第30話 踏み切って〜ジャンプぅ!
マフィアだ
吉沢さんが手を振る方に目を向けるとイタリアンマフィアがいた。
見るからに仕立ての良さそうなスーツにハットをかぶり、優雅にこちらへ向かってくる。
左手にワイングラス、右手に銃を持ってても不思議じゃないくらいにマフィアだ。
眉間に深く刻まれたシワ。
整えられたヒゲに鷲鼻。
眼光は鋭く身長も180はゆうに超えてそうだ。
ゴッドファーザーじゃん。
めちゃくちゃ怖いんですけど!!
吉沢さんの前で立ち止まるマフィア。
俺を値踏みするように見つめてくる。
「お爺さま。お久しぶりです、お元気そうで、今日は馬主席へのご招待ありがとう御座います」
俺から吉沢さんへと視線を移すと一気に目尻が下がった。
「おぉ、良く来たな。相変わらず美人で可愛いのぅ、どこぞの女優がいるのかと思ったわい」
「ありがとう御座います。で、お爺さまこちらにいるのが」
ひえっ! また眼光鋭く睨まれるんですが……と とりあえず挨拶しなきゃ
「わ
「小僧、話しは後じゃ」
ピシャリと告げると吉沢さんに向き直る
「
「こ こんなに必要ないですよ。私もバイトしてますし」
すごっ! なんの迷いもなくランチ代で1万円を渡そうとしてる
「このくらいしか出来ることもないし、ワシの楽しみなんじゃ」
「で、ではありがたく頂戴します」
吉沢さんが深々とお辞儀をしたので、慌てて俺も吉沢さんに合わせ頭を下げた。
すれ違う人たちに挨拶をされながら去っていくお爺さまの後ろ姿。完全に部下から挨拶されるマフィアにしか見えん。
ってか、話は後じゃ。って、また会わなきゃならないのか?
「吉沢さん。今日のレースに出る、馬の名前教えて」
「新馬戦が『ラブマジックアイリ』でメインレースが『アイリペルフェッタ』」
「もう馬名だけで吉沢さん溺愛されてるの分かるわ! 」
「『ラブマジックアイリ』の牝系もお爺さまの所有馬だったからね」
なるほど、思い入れが強い馬ってことね。
次、お爺さまに会うまでに調べとくか。
「ペア席だから座ろうよ」
「馬主席初めてだから、緊張するなぁ」
2人ならんでフカフカの椅子に座る。テーブルにはテレビも付いていた。
「第1レース始まっちゃうね」
「障害レースの未勝利戦か」
欧州だと障害レースも大人気なのに、日本だとまだ知名度も人気度も低いよな。
障害馬ながら現役競走馬の中で、最高獲得賞金を誇る。日本競馬史上最強の障害馬『オジュウチョウサン』もいるから、多少は人気出てきてるけど
「若生君って障害レース好き? 」
「好きだよ。特に
「「踏み切ってジャンプぅ!」」
ヤバっ! 吉沢さんとハモった!!
「あれ、アタシもちょー好きなんだよね。言い方が癖になるよ」
ニコニコ顔の吉沢さん。こういうとこで共感出来るのって最高に嬉しい!!
「何か自分も言いたくなっちゃうんだよな! 」
「それな。アタシ動画で何回も観ちゃうもん」
競馬レース実況でも有名な山○アナ。
そんな山○アナが担当する障害レースでは、馬がコース上の障害を飛越する際に発する『踏み切ってジャンプぅ!』
このコールが、山○アナの絶妙なタイミングかつ、独特なテンションで発するのでインパクトがあり競馬民には大人気である。
その人気ぶりは『踏み切ってジャンプぅ!』の文字と馬の絵が一緒に書かれているTシャツが販売されているくらいだ。
「このレースも山○アナが実況だから、生の『踏み切ってジャンプぅ!』聞けるじゃん」
「ちょー楽しみなんだけど! 初めて生で聞くし」
吉沢さんと楽しみに待っていると、第1レースが発走となり、馬主席にも実況が聞こえてくる。
『さぁ。各馬、最初の
『『踏み切ってジャンプぅ!』』
俺も吉沢さんも実況に合わせ口ずさんでしまう。
ダメだ、こんなん、笑ってしまう。
その後も障害を飛越する度に、俺と吉沢さんは『踏み切ってジャンプぅ!』を見事に実況とハモらせた。
しかも馬が飛越しようとすると、吉沢さんも何故か、体がフッと上に浮く感じになるから余計に笑ってしまう
吉沢さんって、絶対にマリオ○ートで曲がるときに、体も一緒に傾けちゃう人だよ。
吉沢さんの、そんな姿を想像してしまう……どんだけ可愛いんだよ!
「無事に全頭がゴール出来て良かったぁ」
吉沢さんは全頭がゴールしたことに拍手をしていた
障害レースは故障や落馬も多いから、見ててハラハラもする。
でも、ただでさえ綺麗なサラブレッドが、華麗に飛越する姿を見ると美しさや力強さに魅了されるし面白い
「夏競馬はつまらない。って言う人もいるけど、アタシ好きなんだけどな」
「夏場って強い馬は休養するし。重賞もG3が多いからね」
1年中やってる中央競馬だが、夏は比較的弱い馬が出ることが多い。強い馬は賞金が高い秋以降のレースに出るからだ。
でも、新馬戦が始まるから未来のダービー馬やG1馬のデビュー戦が見られたり、夏の暑さに強い馬たちのサマーグランプリシリーズがあったりと、夏競馬には夏競馬にしかない魅力もたくさんある。
「俺さ、20歳過ぎたら夏競馬巡りしたい」
「夏競馬巡り? 函館とか小倉とか新潟の競馬場を巡る感じ? 」
「そう。ローカル競馬場を巡って、各地の温泉に入って、お酒飲んで美味しいもの食べて競馬する。みたいな」
「なにそれ!? めっちゃ最高じゃん! アタシもするし!! 」
「もちろん、吉沢さんと2人でだよ」
「ヤバっ 今からすっごい楽しみなんだけど! 」
吉沢さんと本当にそれが出来たら最高だろうな。
あぁ 守りたいその笑顔!
大好きな人と大好きな競馬を見ながら旅行が出来て……競馬が好きな吉沢さんとなら最高の想い出が作れそうだ
「もう少しでお爺さま来るから、若生君と2人で話したいらしいよ」
スマホに視線を落としたまま吉沢さんが言ってくるが『2人』だけって凄い嫌なんだけど……
「吉沢さん。ちょっと、タブレット出していい? 」
「え? 別に良いけど、どしたの? 」
「今すぐ調べないといけない事あるから」
バッグからタブレットを取りだし、競馬サイトにアクセスする。
検索のところに『ラブマジックアイリ』と打ち込んだ。
競馬民には競馬民なりの近付き方があるはず!
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