第15話 女々しくて
10年も前に別れた恋人。
俺は毎年、その彼女の誕生日にだけメッセージを送る。
たった一言「誕生日おめでとう」とだけ。
メールの返信は、必ず翌日の深夜に入ってくる。
今では母となった彼女。
俺が生まれて始めて結婚したいと思った子。今でもその思いは残っている。毎年毎年メールを送るのが、その証拠に思えた。
当時、彼女と結婚したくて俺は夢を諦めた。俺の人生の指針は、不安定な夢ではなく、結婚をするという現実に変わった。
でも出来なかった。
理由はいくつかある。しかしその中で一番大きな理由は、俺の状況と環境だった。
彼女はお嬢様であり、どこの馬の骨ともわからない俺とは、そもそも釣り合わなかったのかもしれない。
「久しぶり。メッセージありがとね」
長文を打たない、彼女らしいメッセージ。それは俺の中で、彼女の声で再生される。今でも鮮明に覚えている声。
いつもそこからやり取りが始まる。そして、とりとめも無い話をする。
近況、彼女の子供の話、俺の仕事の話、そして。
声が聞きたい。会って話をしたい。
毎年思う。
でもそれは願ってはいけないのだ。
彼女には守るものがある。
年に1日だけのやりとりが、ぎりぎりの距離感なのだ、と思う。
「私のこと、覚えててくれてありがと」
忘れるはずが無い、一生忘れるはずが無い。
そう思うほどに好きだった、大好きだった。
「またね」
自然とスマホを握り締める手に力がこもる。
彼女を幸せにするのは俺の役目だったはずだ。
10年経った今でもそんなことを思う。
彼女は幸せなのだろうか。幸せになってくれているんだろうか。俺はそれを考え、メッセージを途切れさせる。
また来年。いや。来年こそ最後にすべきなのかもしれない、と思いながら。
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