第32話 どこで覚えたのよ。そんな高等テク

 お互いを名前呼びすることに変わったのは良い。

 変わったのは良いが恥ずかしさはなくならない。

 その結果、名前を呼ばず相手に話し掛ける事が多くなってしまった。


「お爺さまからのランチ代。たくさん余っちゃったね」

「食べたの、そば屋だし」


 お爺さまからの1万円は、まだ7000円は残っていた。

 せっかくだから、うな重とか頼めば良かったかも


「帰りさ。アタシの買い物付き合って欲しいけど良い? 」

「良いけど。どこ行くの? 」


 帰りって、仙台に着くのは18時位だよな。


「PARTOで、前から欲しかった服があってさ」

「お金が余ったからね」

「一応はバイト代で買おうとしてたんだけど、せっかくだし」


 まぁ 吉沢さん……じゃねぇや、アイリが貰ったお金だからな。好きに使えば良いと思うけど


 前の俺ならアイリと2人でPARTOとか、周りの目が気になって行きたくなかった。


 やたら可愛くてお洒落で、何もしてなくても目立つタイプのアイリ。

 そんなアイリと釣り合いが取れるように、身だしなみも立ち振る舞いも自分なりに努力はしている。


 誰かを好きになった事はあっても、自分が作り上げた幻影に恋をしていただけ。

 だから、自分から恋愛に関して努力したことなんて一度もなかった。


 それこそ自分が作り上げた理想の女の子と、妄想で恋愛を楽しんでいただけ。


 実際の恋愛は思い通りに行かない事も多いし、めちゃくちゃ面倒くさい事も多かった。

 でも、それ以上に楽しいと言うか充実してる気がする


 これがリア充ってやつなのか! リア充の奴らはこんな楽しい事をやってたのか!!


 フッフッフッ 俺もそのリア充ってやつを手に入れてしまった。

 俺に惚れた女の子がこんなに可愛いとか、どんだけ前世で徳を積んで来たんだよ!


 たまたま同じクラスになり、席が隣になって、競馬好きだった。んで、性格も良くて可愛いギャルとか奇跡の重ね掛け過ぎんだろ!!



「なにしたの? ニヤニヤしてるけど」

「あぁ。奇跡って凄いなぁって」

「だよね。菊花賞馬だし、G1馬券内もけっこうあるもん」


 無邪気に言ってくるけど、それは競走馬の『キセキ』だろ。って、あぁ、こんな競馬突っ込みも出来る相手だなんて……アイリしゅき


 ゴホン 落ち着こう。

 心の声が漏れてたら恥ずかしさで悶絶死する自信がある





 メインレースに出た『アイリペルフェッタ』は、俺が恥ずかしくて『アイリ』と呼ぶことが出来ず、中途半端な応援になってしまった結果。ブービーでのゴールとなってしまった。



颯太そうたがちゃんと応援してくれないからブービーだったじゃん」


 って言ってくるけど、もとから人気なかったし実力通りでは?

 颯太と呼ばれるのも慣れてないから恥ずかしいのと嬉しいので、心がくすぐったい


「次に走るときは、呼び慣れてるだろうから大丈夫! 」

「アタシも早く、呼ばれ慣れたいんだから」



 照れた顔で「たくさん呼んでよ」とか、言ってくるんですけどぉぉ

 ものすっごい可愛い





 最終レースも終わり、お爺さまに挨拶してから高速バスで仙台へと戻った。


「颯太もお爺さまに、だいぶ気に入られたんじゃん」

「そうだと良いけど」



 お爺さまは俺の事を気に入ってくれたのか、連絡先を直接教えてくれた。

 個人馬主と知り合える機会なんて普通にないし、色々と聞いてみたい事もある。

 自分で競走馬を持つ。って、どんな感覚なんだろ?


 まずは一口馬主でも良いから、オーナー気分を味わってみたい。



 アイリと一緒にPARTOに入ると、同年代の男も女もアイリに目をやってから俺を見てくる。


 見慣れた光景なんだが、アイリや俺への羨望や嫉妬や恋心や下心。と言った視線が手に取るように分かる。


 前は俺にも余裕がなかったから、何か見られてるよなぁ、やだなぁ。くらいにしか思わなかったけど



「あった。このお店だよ」

「俺も入った方が良いの? 」

「当たり前じゃん。颯太に見て欲しくて、どっちか選んでもらうんだから」



 お店もだけど店員もお客様もお洒落だし、このなかに男が入るのは敷居が高いのでは

 俺の表情を読み取ったのか


「カップルで入るのは普通だよ。行こ」


 アイリに手を繋がれお店へと入っていく……余裕が出来た。なんて思っておきながら、これだからな

 まだまだ努力が足りん!




「これとこれ。で、迷ってたんだよね」


 ハンガーを両手に持って品定めしている姿もお洒落だ


 そのままアイリは俺に見せるように「どっちが可愛いと思う? 」と聞いてくる



 どっちが可愛いかと聞かれても、俺のセンスは微妙だと自覚してるんだが

 しかも、どっちも肩出しやらで露出多いな!

 まっ そこは良いとして、本音で答えよう。これも努力の1つだ!


 真剣な顔で両方の服を見比べてる



「真ん中が1番可愛い」

「真ん中……? 」

「うん。真ん中」

「……真ん中って」


 ハンガーを持ちながら、自分で自分を指差すアイリ


「そ。だから、どっちもアイリは似合うに決まってる」


 急に俯きだすアイリ


「ど どこで覚えたのよ。そんな高等テク」



 高等テクなのか知らないけど、本音で選ぶと真ん中自体が1番可愛いのだから

 何を両手に持って選ばせようが全部可愛いに決まってる



「じゃ、じゃあ。どっちも買っちゃえ! 」 


 アイリが言った瞬間、遠巻きに見ていた店員さんと目が合った。

 店員さんは俺に『ナイス』と言わんばかりに微笑んでくれた

 店員さんからすると、商品がどっちも売れた。ことになんのか



「バイト代とお爺さまのお金あるし」

「今度から俺に選ばせない方が良いよ。多分、今日と同じになるから」

「だね。颯太によって、アタシのお金がどんどん吸い取られる」


「俺をヒモみたいに言うな」

「アタシん家。お金持ちだし養って上げるよ」

「それは魅力的かも。じゃ、俺が主夫やるわ」



「それも良いかも」と言いながら、アイリは嬉しそうに店員さんからショッピングバッグを受け取った。



 




 そして本当にそんな日がすぐに来てしまった。


 事の始まりは一緒に競馬場に行った3日後の朝。


 鳴り続けるスマホを眠気眼ねむけまなこで取った瞬間『颯太。助けて!』と、焦った声で言うアイリからの緊急要請だった。





22話〜31話までに出てきた競馬用語になります。

読み飛ばして頂いても大丈夫です!

https://kakuyomu.jp/works/16816927863066443213/episodes/16817139555499702832

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