第19話 ダブルミーニング
「ささ、入って入って」
目の前にあるドアが空き、その部屋の家主である女の子が、僕を招き入れた。
僕の人生で始めてとなる、女子の部屋に入るというイベントが始まった。
二十歳いくらも超えて今日初めての経験、というのもなんとも情けない話ではあるのだが。
室内にはベッドとテレビ、あと小さな机があるだけだった。床には絨毯が敷かれており、壁には僕の知らない歌手のポスターが貼られていた。全体的な色がベージュや白で、こざっぱりとした印象だ。
女の子の部屋とは、もっとピンクや水色で、ゆいぐるみなどおかれているイメージを持っていたため、少し拍子抜けをした。
しかし、それでも僕の心臓は大きく脈打っていた。これが女子の部屋だ、という事実は、いかんともしがたいものなのだ。初めての経験なのだから仕方がない、と自分に言い聞かせる。
「どうしたの? ぼーっとして。あ、イスがなくてごめんね。人、あんまり呼ばないからさ」
僕はそう言われて、ようやく座ることを思い出した。緊張を隠すように、僕はゆっくりと床に座った。彼女は、僕の90度横に座った。
「ようこそ我が家へ! 狭っ苦しくてごめんね」
いやいや。そんなことないよ、素敵な部屋だね。僕はそう返答をしようとする。しかし頭が回っていないのか、いやいや、という言葉だけが、かろうじて口から出た。
僕の目の前に、缶ビールが置かれた。
「冷えてるから美味しいよ」
促されるままに、缶ビールをあける。プシュ、という音が耳に届き、少しだけ中身が溢れた。僕は缶に口をつけ、一息に半分くらいを飲み込みこんだ。味は全くしなかった。
「美味しい? 私も飲むねー」
もう一つの缶ビールをあけ、彼女は中身を飲んだ。
その光景は僕に不思議な感覚をもたらした。世界からこの部屋という空間、そして彼女と一緒にいるこの時間、それだけが切り取られたような感覚、だ。
もちろんそんなことはない。この部屋以外にも世界は当たり前に存在し、時間はクルクルと回ってるはずだ。
僕は、酔っ払うにはいささか早い、緊張で頭が混乱しているのか、と頭を振った。しかし緊張と混乱の中にあっても、この時間と空間は僕の宝物になるのだろうな、そんな確信だけはあった。
僕はビールに再度口をつけた。やはり味はしなかった。
「どうしたの? 顔真っ赤だよ? もう酔った?」
彼女はそう言った。僕は酔っている。二つの意味で、だ。
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