第6話 全て藪の中

 ケンカのきっかけは、いつだって些細なことだ。それが男女であればなおさらだ。俺の今までの経験がそう語る。


 しかし今回のケンカは何が原因なのか、本当によく分からなかった。些細なことなのは間違いないのだが、いまいちピンとくるものが無い。よく分からないまま、今俺の横にいる彼女、ヒトミの機嫌が悪くなったのだ。


 俺たちは街中を一緒に歩いている。ここ15分ほどそこに会話が無い。重苦しい雰囲気だ。


 ヒトミを見れば目線を横にずらし、明らかに俺を避けている。いったい何が原因なのだろうか。


 しかしそのままでは話が始まらない。俺はヒトミに声をかけることにした。


「なぁ、どうして黙ってるの?」


 少し非難の色が強い言葉だとは言ってから思った。俺という人間は、いつだってやってしまってから後悔をするのだ。やはりというか、ヒトミからの返事は無い。押し黙ったまま俺の横を歩いている。


「俺、何かした?」


「……何をしたか自覚の無い人に、かける言葉はありません。さっさと歩いて」


 返事はあったが、話は進まない。何をしたか思い出そうとするも、一向に思い出せない。こういう時に、自分の頭の悪さを呪いたくなる。


 目的地まで、あと5分ほど。その間になんとかしたい。今の雰囲気はとても嫌だ。


「わかった。俺は何かをした。だから謝る。ごめん」


「だめ。許さない。何をしたか思い出して」


 めんどくせえ。そしてやはり思い出せない。俺は何をしたのだろうか。ヒトミが押し黙る前の会話の中に、何か悪い意味で逆鱗に触れる言葉でもあったのか。


「ごめん、やっぱ思い出せない。わからん、何でもするからさ。機嫌直してよ」


「……何でもする?」


「うん、なんでもする。だからさ」


「わかった。全部水に流すね。じゃあ……次回のデートはスーツで来て」


「ん!?」


「スーツで来るの。いつも仕事で着てるやつでいいから。ちゃんとネクタイもするんだよ。なんでもする、だよね?」


「はい、分かりました。スーツできます」


「よろしい!」


 結局ケンカの原因は藪の中だ。まぁ機嫌が直ったのならよしとしよう。でもスーツって結構肩凝るんだよな、と思いながら、俺は頭をかいた。

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