第10話 夏の海で二人

 海は物語の舞台になることが多い気がする。

 それはなぜなのだろうか。海がかもし出す、言葉にならない雰囲気がそうさせるのか。


 僕は今、バイト先の仲良しメンバーと連れ立って、浜辺に花火をしに来ている。

 青春ドラマのワンシーンのようだ。

 夏の夜に海で花火。メンバーも男女3人ずつとくれば、なおさらそのように思われた。


 しかし僕には、この場にいてもいいものか、という思いが頭に浮かぶ。

 僕の高校生活は暗闇、とでもいうべきものだった。高校を卒業して数年経つが、未だにその思いを引きずっている。

 目の前の光景には現実感がなく、これは物語の中なのではないのだろうか、と思わずにはいられなかった。

 そしてその物語でも、僕は主役ではない気がするのだ。


 少し向こうから、キャーキャーと女の子の声が聞こえた。その方を見れば、男が花火を持って女の子を追いかけている。

 また別の方に目をやると、小さな打ち上げ花火でテンションのあがる男女がいる。

 あちらの二組はテンションをあげる組なのだろう。

 そうだとすると、残りのワンペアである僕らはゆったりと花火を楽しむ組だ。

 僕とペアの女子の前では、線香花火が小さな花を咲かせていた。


「キレイキレイ。地味な花火もいいものだね」


 僕とペアになっている子、サオはそう言った。

 前かがみになっているせいか、顔が少し僕に近づく。僕はなんだか少しどぎまぎし、視線を外にずらした。

 線香花火は小さな花を咲かせていたがそれも終わり、その小さな火種を浜辺に落とした。


「あー終わったね。さて次は何しようね。少しお散歩でもする?」


 そう言うが早いか、サオは立ち上がって歩き出した。つられるように僕も立ち上がり、後を追った。


 ゆっくりと海べりを歩く僕とサオ。本当に物語のワンシーンのようだった。

 僕にとって、女の子と二人で連れ立って歩くのは初めての経験だ。

 しかしやはり、僕には現実感がわかなかった。海の匂いも、砂浜を歩く音も、僕の横を歩くサオも。


「実は海は怖いんだよね。友達のお父さんが海で亡くなったからさ」


 サオはそう言った。


 ゆっくりと歩く僕とサオ。歩調を合わせるのが、僕の出来る精一杯の気遣いだった。

 その時、サオが体を僕に寄せてくる気配を感じた。僕は逆に、サオと距離をとるように横にずれた。


 サオは「あはは。あのさぁ、鈍感って言われたことない? いいシュチエーションだったと思うんだけどな」と笑いながら言った。


 僕は「それをいうならシチュエーションじゃない?」と返答をした。


 少し遠くで打ち上げ花火の上がる音が聞こえた。

 そちらを見ると、打ち上げ花火が空に少し大きめの花を咲かせ、そして消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る