第45話 おの〜れ、おの〜れ

 家の近くまで来た吾作は、自分の家に人だかりがあるのに気がついた。それに何だか騒がしい。

 何が行われているか、その場に行きたいが、そんな事をしたら大騒ぎになってしまうので、近くには行けない。

 せめて声だけでも~……と、耳を一生懸命澄ましたが、化け物になった地獄耳でも、その声はよく聞きとれなかった。


(おサエちゃんに会いたいんだけどなあ)


 吾作はそう思ったが、その願いは無理そうだったので、仕方なく庄屋さんの屋敷に向かう事にした。


 庄屋さんの屋敷に着くと、庄屋さんと与平が待っており、さっそくセリフの書いてある紙を渡された。

 それにはこう書いてある。


 おの~れ、おの~れ!


 よくもわしの大事な身体に傷を、つけてくれたな!


 このままただで済むとでも思っておったかあ~!


 貴様の家に毎晩出て、末代まで祟ってやろうぞお~!


 覚悟しておけ~!


「だから読めませんて~」


 吾作は困りながら素直に言った。


「やっぱり読めんかあ。ほんじゃ実演してやるで、ちょっと見てみりん!」


 庄屋さんはそう言うと、役者魂に火がついた。


「おの~れ、おの~れ!


 よくもわしの大事な身体に傷を、つけてくれたな!


 このままただで済むとでも思っておったかあ~!


 貴様の家に毎晩出て、末代まで祟ってやろうぞお~!


 覚悟しておけ~!」


 庄屋さんは振り付けまでして見せてくれた。


「わー! すごい~!」


 吾作は大喜びして拍手をパチパチした。それを見ていた与平は呆れた。


「それ、おまえがやるだぞ」


「え! ほ、ほんなん無理だてっっ! それに、ほんなん覚えられんて」


 与平の言葉に吾作は慌てて断った。


「嘘だらあ! これぐらい覚えれるだらあ? 勘弁してくれやあっっ。」


「ええ~っっ。出来ませんて~」


 庄屋さんこそ呆れてしまい、吾作はどうやら覚えないと行けない空気になったのを察して練習を試みた。


「おのーれ。おのーれ。……で、何でしたっけ?」


「よくもわしの……」


と、庄屋さんがセリフを教え始めた時、


「庄屋さん! わしら今から侍のトコに行く事になったんだわあ! いっしょに来てくれんか?」

「いっしょに行こまい!」


 いきなり村人達の声が屋敷の玄関から声が聞こえてきた。三人は、


「え?」


と、お互いの顔を見合わせたが、村人達に見られてはまずい! と、まず吾作はすぐにケムリになって天井へ消え、与平はセリフの書いてある紙を懐に隠した。

 するとそこに彦ニイや権兵衛達が大勢で押し寄せた。その中にはおサエとおタケの姿もあった。


「長三郎が、あの侍の後をつけて、家まで突き止めたっつっとるんだわ。もうわしらは行くで、出来たら庄屋さんも来てくれんか」


 彦ニイが庄屋さんに説明がてら詰め寄った。


「いや! ちょっと待て! 何で今から? 明日、隣村の庄屋のトコにみんなで行くって話を昨日しただらあ!」


「いや! 昨日といい、今日といい、あの侍の遠くから見とる態度が、わしは気に食わん! まあ今から抗議に行かんと気がすまんのだわ!」


 彦ニイは鼻息を荒く言い返し、庄屋さんの話を聞こうとはしない。


「私もねえ! 庄屋さん! かわいい吾作を殺されて、あんな風に見られてるのが、まあ歯痒くて歯痒くて! 直接文句がどえらい言いたいじゃんねえ!」


 いっしょに来たおタケもまくしたてる。それを見た与平は罰が悪くなった。


「お、おタケ、頼むわ~。ほんなんせんといて~っっ」


「あんたがほんなんだもんで、私が行くんだら~があ!」


 与平の言葉も火に油だった。その横でおサエが、


「おタケちゃん! まあちょっと落ち着いてっっ」


と、なだめると、庄屋さんに話し始めた。


「本当に申し訳ありません。私の旦那の事で、こんなにみんなが動いてくれてるのを、ただ見ている気になれませんでした。なのでせめて、村の長である庄屋さんに、みんなに着いてきてほしいと思って、私が無理矢理ここに寄ってもらったんです。なので、忙しいかもとは思いますが、いっしょに来てもらえませんか?」


 おサエは、庄屋さんに向かって頭を深々と下げた。こんな事をされては庄屋も断る訳にもいかない。


「わ、分かったわあ。与平、こちらは頼んだでな」


 そう言うと、庄屋さんはしぶしぶ村人達といっしょに屋敷から出て行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る