第21話 三色感情

「私は彼のことが大好きなんだ、ってやっぱり思ったの。彼女がいるのは知ってるよ。でも、それでも好きって伝えたいの」


 ある夜のこと。僕の好きな子から、いきなり通話ががかかってきた。

 そしてそんな決意表明をされた。


 この子の語る彼とは、当然僕のことじゃない。

 僕の友人のことだ。


「うん、僕もそれでいいと思う。後悔はしちゃダメだと思う」


 それは僕の出せる精一杯の強がりだった。

 なぜ僕じゃないんだろう。僕なら恋人もいないから、今すぐに付き合えるのに。恋愛と言うのは本当にままならない。相手のあることだから尚更だ。


「うん、ありがとう。でさ、彼の好みを知りたいんだよ。少しでも好きになってくれるように」


 ああチクショウ。なんでだよ。なんでそれを、よりにもよって僕に聞く。

 僕の気持ちをわかってくれ、とは言わない。でも僕にそれは聞かないでくれ。


「あいつはね、髪のキレイな子が好きだよ。今の彼女も綺麗な黒髪ロングだし」


 自分の性格がイヤになる。何故僕はこうなんだ。こうもバカなんだ。自分でなければ笑ってやりたいほど滑稽だ。


「よし! 他には何かある?」


「あと寂しがり屋だから、コミュニケーションの回数を増やすといいかな。暇、って言ってデートの誘いを待ったりするのもいいと思う。デートが好きなやつだからさ」


 いっそのこと、ウソでもついてしまいたい。

 でも僕はウソがつけない性分だ。この子の幸せを願う気持ちだってある。

 しかし、この子が自分の横にいてほしいのは僕じゃない、という現実もまた飲み込まないといけないのだが。


「うん。ありがとう。なんかスッキリしたよ。君が友達で本当によかったと思う。ありがとう。本当にありがとう!」


 その後、いくつか言葉を交わし、そう言われた。

 感謝なんかしないでくれ。言葉が肺腑に突き刺さるから。いっそ僕のことを嫌いになってくれ。このまま消えさせてくれ。


「でもさ、また迷うことがあったら相談にのってね。頼りにしてる」


「ドンと来なさい。いつでもドンと」


「ホントありがと。私の友達に紹介してもいいくらい」


 うれしい。最高の賛辞だ。

 でも僕はそれが君であってほしかった。そうすれば、未来は変わったんじゃないだろうか。そうすれば、僕のことを好きになってくれたんじゃないだろうか。


「じゃあまたね。ありがとうね!」


 通話が終わった。

 僕はすぐに台所に行き、冷蔵庫の中から水を取り出す。水が飲みたかった。この心のざわめきを何とかしたかった。


「仕方ないんだよ。こういう人間なんだよ」


 取り出した水はぬるくて不味かったが、僕は言葉と一緒にそれを飲み込んだ。


「バカか」


 今度ははっきりと呟きながら、もう一口水を飲んだ。

 朝はまだ遠くにある。この気持ちとの戦いは、長丁場になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る