第34話 吾作、家に帰る

 吾作が自分の家に着いた頃には、夜はもうだいぶ更けていた。

 当然おサエは寝ている。吾作どうしようか少し悩んだ。と、いうのも吾作はまだネズミ達に担がれた状態で、右横腹に矢が刺さったまま。しかしネズミと一緒に家に上がる訳にもいかず、かといって身体を回復する為に隣村から自分を運んでくれたネズミ達の血を飲む気にはさすがになれなかったのである。

 う~ん……と、しばらく吾作は考えた。そして、


「一度みんな元のトコに戻りん!」


と、片手を上げて命令した。すると、ネズミは瞬く間に隣村目掛けて走って帰っていった。

 そのネズミ達を見送った吾作ながら、


「さて……これからどうするかん?」


 横になったまま、夜空を眺めた。


 その頃、おサエはすっかり寝ていたのだが、家の外で何か妙にゴソゴソと音がするので、少し目が覚めてきた。


「……ん~、何か外がうるさい~……」


 おサエは戸を開けて外を確認しようかとも思ったが、この日は月明かりもたいしてなかったので外も見えそうにない。


「まあ……いっか~……」


 おサエはまた眠りについた。

 しかし、やっぱり何かゴソゴソ家の外で音がする……

 やっぱり気になってきたおサエは、何だか目が本格的に覚めてきてしまった。


(ひょっとして吾作が少し早く帰って来たのかも)


 そう思ったおサエは、そ~っと部屋のふすまを開けてみた。

 その音に吾作が気づいた。


「あ! おサエちゃん!」


「え? 吾作? まあ帰って来たん? つーか何で中に入って来んの? 暗くてよう見えんだけど」


 おサエは吾作がそこにいる事で、すっかり完全に目を覚めてしまった。

 それじゃあと、おサエは灯りをつけようと囲炉裏に火が残ってないか見たが、全く火はないし、暗いからあまり動けない。困ったなあ……と、おサエが思った。

 すると、提灯の灯りがこちらに向かって来ている気がする。


「んん~?」


 おサエはその歩いてくる人影を見ていると、その人が声をかけて来た。


「おお! 吾作。大丈夫か? んん~~? おサエも起きとるんか?」


 それは和尚さんだった。


(やなヤツが本当に来たなあ。与平も呼ばなきゃいいのに)


 吾作はそう思った。

 和尚さんは、家の手前辺りで足を止めて、吾作に悪いからとここで話すと言った。しかしおサエは灯りが欲しかったので、


「和尚さん。ごめんなさい! 家の灯りを付けたいもんで、こっちに来てもらえる?」


と、和尚さんに頼み込んだ。


「ええ? ここ通るの?」


 それを聞いた吾作は、あからさまに嫌な態度をとり、和尚さんも少しためらったが、


「吾作! すまんな! 一回近いトコ通るで許してくれっっ」


 和尚さんはそう謝ると、吾作の横を歩いていった。


「イタ!」


 吾作は分かりやすく痛がった。


(今の吾作……何かわざと痛がった気がするなあ。……でも何であんなトコで横になっとる?)


 おサエは吾作の痛がり方を嘘くさく感じたが、痛いのは確かなので、おサエはあまり深く考えないようにした。

 そうして和尚さんは家の中に入ると、囲炉裏に火を渡した。おかげで家の中が明るくなり、おサエも吾作を見る事ができるようになった。

 しかし、おサエは吾作を見てビックリ仰天した。吾作の右脇腹に矢がグッサリ痛そうに刺さっていたからである。


「ご、吾作! ど、どうしたの? 大丈夫なん?」


 もう大慌てでおサエは吾作に駆け寄った。近くで刺さっている矢とその患部を見ると痛々しくてたまらない。


「うん。痛くはないんだけどね」


「え? そ、そうなの? いや、それどころじゃないだらっっ?」


 冷静な吾作にたいして、おサエは大慌て。家の中にいる和尚さんもその姿に心配をした。


「吾作、わしら何か出来る事はないかん? 痛々しいにっっ」


「あ、まあ~……ほだねえ~」


 吾作は考えるとすぐに何かひらめいたようで、左手を伸ばし何か念じ始めた。おサエと和尚さんは何が始まったかさっぱり分からない。

 すると、暗闇の中から何か動物の走って来る足音がし始めた。


「?」


 おサエと和尚さんはその足音の方向に目を向けた。その足音は次第に大きくなり、二人は何やら悪い予感がし始めた。すると、


 ドドドドドド~!


 何かしらの地響きのような音とともに、暗闇の中から突然一匹のイノシシが走ってきた。

 これにはおサエと和尚さんは驚いて、慌てて家の中に引っ込んだ。

 そのイノシシはすごい勢いで突進してきたが、吾作の目の前で、ピタっ! と、足を止めると、そこから全く動かなくなった。

 吾作はそのイノシシに何とか覆い被さると、


「ごめんなさい」


 ガブリ!


 と、イノシシの首筋あたりを噛んで、血を吸い始めた。

 イノシシはすぐに立っていられなくなり、その場にしゃがみ込むと、そのまま吾作に血を吸われながら息絶えた。

 そしてすっかり干からびたイノシシの首を両手で持つと、


 バキッ!


 と、首の骨を折った。


「ホントにごめんね」


 吾作は息絶えたイノシシの干からびた顔を見て言った。


 おサエと和尚さんは、その一部始終を呆然と見ていたが、少し寒気を覚えた。


「んん~!」


 血をたらふく飲んで体力を取り戻した吾作は、二人が引いている事など気づかずに、右脇腹に刺さっている矢をひっぱり出すと、その場に捨てた。

 するとその矢にやられた傷はみるみる塞がっていき、すっかり元に戻った。それを見た二人は更に驚き言葉も失って、しばしその傷口だった右脇腹を見入っていた。


「あ~よかった~♪ これで元通りだわ~♪」


 吾作はようやく自分の身体が治ったので上機嫌になり、にこやかにおサエと和尚さんの顔を見た。

 しかし二人のその顔はとても引きつっており、身体もこわばっているように見えた。


(あれ? 何で二人とも固まっとる?)


 吾作はなぜ二人の顔がこわばっているのか分からない。一方おサエは恐る恐る声をかけた。


「ご、吾作……ど、どうしたの? な、何か恐いよ?」


「え? 恐い?」


 吾作は少し戸惑った。今の自分の何が恐かったのか、さっぱり分からなかったのである。


 確かに少しだけ驚かそうとイノシシを呼んで派手に演出はした。

 それに吾作からしたら、少し茶目っ気を出しただけのつもりだったし、イノシシの血を吸う行為は、吾作からすれば食事をとるのと同じ事なのだ。

 しかし少し前の自分なら、こんな事をする訳がない事に、全く気付いていない。

 なのでまさか二人がこんなに戸惑うとは思っても見なかった。


「え? ホント? ごめんっっ」


 吾作は理由は分かっていなかったが、とりあえずおサエに謝った。


「う、うん。い、いいんだけど……。仕方ないし……」


 おサエはそう返事を返したが、最近の吾作の態度が何か変わった事に不安を覚えた。

 和尚さんも、ここ最近の吾作の態度に違和感を感じずにはいられなくなっていた。


「……ん~……なあ吾作。素直に答えてほしい。おまえ、何かあったか?」


「あ、いや、何もないです」


「そうか……」


 そこで会話は途絶えた。

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