第44話 吾作の墓
吾作は眩い光の中にいた。
その眩しさは四方八方全てであり、吾作はあまりの眩しさに、どこを向いていいのか分からず、つい両手で顔を覆ってしまうほどだった。
しかし何故だかそんなに悪い気はしないどころか、少し安心感すらあった。そんな光の中、
「吾作……吾作……」
と、声が聞こえてきた。
何だ?
吾作はその声の方向に振り向くと、光が強すぎて影にはなっているが、どうやら人が二人、こちらへ向かって来ているようだ。吾作は目を凝らした。
「だ、誰?」
「私達だて。分からんかん?」
どんどんとその人影は近づいてくる。
「お父ちゃん? お母ちゃん?」
吾作はとてもびっくりした。その二人は紛れもなく、少し前に亡くなった吾作の両親であった。
「あんた、よう頑張っとるみたいじゃんかあ」
「吾作~! おまえ、えらいに~!」
両親は吾作をベタ褒めしてくれた。吾作は二人に会えた衝撃と嬉しさで、もう涙が止まらなくなっていた。
「ほんなん泣いて~っ。ほんな顔しとったら、おサエちゃんに笑われるに」
「ほだわ。おまえ、男だら! 泣かんとシャキッとせい!」
「ほ、ほんなん、言ったって~っっ!」
両親に慰めながらも全然吾作の涙は止まらない。
「あんたは、よう頑張っとる。ほいだもんで、今日、ようやく正しい寝方で寝れただよ」
「ほだわ。おまえ、まあ化け物になってだいぶ経つみたいだけど、全然正しい寝方で寝らんもんで、まあ疲れが取れんかっただらあ」
なぜかお母ちゃんとお父ちゃんは急に寝方の話をしてきた。吾作は、全く訳が分からなくなったが、まだ話は続いた。
「おまえのような化け物はなあ。生まれ育った土地のお墓の中で寝らんと、健康にならんのだて」
「ほだよ。ほいだもんで、明日は元気いっぱいになっとるはずだよ」
「え? ほ、ほんと?」
吾作は半信半疑で答えた。両親は話を続ける。
「ほだよ。ほいだもんで、明日、夜になって起きたら、お腹いっぱい人の血を飲みん♪ ほしたら、まっと元気になるで! それが正しい化け物の姿なんだでさあ」
「ほだよ。おまえは人の事考えてどえらい遠慮しとるみたいだけど、遠慮なんかせんでいいだよ。自分に素直になって、人の血をちゃんと飲めばいいだよ~♪」
吾作はその言葉を疑った。
「な、何言っとるだん? ほんなんしたらみんな死んじゃうじゃんかっ! ほんなバカな事なんか、せえへんわあ!」
そう言うと、吾作は両親から一歩づつ離れた。しかし両親の言葉は止まらない。
「あんたこそ何を言っとるだん? あんたが幸せになるには、自分が化け物だと認めて、素直に人の血を飲む事に決まっとるでしょう?」
「吾作? おまえは、まあ人じゃないだで、化け物らしく生きんと、むしろいかんぞ! 村の人達だって、困っとるだらあ。おまえは人の血を飲む宿命なんだで。無理せんと飲みん」
吾作は両親の説得に悲しくなってきた。
「ほんな、ほんなんやだて! やだて……」
「飲みなさい」
「やだて……やだて……」
吾作は目を覚ました。
何か、ものすごく悲しい夢を見た気がする。思い出せないが、とても大事な人に裏切られたような、失ったような、悲しい気持ち。
そんな気分に浸っていたが、吾作はだんだん目が覚めてきた。
しかしあまりに周りが真っ暗なので、自分がどこにいるのか分からなくなり、それに身動きもとれないほど狭いので、少しうろたえた。しかし、
(あ、これ、墓の中か……)
と、この日の段取りを思い出すと、少し落ち着いた。吾作には見えないが、日も落ちている頃だろう。それは感覚的に感じる。
しかし自分が墓の中に追いやられる日が来るなんて、思いもしなかった。などと思いながら、吾作は煙になって墓の中から地上に出た。
【吾作ノ墓】
その新しい木の墓標には、自分の名前が丁寧に書いてある。吾作は自分の名前だけは読めるので、何だか奇妙な気分になった。
そして辺りを見回すと、もうすっかり日も暮れて、もう暗くなり始めている。人の気配も全くない。
「ん~!」
吾作は思いっきり背伸びをした。そこで、自分の身体が軽いし、何か妙にスッキリしている事に気がついた。
しかしそれと同時に何か悲しい気分にもなった。
(何でだ?)
吾作は考えたがよく分からない。身体に関しては、毎日家の布団で寝てて、別にちゃんと寝れてない訳ではないのに、今日はいつもとは何かが全く違う。
(棺桶のあの形がいいのかな? それともわしが化け物だから、お墓の方がぐっすり寝れるのかな?)
と、いろいろ考えたが、答えは見つからない。
しかし気になったのは、こんなにスッキリしているはずなのに、何でこんなに悲しいのか?
これもさっぱり分からない。
(やっぱり何かすんごく嫌な夢でも見たのかな?)
吾作はこれについても考えてみたが、全く夢を思い出せない。
吾作は考えるのをやめて、家に向かおうとした。しかし吾作は、異常に血を欲している事に気づいた。
(待て! わし、今どえらい喉が渇いとる! 何か知らんけど、わしどえらい血が飲みたくなっとる! このまま行くと、誰か襲ってしまいそうなほど、血が飲みたくなっとる!)
喉がとにかく乾いた吾作は、すぐに森の中へ入って行った。
そしてネズミやタヌキやキツネやら、目に入る獣に襲いかかると喉もとを食いちぎり、そこから血を飲みまくり、そのつど、その首をへし折って生き返らないようにした。
「あ~♪ 起きたての血はなんて美味しいんだろう♪」
吾作は身体が満たされ、一人満足に浸っていた。しかし自分が飲み干した血まみれの獣達の死骸をまじまじと見直すた時、吾作は我にかえった。
「……わし、こんな残酷な事をしたんか……わし、本当に大丈夫なんか?」
吾作はもう、自分を抑えていられるのか不安になった。その時、
(何言っとるだん。人の血を飲まんといかんて)
(人の血)
(人の血)
脳裏に自分の両親のような、そうでないような不気味な声が聴こえてきた気がした。
「な、なんだ?」
吾作は周りを見た。でも誰もいない。なんだか嫌な予感がする……と、吾作は思い始めた。
しかしここで考えている時間がないと思った吾作は、とりあえずおサエに会うために自分の家へ向かった。
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