第25話 陰キャ全開ムーブ

 熱はないけど体全体がダルおもらしい吉沢さん。

 斤量きんりょう63キロ背負ってる気分言ってるし。障害戦ならまだしも平地へいちならとてつもないハンディキャップだ

 競馬民にはこれだけで、ダル重具合が分かってしまう。


若生わこう君。学校は? 」

「1.2時限って自習だし大丈夫」

「え? そんなレアある?? アタシが休みの時に限って」



 話題をそらしたくて、ゼリーはオレンジとマスカットどっちが良いか聞くと、オレンジを指差した吉沢さん


 自分でも食べられるだろうに。

 意外と甘えん坊なとこあるよな吉沢さんって


 スプーンを口元まで持っていくとパクっとゼリーを飲み込む。

 スプーンが短いから、指まで食べられそう。ってか、わざと前めでスプーン持とうかな


「程よく冷たくて美味しい。若生君、もっとちょうだい」


 目を輝かせるけど、なんかいつもと違う気がする


「それは良かった。こぼさないでね」

「こぼしてもパジャマだし」



 吉沢さんのパジャマ姿初めて見るけど、そこまで恥ずかしくないのかな?


 ハイと言いながらゆっくりゼリーを食べさせる。

 吉沢さんの唇もいつもはゼリーみたいにぷるるんとした感じで、テカってた気もするが……


 ゼリーの味を噛みしめるように目を瞑る吉沢さん。

 やっぱり、なんかいつもと違う……


「そっか! カラコンしてないし、すっぴんだからか」


 違和感はこれだったのか! だからいつもより余計に子どもっぽく見えてしまったんだ 


「吉沢さん? 顔が赤くなってるし、また熱出ちゃった? 」


 ゼリーを置いて吉沢さんのオデコに手を当てる。

 吉沢さんは目を瞑ったままだった。

 オデコもそこまで熱くはない



 唐突と吉沢さんは枕を持ち上げ顔を隠した


「なしなしなし! ちょ、若生君。家に上げた時からの記憶消して、そして20分ちょうだい」

「なんで? 」

「だって、カラコンもしてないし、すっぴんだし……目開けらんない! 」

「吉沢さんのすっぴんって幼い感じになって可愛いじゃん。化粧してると大人っぽいクールな可愛さだし」



 あっ 吉沢さんが固まった

 枕を顔に当てたままだけど窒息するぞ

 枕をどけてあげると、さっきより顔が赤くなっていた


「吉沢さん? 」

「あっつ」


 顔を両手でパタパタと仰ぐ吉沢さん


「熱出てきちゃった? 」

「若生君のせいでね」



 またゼリーをせがむように口をアーンと開けてきた


「ってか、初めて言われたし」

「なにが? 」

「若生君に『カワイイ』って」



 白い歯を見せながら満面の笑みを見せてくる


 今、言ってた俺? 確かに言ったような気もする。ってか、言ってたよな。初めて口に出来た!


「スポドリもあるから水分も取りなよ」

「こういうとこお兄ちゃんって感じだよね。若生君」

「まぁ、お兄ちゃんだし」


 いまじゃクソ生意気な妹になっちまったが、小学生くらいまでは天使のように可愛くて優しかったのに いつのまにか堕天使になりやがった


「吉沢さんは一人っ子だよね」

「うん。昔から両親も忙しかったし」

「だから、反動で甘えん坊になったのね」

「なって……るのかな」



 最後のゼリーを食べると潤んだ目で見つめてくる

 すっぴんなのと汗ばんでるのもあって、やたらとセクシーすぎん?


「少し食べたら眠くなってきちゃった」


 眠くなってきたからトロンと目がなってたのね


「いっぱい寝て、いっぱい汗をかけば、すぐ良くなるよ」

「若生君のおかげで、だいぶ良くなったよ」

「そっか。良かった」



 吉沢さんも休むことだし帰るかな。立ち上がろうとすると袖を引っ張られた


「吉沢さん? 」

「もう少しいて欲しい。ダメ……かな? 」


 ズッキューン!! どころじゃねぇぞ

 いつもは陽キャで、とにかく周りを明るくしてくれるギャル!

 そんなカースト最上位ギャルが弱った感じに言ってくる破壊力や

 アーモンドアイの末脚にも劣らん!!

 そりゃ2400の世界レコード叩き出せるわ!


「じゃあ。もう少しだけいるよ」

「ありがとう。お願いついでに、もう1つ良いかな? 」 

「良いよ。なに? 」


 座る俺の手を吉沢さんは握ってきた 


 えへへ。と少し恥ずかしそうに吉沢さんは笑う


「若生君の手って温かいよね。落ち着くなぁ」

「そう? 自分じゃ分からないけど」

「前にナンパだと勘違いした若生君が、アタシを引っ張ってくれたじゃん」


 目を瞑りながらも話はとめない吉沢さん

 睫毛ながいし、オデコも鼻も口も造作ぞうさくが綺麗過ぎる

 マネキンって言われるのも分かる


「それは記憶から消してください。恥ずかし過ぎる」

「でも、あの時からアタシは……」  

 


 スゥスゥと寝息を立て始めた。

 続きが凄い気になる!

 吉沢さんの手も柔らかくて華奢で…… 

 こんな俺でも吉沢さんを笑顔にしたいし守りたい。 


 ギュッと手を握りしめた


 今までにない感情がどんどんと俺の中で湧き上がる

 ギャルでお洒落で可愛くて綺麗で、人に優しくて、ノリが良くて、競馬の話も出来る


「吉沢さんが好きです」


 眠ってるの分かってるけど予行練習ってことにしとこう


 目覚めたら言うんだ。俺の想いを

 






 吉沢さんは減った体力ゲージを満タンにさせるかのように深い眠りについてるみたいだった


 何度も俺のスマホが震えてた事は気付いていたが

 スマホを手に取る事が出来なかった 

 多分、両親からだろう。

 朝の職員会議で処分が決まって親に連絡が行ってるころだし



 あの岩田先生の様子じゃ自宅謹慎が2.3日かな

 でも、野々宮さんは何とかする。みたいな事言ってたよな?


 期末テストも控えてるからテスト範囲分からないと困る

 野々宮さんに教えてもらうしかねぇな


 今更、あの動画を誰が撮ったとか犯人探しはしたくないし

 吉沢さんだと気付かれないようにするのが最優先だから


 それに親が何て言うかさっぱり検討がつかん

 芽郁めいの事で何回か中学校では呼び出しを受けてるみたいだから

 俺も。ってなったらショックだよな……お兄ちゃんの俺がしっかりしないといけないのに




 眠気の残った声で「若生君」と呼ばれた。


「起きたんだ。体調はどう?」


 吉沢さんが眠ってから2時間弱か。色々と自分を見つめ直す良い時間だったな


「だいぶ軽くなった気がする。54キロくらいかな」

「吉沢さんの体重? 」

「ち 違うし! 負担重量!! 」


 ってか、吉沢さんが背伸びをするから手を繋いでる俺と万歳みたいになってる


「あまりにも自然すぎて忘れてた」


 繋いだ手をブンブンと楽しそうに振ってくる吉沢さん


「何か凄い良い夢みちゃった」

「どんな夢? 」

「秘密。秘密だけど少しだけ教えて上げる」



 クフフと小悪魔めいた笑顔になる吉沢さん


「若生君に『好きです』言われた夢」


 それは俺に取ってリアルの出来事で、吉沢さんにとっては夢うつつだったのね

 変に吉沢さんが起きてなくて良かった。

 これでちゃんと言える


 繋いだ手を離すと一気に寂しくなった気がする


「吉沢さん」

「ん? 」


 あとは言うだけ! 変に意識するな!!


「あっ。何かRINEたくさん来てる」


 吉沢さんはベッドの上に置いたスマホを手に取ると目を滑らした。


「うわっ。若生君にRINEしてたの、本音と建前一緒になってるし」 



 少しずつ吉沢さんの表情が険しくなっていく

 スクロールする手付きも早くなってるし



「若生君。これ、どういうこと? 」


 見せられたスマホには、吉沢さんの友だちからのRINEだった。


 俺のやった事や謹慎になりそうなこと。

 律儀な友だちらしく、動画と個人的見解まで付いていた。


 その子によると俺は髪型変えてから彼女が出来て、蓮とつるむ事によってチャラ男へと変化したらしい


 こんな感じで好き勝手言うから噂に尾びれや角や羽が生えて、原型が分からなくなるんだ

 火のない所に煙を立たせるのも裏サイトならではだな



「大丈夫。吉沢さんの事は誤魔化せたから」

「若生君は謹慎になるの? 」


 野々宮さんもどこまで出来るか分からないし


「多分。って、言っても2.3日位だと思うけどね」

「アタシも言う」

「なにを? このことを?? 」

「だって、若生君だけ謹慎とかおかしいじゃん! 」



 何のために庇ったか分からなくなる! 頼むから何もしないでくれ


「馬鹿正直に言うことないよ。何のメリットもないし」

「だって、ホテル入ろ。言ったのはアタシだし」


 そんな事実はどうだっていい。これ以上騒ぎを大きくしたくない。


「まぁ、言った言わない。ってより、一緒にラブホに入って、俺だけ鮮明に撮られてた」


 変な正義感なんか持ち出してくるな。今は黙ってやり過ごす事が得策だろ。俺も意見なんてせずに反省文だけで済ませば良かった。でも、吉沢さんと蓮を悪く言われるのはな……


「だから、吉沢さんは今まで通り」

「なんで? アタシを庇ってるつもり?? そんなんでアタシが喜ぶとか思ってんの? 」



 ッチ 思わず心の中で舌打ちしてしまう


「じゃあ、何か? 見えにくいけど、隣にいるのは吉沢さんです。吉沢さんとラブホに入りました。って、わざわざ言えば良いのかよ!? 」

「アタシはそれでも良かっ」

「良くねぇよ!! 吉沢さんの相手が俺だぞ!? 少しは変われてるかもしんねーけど、教室の隅で1人眠ってる振りしたり、空気みたいにして過ごしてる」



 結局は俺のコンプレックスはこれだ。カースト最上位のギャル。

 そのギャルに対して蓮がいるとは言え、基本はボッチでモブキャ。


 吉沢さんの周りにはギャル友や陽キャが集まるけど、俺の席は誰も見向きもしない。

 教室の隅っこで浮遊物のように過ごしてるだけだ。その他大勢、エキストラで片付けられてしまう……


「頼むから余計な事すんなよ! 俺とラブホに行ったなんて分かれば吉沢さんが皆から、からかわれる」

「なにそれ? 卑屈すぎだし、カッコわるっ! 周りの評価なんて関係ないじゃん! アタシが良いって言ってんだから」


「気にするに決まってんだろ! こっちはずっと気にしてんだよ!! 心の中ではカーストとか小馬鹿にして気にしてない振りしてたけど、同じ集団に同じ空間にいるんだ、変にまとわりついてムカつく! 」


 カースト最上位は自分が1番だから、下なんて気にする必要がない。下の奴らが常に上を気にしてカーストは出来て行く

 その空気感を上は知ってようが知ってまいが気にする必要なんて何1つない


「だっさ! なにその陰キャ全開ムーブ。お見舞いありがとね。もう大丈夫だから帰って良いよ」



 ぶちまけてしまった奥底にある感情はゴツゴツしてて、声に出す度に心も喉もヒリヒリする

 吉沢さんに見捨てられてしまった。


 目付きが俺を拒否してる……


「お大事に」


 呼び止められるのを1ミクロンくらいは期待したが

 吉沢さんは声を掛けては来なかった



 心から好きな子が出来たら出来たでこれだよ

 病人に向かって声を荒げちまうしホント格好悪い。

 俺って恋愛っつーか、人付き合い下手過ぎだろ


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