寵姫と氷の陛下の秘め事。

秋月一花

プロローグ

 極上のシルクで出来たドレスを身にまとい、差し出された手を掴む女性が居た。

 凛とした表情は崩さずに、どこか色気のある微笑みを浮かべて胸を張る。


「――覚悟は出来たか?」

「あら、陛下。覚悟なんて――この話を受けた時からありますわ。楽しみですわね、彼女がどのような反応をするのか」


 くすり、と口元に弧を描いて笑う。彼女のアメジストの瞳が、隣に居る男性へと動き、彼はその表情を見てふっと目を伏せた。


「……ここから、始まる」

「ええ。大丈夫ですわ。わたくしたちの目的は同じなのですから。さぁ、皆が待っております。行きましょう」

「――ああ、行こうか、共に」


 そうして彼女たちは足を進める。

 国王陛下が到着したことを伝える音楽が流れ、会場の扉が開かれる。

 女性は眩しそうに目元を細めて、陛下と共に会場へと足を踏み入れた。国王陛下が王妃ではない女性を連れて会場に入ったことに、パーティー会場にいた人たちは戸惑いを隠せないようで、ざわざわとざわめいていた。

 陛下たちが会場に用意された席に座ろうとした時、会場の扉が大きくバンッと言う音と共に開かれた。

 綺麗に着飾った女性が現れて、ツカツカと大股で陛下たちの元へと行く。


「どういうおつもりですか、エルヴィス陛下。王妃であるわたくしを差し置いて、この女をパートナーにするなど!」

「そう怒るな、イレイン。――私はお前を誘ってはいなかったろう?」


 ざわめきが強くなった。王妃であるイレインを誘わずに、隣にいる女性を誘いこのパーティー会場に来たという陛下に、周りの人たちの戸惑いが大きくなる。ふるふると肩を震わせて、陛下たちを睨みつける王妃に、女性が陛下の手をぎゅっと握り、眉を下げて微笑む。


「――わたくしは、あなたがどんなことをしてきたのかを知っていますわ、イレイン王妃。……あなたは、わたくしのことをご存知ですか?」


 そう問いかける女性に、王妃の目がつり上がり、ばっと腕を振って「卑しい踊り子が話し掛けないで!」と声を荒げる。


「――ええ、あなたのせいで帰る場所を失い、踊り子として生きていたわたくしを、陛下が見初めてくださいましたの。ようやく、あなたとお話しできますわね。――あの日のことを、わたくしは一日だって忘れたことはありませんわ」


 そう言って女性は陛下の手から離れて、静かに王妃の元へと向かった。そして呟く。


「――若い女性の血を浴びて、若返り効果はありましたか?」


 ひそり、と囁くように呟くと、王妃がバシンッと乾いた音を響かせて女性の頬を扇子で殴った。


「アナベル!」


 すっと手を上げて陛下が来ることを拒むアナベルと言う女性。にやりと口の端を上げると、殴られた頬を擦る。


「これで正当防衛確定だねぇ?」

「なっ――!」


 ドレスを捲り上げてナイフを手にすると、ナイフの切っ先を王妃に向けた。誰も、動かなかった。王妃にはそのことが信じられなかった。自分が危険なことになっているのに、どうして誰も助けないのかと、周りにいる人たちを睨む。


「……無駄さ、王妃サマ。……あんたの天下は、今日で終わりだ」


 しんと静まり返った会場に、アナベルの声が響いた――……。

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