最終章 若生君と吉沢さん

第29話 ぎゃんかわなんだろね

 ミンミンだかジージージーだか、シャーシャーシャーだか知らねーが、セミうっさ!


 セミの大合唱に目が覚めてしまった。


 ついに夏休み初日……吉沢さんと福島競馬場に行く日だ

 8時過ぎに仙台駅から高速バスに乗り9時過ぎに着く。楽しみ過ぎる、競馬場に行くのが3年ぶりだしな。


 ってか、いま何時だ? ベッドから手を伸ばしスマホを見ると6時前だった。

 あと1時間は寝てられるけど、もう眠気も吹っ飛んだ。


 吉沢さんと恋人になったものの、学校では今まで通り過ごすつもりだった。

 それこそ授業中に消しゴムの貸し借りや、休憩時間に少しだけ話すみたいな。


 なのに吉沢さんはテスト結果が良かった度に『若生君、褒めて褒めて』と甘えてくる


 1番後ろの窓側でクラスメイトからは分かりづらい席なのだが

 髪を撫でて欲しいと言われれば、クラスメイトには分からないように髪を撫でてやり



 昼の休憩時間、屋上に繋がる階段の踊り場。そこに2人だけって事が分かると吉沢さんは膝枕をおねだりしてくる。

 満足すると『じゃあ、今度は若生君の番だよ』と、自分の膝をトントンと叩いて俺の頭を撫でながら膝枕をさせてくれる。

 

 吉沢さんは2人きりになった瞬間から、今までより甘えてくるし抱きついてくるようになった。


 あからさまな人前ではもちろん何もしてこない。

 時と場所をわきまえた甘え方してくる最高なギャルだった。


 しかも夏だから当たり前なんだが、肌の露出する面積が増えた。

 相変わらず柑橘系の爽やかな良い匂いはするし、色んなとこの感触は柔らかくて気持ち良いし最高かよ。


 抱きしめると肌と肌が直接密着し、下半身がゲート内で暴れてしまう。

 文字通り立ち上がったりしてんのよ! ナニがとは言わんが……

 バレないように少し腰を引いたりしてるけど、吉沢さんにはバレてそうだな


 ……とりあえず早いけど出る準備しとこ。馬主席だからドレスコードもあるし、ワイシャツに革靴だな。








「ちゃおっす、若生君。ギリ間に合った」


 小走りに掛けよってくる吉沢さん。

 あれ? 珍しく露出が少ない?? 

 帽子もキャップじゃなくて、エレガントはリボン付き麦わら帽子だし化粧も薄くない?


 そんな俺の視線に気付いたのか、吉沢さんはワンピースの裾をちょこんとつまんだ。


「マーメイドワンピースだよ。馬主席だから、キャップとか、いつもみたいなファッションだとアレかなって……」


 顔が曇る吉沢さんだけど、確かに丈が長いし裾が少し広くなってるから、足元がマーメイドみたいに見える。


「上品だし、凄い似合ってて可愛い」

「ほんと? 良かった! 」


 パッといつもの明るい顔の吉沢さんに戻った。

 その笑顔のまま俺の手を握ってくる。


 なんだこの可愛い生物は!? あまりの可愛さに俺が声を失うんですが、マーメイドよりもマーメイドだわ。


「若生君、手が違う」


 握ってた手は指を絡ませた恋人繋ぎに変わった。

 この恋人繋ぎって安心があって好きだ。

 ギリ人前でも大丈夫だけど、夏だから自分の手汗が気になってしまう。



 福島競馬場に向かうバスの中でも吉沢さんはテンションが高かった。

 周りに迷惑にならない声で話し掛けてくる吉沢さん。

 ホント良く喋るし良く笑う。


 最初の印象は少し怖くて大人っぽくて、見た目からクールなイメージだったんだけど

 実際はクールでも何でもなく甘えんぼうで話好きで、笑いのツボが浅かった。

 

 俺のつまらない話や冗談にも笑ってくれるし、こんなんどんどん好きになるに決まってる。







「よいちょ! 着いたー。まだ第1レース前だから人が少ないね」

 ホント嬉しそうだし楽しそうな顔するなぁ 吉沢さん。


 「ってか、9時過ぎでこの暑さかよ! 」

 

 雲ひとつない青空から、じりじりと容赦なく照りつける太陽。

 アスファルトからは、もやもやと立ち込める陽炎が見えた。


 目の前の中央口から入りエスカレータを昇る。

 競馬場はやっぱデカイなぁ

 久しぶりに来たから興奮と緊張が混ざってるし


「若生君。冷たいもの買ってから馬主席に行こっか」

「賛成。そうしよ」



 売店でペットボトルを買った。

 吉沢さんはすぐに首やオデコに冷たいペットボトルを当てていた。


 スタンド観戦しかしたことないし、スタンド観戦でも臨場感あって楽しいが、馬主席ならガンガンに冷房効いてそうだし、フカフカな椅子に座って優雅に飲みながら観戦が出来る。

 吉沢さんに感謝しないと



「吉沢さんのお父さんも来てるんだよね? 」

「え? 来てないけど」

「だって、パパのコネって言ってなかった」

「そうだけど、パパは馬主じゃないし」



 だよね? 俺も個人馬主だとは思ってないけど、クラブ馬主で抽選か何かで馬主席当たったのかと思ってた



 吉沢さんは馬主席に来たことがあるのか、迷わずにスイスイと進んでいく。


「コネって、ママのパパ。母父のお爺さまが個人馬主なんだ」

「はい? お爺さま?? 」


 ってか、『ママのパパ』をわざわざ『母父』に変えるあたり競馬民だよな。それに、今まで生まれてこのかた、爺ちゃんや婆ちゃんを『様付け』で呼んだことない

 吉沢さんの言い方は慣れてたよな?


「うん。お爺さまが個人馬主さんで、今日の5レースの新馬戦とメイン競争に出るんだ」

「それ、先に言ってよ! 吉沢さんのお父さんがいるのかと思った」 

「パパはいないけど、お爺さまは来てるよ」



 ですよねえぇぇぇ! そんな気がしたわ!


「孫娘もアタシだけだから、ぎゃんかわなんだろね。チョー溺愛されちゃってて」



 吉沢さんって、今は俺に話してるからギャル語?とか使ってるけど、見た目より礼儀作法がしっかりしてるし、最上階のタワマン住んでるし、裕福な家庭なんだろうな。


 孫娘を溺愛するお金持ちのお爺さま。

 このワードは絶対に俺に対して当たりが強いやつでは?

 どうしよう、緊張と恐怖感が出てきた。



「ちょっと待っててね」と吉沢さんは言い残すと『馬主受付』と書いてるフロントに向かっていった。



 ガチで吉沢さんって何もんだよ?

 オヌシナニモノだよ。


 フロントの人と少し話すと戻ってくる吉沢さん。


「お爺さまが、話通してたみたい。行こ」



 そのまま近くのエレベーターに乗り込み5階へと向かう。

 エレベーターを降りた瞬間から空気感が違った。

 何か高級感ただよう匂いと言うか、壁も床も綺麗だし椅子なんか紫色で座り心地良さそう!



「すげぇ! 大パノラマだ!! 」


 やべっ 声大きかった。


「ね。凄い、見やすいよね」


 コクンと頷いてはみたが、これは凄い!

 目の前全体がガラス張りになっていて、その大パノラマから綺麗な緑色の芝とダートを見下ろせる。


「ここって、2階に行かなくてもパドックも見れるじゃん! 」

「そうだよ。ただ近くでみたいからアタシはパドックまで降りちゃうけど」



 マジで感動する! 馬主席すげー! ちらほら人はいるけど、みんな上品そうに見えるし


「あっ お爺さまだ」


 皇族の方のように、にこやかな笑顔になる吉沢さん。ひらひらとお上品に手を振っている。



 なんて挨拶するのが正解なんだ?

 友だち? 学友?? 彼氏!?


 正解はどれだ!


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