第4話 イメージと輪郭と

「もしもし? 聞こえます? こんばんは。今日もお疲れ様でした」


 深夜。ヘッドセットから女性の声が耳に届く。通話ソフトを使ったこの子との会話も、どれくらいの時間になるのだろうか。


 僕らはSNSで知り合った。なので、お互いハンドルネームは知っている。が、本名や顔、年齢は知らない。SNSで知り合うというのは、必然的に匿名性のある付き合いになる。しかし顔や本名を知らなくても、十分に繋がることは出来る。僕と彼女の繋がりが、その証明に思えた。


 僕らは匿名性の闇の中、色々なことを話した。


 おおよそは今日何があった、何をしていた、という日記混じりの雑談だ。また、趣味、恋愛についての話をすることもあった。稀に重い話をすることもあった。匿名性があるからこそ出来る話は、確かにある。リアルの友達には言えない、でも誰かには聞いてもらいたい話。


 30分ほど雑談をした頃、僕は強い眠気を感じた。明日は少し早起きのため、そろそろ寝なければならない。僕は彼女に通話の終わりを告げることにした。


「うん。眠くなってきた。じゃあそろそろ寝るね」


「あ、はい。分かりました。明日もお話してくれます?」


「もちろん。大丈夫だよ」


「じゃあ安心して待ってますね」


「楽しみにしてるね」


「あの……」


「ん? なんだい?」


「あの……変なことを言うと思われるかもしれませんが、本名を交換しませんか?」


「本名?」


「はい、もしよかったらなんですけど。下の名前だけでいいので」


「うん、いいよ。じゃあ僕から教えるね。僕の名前は……」


 僕らは本名を教えあい、通話を終えた。


 通話を終えた僕はベッドにもぐり、彼女の名前を反芻した。名前を知っただけだが、彼女に対するイメージが輪郭をもった。そして本名の交換は、信頼と親愛の意味が深く込められている気がした。面倒ごとに巻き込まれる。そんなこともあるかもしれない。だがまぁ、それはまた違う話だ。


 眠気が僕の意識を塗りつぶし始めた。薄れ行く意識の中「明日からはお互いを、本名で呼び合うんだろうか」という言葉がかろうじて浮かんだ。それは明日分かることなのだが。


(了)

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