第35話 和尚さんの提案

 おサエと和尚さんは吾作に不安を感じた。

 それを吾作も感じ、どうしようかちょっと困った。

 しかしそれより今晩自分に起こった出来事を話さないといけない。


「あ、いや、あのね? 今日……隣村の庄屋さんのトコ行っただら? ほしたらお侍さんにこれを撃たれてね……」


 こうしてなんとか今日あった事を話し始めた。

 その話をひとしきり話し終えると、おサエは怯え始めた。


「お、大事じゃん! ご、吾作、これから、ど、どうするだん?」


 その言葉に和尚さんが神妙な面持ちで答えた。


「あ、いやな。実はその相談の為にわしは与平に言われてここに来たんだが……ん~……これはもう大事だでなあ。与平が庄屋に話をしてみて、それからだわ。庄屋が向こうと[ぐる]ならもうワシらだけで何とかせんといかんし、庄屋が知らんかったら庄屋の考えを聞いて決めればええ」


「ほだな。ほいでだいぶ変わるわな」


 吾作は和尚さんの話に自分に刺さった矢を冷ややかな目で見つめながら言った。

 その言葉と態度にも、二人は違和感を覚えずにはいられなかった。


 それからしばらくして与平が一人、吾作の家へやってきた。じゃあとおサエと和尚さんと与平は家の中に入り囲炉裏を囲った。吾作は和尚さんの光が痛いので一人縁側で話を聞く事にした。

 そして与平はさっそくみんなに庄屋さんのようすを語り始めた。


「庄屋さんは、何も知らんかったみたいだわ。あの風呂敷の中に隣村の庄屋さんの手紙が入っとって、[代官様からその化け物の退治の為に、手下を二名遣わされた]って、書いてあったに。ほんだもんで、それ見た庄屋さんがどえらい怒り出して、『わしに何の相談もなく、こんな卑劣な事をするなんて許せん!』っつっとったわ。ほいだもんで、庄屋さんも何かやらかそうと思ったみだいだで」


 与平の話に和尚さんがそう答えた。


「う~ん……気持ちは分からんではないが~……ほんな報復合戦始めたら、終わりはどちらかが死なんといかんくなるで、ほれはまずいわ~。何とかやり過ごせんものだろうか……」


「ほだよっっ! 村だって、大変な事になるに!」


 おサエも心配が止まらない。しかし与平は違うようで、


「ほうかあ~? わしは庄屋さんと同じで、何かやらかさんとスッキリせんと思っとったんだけど。まあでも確かにほうなるとちょっと困るわなあ」


と、庄屋さんの意見に賛成のようす。その発言を聞いた和尚さんとおサエは、う〜ん……と、悩み始めた。

 そこで和尚さんはこれまで一言も声を出していない吾作に聞いてみた。


「吾作。吾作はどうしたいだん?」


 すると縁側の吾作が顔を出す訳でもなくこう言った。


「うん……わ、わしは身体も元に戻ったで、まあ放っといてもええと思っとるんだけど……よ、よく考えたら、わしが生きとるの分かったら、また何かしてこんかやあ? って。そこが気になっとる」


 それを聞いて、その場にいたみんなが、吾作の考えに納得をして、またしばらく沈黙が続いた。

 その沈黙を破ったのは和尚さんだった。


「ほんじゃ、とりあえず隣村の人間と、代官に『吾作は死にました』って分かるように、一回葬式でもあげるかん。吾作、おまえ隣村の庄屋さんトコから追われるように逃げて来たんだら? きっと今も奴らは向かって来とるかもしれん」


 その提案に、最初は誰も反応出来なかったが、それを理解したおサエはビビりまくって座っているのにぴょんと後ろに下がってしまい、吾作はポカンとして理解できず、与平はニンマリといやらしい顔をした。

 そしてようやくおサエが声を出した。


「そんな恐い事言わんで和尚さん!」


「いや、ほいだもんで、普通にお葬式をあげるんだわ。隣村の連中は、吾作が日に浴びないと死なないとか、知らんだら。ほいだもんで、通夜の時も葬式の時も、その場で吾作は横になっとればいいんだわ」


 あまりに動揺しているおサエに和尚さんは説明した。しかし今度は吾作が話を理解してビビりまくったようで、障子を開けない常態のまま、


「ちょ、ちょっと待って! そ、それ、どえらい面白そうだけど、わ、わし、大丈夫か? まさかお経を唱えて、わ、わしを燃やすつもりじゃないだらあなあ?」


と、障子の外から身構えて話してきた。三人は何を馬鹿なという顔をしたが、吾作はいたって真剣な感じ。おサエや与平が、「そんな訳ないじゃんか」と、説得した後、和尚さんは一度大きな息を吸い、


「吾作~……安心しりん。ほんな事せえへんてっっ。ほいでお経なんて、デタラメにそれらしく唱えれば、みんな気なんかつかんだら」


と、呆れながら吾作に話した。


「ほ、ほか……」


 吾作は少し安心したようだった。しかしここでおサエの心配がぶり返した。


「わ、私、吾作が生きてるの知っとるのに、通夜とかお葬式の時に泣けるかどうか……」


「あ! ほんなん、わしだって、昼間はええかもしれんけど、夜、通夜の時、だ、大丈夫かあ~? 動いちゃいそうなんだけどっっ」


 吾作もつられて心配しだし、おサエと二人でオロオロし始めた。それを見た与平はニヤニヤが止まらない。


「そこは二人とも上手く芝居するしかないわなあ」


「ええ~っっ! どえらい心配だわ~っっ」


 吾作とおサエは、更にオロオロしだしたが、時間もないのでさっそく通夜の準備を始めるのであった。

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