いです! ありがとう御座いました」


 メーターに表示された金額より多めにおさつで払い、お釣りも受け取らず飛び降りるように出た。


 モワッとした空気感

 汗でベタつく服が不快でたまらない


 走るしかねーな! 1秒でも早く着けば良い!!









 全身から吹き出してくる汗は止まらず、服はベトベトになりピタッと肌に密着してくる

 髪からしたたる汗が邪魔くさい

 喉がカラカラだし頭がフラフラしてくる


 夜とはいえ真夏に全力で走るやつなんかいねーよな。


 でも歩くわけには行かない!

 走れ 走れ 走れ!!







 やっと着いた…………倒れ込みたい気持ちを抑え、入り口に向かうもドアは閉まっていた。


 夜間入り口を探し受付へと向かう。


「ど どうされました? 」


 受付のお姉さんが目を見開いて驚いてるが、よほど俺の姿がおかしかったんだろう


 身だしなみを確認する暇なんかねーし いまも呼吸がぜんぜん整ってこない



「あ あの……こちらに『吉沢』さんって……夫婦が運ばれて来なかったでしょうか? 」

「ご家族の方でしょうか? 」


「い いえ……」

「こちらではお答え出来かねます」

「いるのかいないのか。だけでもダメでしょうか!? 」


 っんだよ!! 怪訝な目つきしやがって!

 教えてもくんねーのかよ!!



「教えろよ! 」


 思わず声を張り上げてしまった。


「すみません……」


 脱力感から受付台に手をつき、しゃがみ込む。


 あぁ もう! このまま強行突破して探そうかな




「どなたですって? 」


 後ろから声を掛けられたが、立ち上がる気力が残ってない


「だから! 『吉沢』さんだって!! 」

「『吉沢 愛梨』の両親のことかしら? 」

「そうだよ! 両親の事もアイリの事も心配だか……」



 この声って……どこにも気力なんか残ってなかったのに、思わず振り向いてしまった



「え? お母さん?? 」

「ちょっと。若生君、まだ君のママにはなってないわよ」


 アイリのお母さんだよな? 傷一きずひとつなくね?


「ほら。ここじゃ迷惑になるから、ロビーで話しましょ」



 ロビーのベンチに俺を座らすと、自販機で買ったスポドリを渡して来る

 行儀悪いのは分かるけど、貰うなりガブ飲みしてしまった。 干上がった心と体にいっきに染み渡る。


「凄い汗ね。走ってきたの? 」

「……はい。道路が混んでて、走った方が早かったので」

「愛梨が心配で? 」

「もちろんアイリもですし、お父さんとお母さんも……」



 急にお母さんにキツく抱き締められた。


「すっごい若生君。可愛いんだから! 」

「お母さん? 」

「もう。こんな息子欲しい! もう愛梨と結婚しちゃいなよ」

「お母さん?? 」


「そしたら、わたしの息子になるじゃん」

「ってか、汗臭いと思うので離れて下さい」



 お母さんは少し俺から距離を取ると頭を撫でてくれた


「心配してくれてありがと。受付で名前だけ書いて来なさい」


 お母さんに言われるがまま、受付で名前を書いた。

 さきほどの受付のお姉さんに、お母さんは頭を下げていた。


「ウチのほとんど家族みたいなもんですから」


 受付のお姉さんはニコッと俺に微笑んでくれた。


「さっきは態度悪くて、すみませんでした」

「気にしないで良いわよ」


 自分がホント、ガキすぎで恥ずかしい。

 病院で声を張り上げ、強行突破して部屋を探そうなんて、めちゃくちゃ迷惑じゃん……



「若生君いらっしゃい」



 お母さんに着いていく。聞きたいことは色々あるけど、なんとなく聞いちゃいけない雰囲気だ。




「ここよ」


 個室? 病室の前には吉沢さんのお父さんの名前らしきものしかプレートがなかった。


 良かった。最悪なことにはなってなさそうだ。


 病室のドアを開けるとベッドには…………


「アイリ!? 」


 なんで? アイリが眠ってるの??

 嘘だろ!?



「おいアイリ! アイリ!! 」


 思わずベッドに駆け寄りアイリの肩を揺さぶる


 パチっとアイリの目が開いた。カラコンしてない?? とにかく


「良かったぁ〜」


 アイリを抱きしめると、いつものグレープフルーツの匂いに包まれた。めちゃくちゃ安心する心地良い匂い


「あれ? 颯太??……」

「ちょっと、愛梨が何で眠ってるのよ。私の旦那は何処行った? 」

「パパは仕事のことで電話してくる。って少し前に出ていったよ」


 なにがどうなってるの? 理解が追い付かない


「あの人は。ホントに……安静にしてなさい。言われたばかりなのに」

「パパだもん、守るわけないよ。ってか、アタシ眠っちゃってた」



 俺を無視して話すな、何がなんだか分からん。


「アンタの好きピが、わざわざ走って駆け付けてくれたみたいよ」


 アイリはベッドから降りるとスマホに目をやった


「颯太ごめん。RINE見てなかった……アタシを心配して来てくれたの? 」

「アンタだけじゃないわよ。ママとパパもよ」

「でも、アタシが1番心配だったんだよね? 」



 覗き込むように見てくるアイリだけど、これは事故ったけど大したことではなかったってこと?


「パパは打撲と念の為に検査結果待ちで入院。ママは見ての通り何でもなかったんだよ」

「わたしだって、擦り傷とかはあるわよ」



 やっぱ、俺って直感とかないわ。競馬予想でも直感で当たったことなんてないけど

 悪い予感しかしなかったのに……ハズレて良かったぁ


「めちゃくちゃ心配したっつーの」


 アイリの頭をポンポンとすると


「ごめんね。ありがと」


 俺の大好きないつもの笑顔を見せるアイリに抱き着かれる


「汗臭いから」

「颯太のなら良いに決まってんじゃん! 」


 本当に良かった! みんな無事でアイリも泣いてなくて


 力強くギュッとアイリを抱き締める

 心から想いが湧いてきてしまう


「本当に良かった……」



 カチャッとドアが開いた。高身長高収入の匂いがするイケオジが現れた



「パパ! 」

「あなた! 」

「お お父さん?……」



 スタスタとベッドにイケオジは潜り込むと口を開いた


「オマエの、お父さんじゃねぇ」


 それだけ言うとイケオジは布団に丸まってしまった。




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