踊り子 アナベル 2話
予定通り、国王であるエルヴィスは一日滞在して別の視察地へと向かった。村人全員で見送り、馬車が見えなくなるまでずっと頭を下げていた大人たちが深いため息を吐いた。
「ああ、緊張した。こんなに緊張したのは久しぶりだよ」
「あら、あんたいつ緊張していたんだい?」
「そりゃあもちろん、お前さんにプロポーズする時さ」
村長夫妻がそんな会話を繰り広げていると、村長の孫でアナベルよりも一歳年上の幼馴染のシモンがアナベルに近付いて、ずいっと腕を伸ばしてアナベルに花を向けた。
「お花?」
「さっき見つけたんだ。やるよ」
「……ありがとう」
「あら、良かったわね、アナベル。このお花は花瓶に飾ろうね」
「うん!」
シモンは少しだけ嬉しそうに笑ってから、パタパタとどこかに駆けて行った。
「うーん、将来の息子か……?」
「気が早いわよ、あなたったら」
呆れたように肩をすくめる母親の姿に、アナベルは首を傾げた。家に戻り、シモンからもらった花を花瓶に活けると、アナベルはその花をずっと眺めていた。
この村にあるのは木々や畑、そして花だ。色とりどりの花は村人たちが大切に育てている。アナベルだって、出来ることは自分でやっている。少しでも家族の役に立ちたくて。それでも、まだ五歳で非力なアナベルには本当に簡単なお手伝いしか出来なくて少し悔しそうにしていた。
「どうしたの、アナベル。可愛い顔が台無しだよ」
つんつん、とアナベルの頬を突く兄に、アナベルは自分の思いを話した。すると、兄は「そっかぁ」とアナベルの頭を撫でる。
「アナベルの一番大切な仕事はね、いっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい寝て、大きくなることなんだよ?」
「でも、アナベルもおてつだい、したい!」
「うん、その心がけはすっごく大事。でもね、ほら、ごらん?」
ぺたり、とアナベルと兄の手が重なった。手の大きさを比べているようだ。
「ほら、僕の手のほうが大きいでしょ? これはね、僕はいっぱい遊んで、いっぱい食べて、いっぱい寝た結果なんだよ。これくらい大きくならないと!」
「お兄ちゃんみたいに大きくなったら、お手伝いしても良いの?」
「もちろん! ……あ、でもね。アナベルは可愛いから、癒しの効果はあるなぁ」
手を離して、代わりによしよし、と撫でる感触にアナベルはくすぐったそうに笑った。
「それじゃあ、今日も元気にいっぱい遊んでおいで」
「はーい!」
アナベルは元気よくそう返事をして、家の外へと遊びに行った。
人見知りはするが、外で遊ぶのが好きだったのだ。
綺麗な花を見つけたり、四葉のクローバーを探したり、はたまた空を見上げたりすることが大好きな子どもだった。
アナベルも、この村の人たちも、きっとずっとこんなに平和な時が続いていくのだと信じて疑わなかった。
――しかし、その平和は数ヶ月しか持たなかった。
突然、村に貴族が訪れたのだ。騎士何人も連れて。
「あ、あの、申し訳ございませんが、どちらさまでしょうか……?」
村は騒然としていた。貴族と騎士は、アナベルを探しているようで、自宅に押し寄せてきたのだ。母親がアナベルを隠すようにぎゅっと抱きしめ、父親がそんな母親の前に立ち貴族に尋ねる。
「この方は、この地方の領主、ジョエルさまだ。ここに『アナベル』と言う少女がいると聞いてわざわざ足を運んだのだ」
騎士のひとりが一歩前に出て、自分の主人であるジョエルへと手を向けてから説明した。
「……確かに、アナベルは私たちの娘ですが……。なぜ、領主さまが……?」
「なに、
でっぷりとした体形の貴族、ジョエルが自慢の髭を撫でながら尋ねる。アナベルはただただ、『怖い』と言う感情に支配されていた。ジョエルがすっと手を上げると、騎士のひとりが母親からアナベルを引き離す。
「きゃぁあっ」
「アナベル!」
「おお、声も愛らしいじゃないか。どれ、よーく顔を見せてごらん」
ジョエルの前に連れ出されたアナベルは、騎士に拘束されたままだ。ジョエルの手が伸びて、アナベルの頬に触れる。ねっとりとした視線を受けて、アナベルは鳥肌を立てた。
「ふぅむ。確かに……うむ、これならば金貨十枚……いや、二十枚でどうだ?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてそう提案するジョエルに、父親も母親も唖然とした。
「……なにを、おっしゃられているのか……、理解出来ません……」
「だから、この少女の値段だ。金貨が二十枚もあれば、家族四人、余裕で暮らせるであろう? この田舎ではな!」
ジョエルの笑い声が響いた。
「――断れば、この村がどうなるかわかっているのだろう?」
しん、と静まり返ったアナベルたち。ジョエルはアナベルから手を離し、
「二週間後に迎えに行く。……その少女はこの私の花嫁にしてやろう」
と、言い残して去って行った。
アナベルは口をパクパクと動かして、それからくるりと振り返って母親に抱き着いた。
「――どうして、こんなことに……!」
母親の震える声を聞いて、アナベルは必死に抱き着く力を強める。
――アナベルが領主の花嫁になるという話は、あっという間に村に広がった。
村人たちは気の毒そうにアナベルを見て、「元気を出して」と声を掛ける人、気まずそうに視線を逸らす人、様々な反応を見せた。
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