1章:踊り子 アナベル

踊り子 アナベル 1話

 ――この世界には不思議なことが満ち溢れていた。魔法、精霊、妖精、その他にもたくさん。

 中でも、レアルテキ王国には王族に代々伝わる氷の魔法のおかげで、魔物の脅威を退け発展を遂げていった。

 そんなレアルテキ王国の北部にある田舎の村で、二十年前にとても愛らしい女の子が生まれた。


「……まぁ、私のプラチナブロンドと、あなたのアメジストの瞳を継いだのね」

「みたいだな、これは将来、とっても美人になるぞ!」

「お母さん、僕にも赤ちゃん見せて」

「私にも!」

「ふふ、はいはい、順番よ。……これからよろしくね、アナベル」


 田舎で暮らしていたが、家族は仲が良く、生まれた女の子はたくさんの愛情を注がれてすくすくと大きくなった。

 アナベルと名付けられた少女は、家族からの愛情を注がれてすくすくと元気に育った。村では、とても可愛い女の子としてアナベルは注目されて、注目されるたびに母親の後ろに隠れてしまう、人見知りな女の子に育った。


「……ねえ、どうしてみんな、アナベルを見るの?」

「それはねぇ、アナベルがとっても可愛いからよ。みーんなアナベルの可愛さに注目しちゃうのよねぇ……」

「良いなぁ、アナベルは可愛くて。私も可愛く生まれたかったなぁ!」

「あら、お姉ちゃんだって可愛いわよ! ねぇ、アナベル?」

「うん、おねえちゃん、かわいいよ! アナベル、おねえちゃん大好き!」

「……ありがと。お姉ちゃんもアナベルのことが大好きよ!」


 ぎゅっと姉に抱き着かれて、アナベルは嬉しそうに笑った。

 そんな時、国王陛下が視察に訪れるという噂が流れて、村はとても賑やかになった。国王陛下がこんなに田舎の村までわざわざ視察に訪れるということが珍しかったからだ。

 国王陛下が来るまでの間に、村を少しでも良くしようと村人は道を綺麗にしたり、いつもに仕事を頑張ったりと準備を整えていた。お祭り騒ぎになっていたが、幼いアナベルにはそのことが不思議で、首を傾げていた。

 そして、ついに国王陛下が村まで来た。王族が乗る豪華な馬車を見た時、アナベルはキラキラとしていて眩しいなぁ、と目を細めた。村人全員が国王陛下の姿を見ようと馬車の周りに集まり、護衛の騎士が厳かに馬車の扉を開けた。――そこに居たのは、アナベルよりも少し年齢の高そうな少年と、鮮血のような赤い口紅をした十五歳ほどの少女だった。

 ぱちっと、少年と視線が合ったアナベルは、さっと母親の後ろに隠れた。

 どうやら、彼が国王陛下のようだ。


「ごきげんよう、お集まりいただき、ありがとうございます」


 少女が溌溂とした声で周りを見渡してから言葉にする。すっと頭を下げられた村人たちは、慌てて自分たちの頭も下げた。村長が前に出て、


「こんな田舎にようこそいらっしゃいました。ええと、……その、なにもないところですが、ゆっくりしていってください」

「……ああ、そうしよう。では、村を一周する。村長、ついて来てくれないか」

「か、かしこまりました……!」


 村長がぺこぺこと頭を下げているのを見て、アナベルはじっと少年を見つめた。夜を思わせる黒髪に、アイスブルーの瞳。隣に立つ少女はマゼンタ色の髪を纏めていた。エメラルドのような瞳でもう一度周りを見渡し、小さく微笑む。少年と共に歩いていくのを見て、村長以外の村人たちが深い息を吐いた。


「――……そう言えば、即位されたって聞いたことがあるような」

「それにしても、あんなに小さい子だったとは……」


 そんな声がちらほらと聞こえて来たが、アナベルにはよく理解出来なかった。母親に促されて自宅へと戻り、優しい兄と姉と共に遊んだ。

 国王陛下は一日この村に滞在し、また別の視察へ向かうらしい。

 家の中で遊ぶのも飽きたアナベルは、家から出て散歩をしていた。他の村人たちは国王陛下の視線を気にしながら畑仕事に勤しんでいた。


「――ごきげんよう、可愛いお嬢さん」

「えっ、と……あ、さっきの……」


 てくてくと歩いていると声を掛けられた。声の主は先程の少女だった。


「……あなた、とても可愛らしい顔をしていますのね」


 すっと少女の手が伸びて、アナベルの顎を掴む。そして、ジロジロとアナベルの顔を見て、「ふうん」と呟く。そんな少女の手から逃れようとしたが、まだ幼いアナベルには力任せでも外すことが出来なかった。


「……なにをしているんだ、イレイン」

「可愛いお嬢さんの鑑賞ですわ、エルヴィス陛下」


 なにを当然のことを……とイレインが笑う。エルヴィスはそんなイレインに向けて視線を向けると、彼女の腕を掴んでアナベルを解放させた。


「ぁ、ありがとう、ございます……」

「いや、迷惑を掛けてすまない。もう夕方になる。帰りなさい」

「は、はい……」


 逃げるように踵を返すアナベルを、イレインは目元を細めて眺めていた。そして、にやり、と口角を上げる。


「行くぞ、イレイン」

「はい、エルヴィス陛下」


 エルヴィスの声に、イレインは彼の隣に立ち歩く。エルヴィスは一度振り返り、アナベルの姿が見えないことを確認してから再び歩き出した。

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