第32話 ネズミ来てくれ〜!

 矢を右横腹に撃たれた吾作は、自分の持てる力を使って隣村の庄屋さんの屋敷から離れ、自分の村の方向へ走った。

 しかし出血をしているのか、自分の身体がだんだんと言う事を聞かなくなってきている気がする。

 とりあえず吾作は少し横道にそれ、田んぼのあぜ道に身を潜めた。一気に走ってきたし、この日はここに来る道中に捕まえたネズミ二匹分の血しか飲んでいないからなのか、体力がない。

 意識も少しもうろうとなってきた気がする。


 吾作は自分の右横腹を見た。

 そこには見事に矢が自分の身体の中心ぐらいまで刺さっており、これを抜くのも大変そうだ。

 しかし不思議な事に痛みはなかった。ただ、意識を失いそうな感覚に襲われる。


(このままではヤバい!)


 そこで、とりあえずネズミを捕って……と、思ったが、身体が思うように動かない。そして意識も更にもうろうとなってきた。吾作はその場で横になってしまった。


 このままでは本当にヤバい……

 しかし体に力が入らないからネズミを捕る事も出来ない。

 どうしよう……このままだと、動けないまま朝になって、わしは燃えてしまう……お願いだから……ネズミ……来てくれ~~……もう、ダメだ……このままでは意識を失う……どうかネズミ、来てくれ~!


 吾作は心の底から祈った。

 しかしそんな願いが都合よく届く訳がない。


 あ~、もうダメか……和尚さんや仏さんや神さまを嫌がり始めた罰かもしれんなあ……

 さっき向かってきたお侍さんも、すんごい顔して襲いかかってきたもんなあ~……

 何で襲われたのかよう分からんけど、やっぱりわし、化け物だもんで、もうみんなといっしょに暮らすのは難しいんだな、きっと……

 でも、おサエちゃんの離れるのはやだな……


 吾作が諦めかけた時、目の前の草陰からネズミがチョロチョロっと顔を出した。


(あ! ネズミ?)


 吾作は目の前の光景を疑った。本当にネズミがいる。

 吾作はすでに力の入らない腕を伸ばし、そのネズミを捕まえようとした。

 しかしもういつもの瞬発力は出ないので捕まえる事ができない。


 やはりもうダメかあ~……何とかあのネズミを捕まえたいんだけど~……


 吾作はまた心の底から念じてみた。すると今度はそのネズミが自分から吾作の伸ばした手の中に入って動かなくなった。


(え?)


 吾作はその手の中のネズミを見ると、じっとして動く気配が全くない。

 吾作はそのネズミの入った手を自分に引き戻すと、


「ご、ごめんなさいっっ」


と、そのネズミに謝ってからかぶりつき、血を吸った。そのネズミはすぐに干からびた。吾作はこれで少しは生き延びれたと思ったが、まだ傷を癒すには血が足りていなかった。


(せめてもう一匹ネズミの血をもらったら、矢を抜いて治るかもしれん。でもそんなまたネズミが来るなんてないよな~……)


 そう思いながらも、吾作はまだ横になりながら手を伸ばしていた。

 すると、まさかの二匹目が現れて、自分の手のひらの中に収まってきた。


「え? うそお~!」


 さすがに驚いた吾作は、つい声に出してしまったが、その手に収まったネズミに、ごめんなさい。と、言うと血を吸い尽くした。ようやく少し元気が出てきた吾作は考えた。


【何で手の中に来たのか?】


 まさかな~……と、思いつつ吾作は、


(ごめんなさい。ネズミさん。わしの手のひらに来て~!)


と、心の底から強く念じてみた。

 するとまたしばらくしてネズミが手の中に収まってじっと動かない。吾作はそのネズミの血を飲み干した。


(これはもうそうだわ!)


 そう確信した吾作は、更にネズミに来てもらうよう心に念じてみた。

 すると見事に吾作の周りはネズミだらけになった。吾作は自分の能力に驚きすぎて笑いが込み上げてきたが、実際に笑うまでの体力は戻っていなかった。

 このままネズミ達の血を頂いてもいいのだが、とりあえず村に帰る事を考えた。そこでネズミ達に、


「ごめん。わしを運んでってくれるかん?」


 吾作はお願いをした。すると見事にネズミ達は横になっている吾作を担ぎ上げ、そこそこな速さで走り始めた。


「す、すご~!」


 吾作はその低い視線での移動と、ネズミ達が運んでくれる現実と、自分の能力の凄さに、ただただ感動した。

 吾作を乗せたネズミ達は、田んぼのあぜ道から出て自分の村へ帰る道へ出た。その時、


「あ、与平がたぶんこの辺におる」


 そう思った吾作は与平の所へ向かうようネズミ達に頼んだ。

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