第5話 ある種の魔法

「誰かメイクの練習台になってくれる女の子、知りません?」


 俺は会社の同僚、シノブさんにそう声をかけられた。うちの会社がエステサロンを立ち上げることになり、シノブさんはそこで、エスティシャンをやることになっているのだ。


 練習は多いに越したことはないだろうし、少しは力添えをしたい。

 心当たりを探ってみたら、女友達のアコに行き当たった。アコは飾り気が無い、地味で大人しい子だった。そういう子の方が、練習台には向いているのではないか。


 アコに連絡を取ると、是非やって欲しい、となった。

 飾り気がないとはいえ、やはり女子であり、メイクや美容については興味津々なのだろう。

 連絡を取り合い、数日後、エステの予定地で集合となった。


 そしてその日が来た。

 アコは俺が迎えに行った時から笑顔であり、いつもよりテンションが高かった。

 俺はアコを車に乗せ、目的の場所に向かった。エステサロンは内装工事もほぼ終わっており、綺麗なものだった。そして俺はシノブさんにアコを紹介した。



「じゃあ早速始めますから、男性は奥に行ってくださいね。終わったらまた呼びますから」


 集中したいのか、俺は奥に追いやられた。さて、どうなるのだろうか。


 ぼんやりとスマホで時間を潰していたら、シノブさんの声が聞こえてきた。


「出来ました。戻っていただいて結構ですよ」


 その声で俺が部屋に戻ると、そこには初めて会うアコがいた。地味で大人しそうなアコを活かしつつ、可愛さを盛り込んだような、そんなメイクだった。


 俺はメイクのことはまるでわからない。しかしメイクでこうも変わるものか、と思った。やはりプロというのは違う。そしてアコを見るたび、ドギマギする俺がいた。


「アコさん、メイクさせてくれてありがとうございました。またこれからよろしくお願いしますね」


 そんな俺をよそに、メイクの終わりを告げるシノブさん。


「じゃあ私は少し片付けしてますから、雑談でもしててください。」


 そんなシノブさんの声を聞き、改めてアコを見る。いや、俺はアコをまともに見ることが出来なかった。何故か俺が恥ずかしくなってきたのだ。


 すると、アコがいつもとは違うトーンの声で、話しかけてきた。


「ふふーん、私もまんざらでもないでしょ? どう? かわいい? 惚れちゃいそう」


「……うっさい」


「あはは、何、どうしたの? 素直に言ってみて」


「……いや、その……あーもう、かわいいな、と思ったんだよ」


「うふふ、ありがとね。私、ちょっと自信ついちゃった」


 ただなんだかやられっぱなしのような気がして、俺は言い返すことにした。


「アコ、これからは化粧しろよ」


「うん、そうする。でもそしたら、私に惚れちゃうんじゃない?」


 ダメだ、どう考えても今回は俺の負けだ。メイクって反則だよ、俺はそう思いながら頭をかいた。

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