第14話 あいつのことなど本気でどうでもいい。生涯に渡って。

「あれがデモンズドラゴンか!?」



 歓楽街を走り抜け、たどり着いた街の中心部。

 大型のカジノの上空に、黒く大きな怪物が飛翔していた。


 その大きな翼をばっさばっさとはためかせ、悠々と街を眼下に見下ろしている。



「街の被害は……出ていないようだな」



 見渡すと、何組もの勇者パーティー達が、一定の距離を保ちながら街の各所に配備されているようだった。

 献身的に民衆の避難誘導をしている者たちの姿も見受けられる。

 勇者だけじゃないな。この街の自警団……いや、ヤクザか彼らは。とにかく一般人の被害を防いでくれているのならば頼もしい。



 ゴオオっ!

 低いうなり声と共に黒炎が吐き出され、街の一角を襲う。

 危ない!俺がそれを防ぎにかかる直前に。



「アース・ウォール!」



 女性……いや少女の凛とした叫びが響き、空中に出現した岩の壁がドラゴンのブレス攻撃を受け止める。


 ズン!

 僅かに受けきれなかった炎が漏れ出すものの、攻撃の大半は受け止められた。

 勢いを失った余波は周辺の勇者パーティ達がそれぞれ防ぎ、街の被害は最小限に食い止められる。




「ストーン・ロード!」



 先ほどの少女の声が再度響き、空中にかけ橋がいくつも架かる。

 いくつかの勇者パーティがそれを渡って、火事の発生個所への対応や民間人の避難に役立てる。


「なかなか有機的な連携プレーだな。

 異なる勇者パーティ同士だってのに、よく統率されている」


「はあっはあっ!てめえら!

 何勝手に現場に来てやがる!

 てめえらペーペーが手柄を立てようなんざ、百年早いんだよっ!」



 ぜえはあと息を切らし、勇者アイザックがようやく追いついてきた。

 走り込みが足りないな。この程度の距離で汗だくじゃん。キメキメの髪型も崩れ切っている。



「アイザック。この光景だが、これはいつもこう・・なのか?」


「この俺に偉そうなクチきくんじゃねえっ!

 ……ああー?ははーん、そうか。さては感動したな?俺達の連携の見事さに。


 おうよ。これが我らがリーダー、聖女ディアナ様の率いる”勇者連合”の組織力だ。

 この街があんな化け物に何度も襲われながらも無事でいられるのは、何もかも俺達のおかげってこった」



 アイザックの指さす先。

 空中に土魔術で作った架け橋を駆けまわりながら、勇者たちに指示を飛ばしつつ街を守っている少女。


 見たところまだ17歳程度の若さだが、見事な動きだ。

 魔術の精度も視野の広さも上々。



 あれが、聖女ディアナか。

 ディアナ……なんか聞いたことのあるような名前だが。



「ビビったか?ええ、おいコラ。

 なにせ、魔人討伐の実績まである正真正銘のA級勇者様だからな。俺達B級とはワケが違うぜ。


 とにかく、この街でやっていくからにはあの人の下について、コツコツ雑巾がけから始めてだな」


「いや、そこじゃない。

 


 何度も街を襲ってるっていうが……?」



 アイザックが目を開く。気付いてないのかこいつ。


 デモンズドラゴンの脅威度はA級。

 体長数十メートルの巨体故に多人数での対抗が可能ということでA級にカテゴライズされているが、単体の戦闘能力は亡霊将軍よりも上とされている。



 正直に言う。

 



「というか、間合いが遠すぎるんだよな。

 上空何百メートルにいるんだよ、あいつ。そりゃブレス攻撃も減衰するわ。

 まあその分こっちも攻撃が届かないみたいだけど」



 そう、飛んでいる位置が高すぎる。

 街を滅ぼす気があるんなら、もっと接近して襲い掛かっているはずだ。

 やる気がない……というのなら、そもそも何度も襲撃を仕掛けてくるのが謎だが。



 ドォン!

 ドゴォン!


 ドラゴンの散発的な攻撃を、ディアナ率いる勇者連合が組織的に防いでいる。

 若干建物の被害を出しつつも、あれでも勇者ランキング的には「功績」になるんだろう。



 一応、俺ならば攻撃が届くかもしれない。

 武神闘法を使用して、限界まで炎魔術の射程距離を拡大すればダメージを与えることも可能かもしれないが……俺は一旦様子を見ることを選んだ。



 なぜなら、他にも違和感があったからだ。

 勇者連合のガードの配置だが……妙に偏っているように見える。

 あれだけドラゴンの位置が高いと、街のどこが攻撃対象かなんて絞れないはずだが、彼らのガードは街に中心部に集中している。


 結果として上手く防げているようだが……まるで攻撃がどこに来るのか知っているようだな、などと思ってしまった。



 もしこれで街の他の箇所を攻撃されたら大変なことになりそうだが……。



「……!ミズキ!」


「はい!行きましょうルカ!」


「お、おいてめえら!どこに行くんだ!

 せめてここで大人しくしろ!そうしないと俺の立場が……!」



 アイザックの声を無視して、俺達は街の外れへと走り出した。



 ーーーー




 バッサバッサ。

 デモンズドラゴンよりも数回り小型の赤いドラゴンが低空で街の外れに接近して来る。


 あれはレッド・ドラゴンだな。

 小型とはいってもドラゴン。ドラゴンの中では比較的マシな危険度とはいえ、危険度A-に分類される怪物だ。

 適切に対応しなければ、アレ1匹で街が壊滅してもおかしくない。


 デモンズ・ドラゴンと違い、街を破壊する気マンマンって感じで住宅街スレスレの位置まで滑空してくる。



 聖女ディアナ率いる勇者パーティ達は気付いていないーーーーというか、一部気付いている者もディアナの指示がないのでこちらに来られない様子だ。



 だが、ただ一人俺達にも先んじて現場に駆けつけた勇者がいるようだ。



 ゴオオっ!

 レッド・ドラゴンの強烈なファイア・ブレスが、古びた大型施設に吹きかけられる。


 ダっ!

 その勇者がブレスの前に立ちはだかり、防御魔術を放つ。



「アイス・シールド!」



 ガガガガっ!

 中位水魔術でシールドを展開するが、独力でドラゴンの攻撃を防ぐのは荷が重すぎる。



「……グウウウぅっ!」


「ミズキ!ドラゴンは頼んだぞ!」


「はい!ルカは彼のカバーを!」



 タッタッタ!

 俺と二手に分かれたミズキが、壁を蹴り、建物の屋上から屋上へと飛び移りながらレッドドラゴンへと駆けよっていく。



 俺は俺でファイア・ブレスを防いでいる勇者の元に飛び込み、援護する。



「ファイア・ブラスター!」



 ドン!

 上級炎魔術で彼のシールドの後ろからレッド・ドラゴンのブレスを撃ち抜く。



 思わぬ反撃に、レッド・ドラゴンがたじろぐような仕草を見せる。

 そこを見逃すミズキじゃあない。



「とうっ!」



 この辺りで一番高い、教会の十字架の頂点から思い切り跳躍するミズキ。

 建物の高さを考慮しても、40メートルくらい飛んでそうだが、レッド・ドラゴンにはまだ届かない。



 魔術で援護するか、と思ったが。


「どおおおおおりゃああああっ!」



 空中で愛用の手斧をぶん投げるミズキ。

 音速かな?くらいの速度で投擲された斧は正確にドラゴンの頚部を撃ち抜き、あっさりと貫通する。



「グオォォっ……!」


「ウォーター・ブリッド!」



 絶命して落下するレッド・ドラゴンに対して、空中でさらに水魔術を叩き込む。


 ドシィィィンっ……!

 落下の軌道を調整されたドラゴンの死骸が、無人の広場に叩きつけられる。


 完璧な手際。というかあれだけのことを空中でこなすとか、人外の離れ業だろう。



「うおおおおおっ!ドラゴンを一撃で倒したぞ、あの娘!」


「勇者、いや聖女か!あんな人この街にいたか?」


「聖女ディアナじゃないぞ!まさかA級、いやS級勇者か!?この街に来てくれたのか!」



 にわかに沸き立つ群衆に囲まれたミズキだが、唐突に人見知りを発揮させて、うつむきながら片手で手刀を切りながら、「ちゃっす……ちゃっす……さーせん……」みたいな感じで路地裏に逃れようとしている。

 コミュ障すぎんだろあいつ。



 まあ、そんなことはどうでもいい。

 あいつのことなど本気でどうでもいい。生涯に渡って。



 ちらり。

 街の中心部を眺めたところ、デモンズ・ドラゴンも退散していったようだ。

 これといったダメージは与えられていないようだが、街の被害も軽微。

 毎度の襲撃もこんな感じなんだろうか。



「怪我はありませんか。先行して防いでくれて助かりました。

 被害が出なかったのは貴方のおかげですよ」



 傍らにいる、俺達に先行して防御した勇者に声をかける。


 初老の男性だ。

 乱れた白髪に無精ひげ、粗末な衣服。


 まるっきりうらぶれたナリだが……。

 あ!この人知ってる!



「いいや。本当に助けられたわい。ありがとう。

 あの聖女は君の仲間かね。


 儂の名はエステバン。

 お礼をしたいので、2人でぜひとも当家の屋敷に遊びに来てはくれんかの」



 エステバン・パルミジャーノ伯爵。


 ある意味で相当の有名人だ。

 通称”貴族勇者”。

 この街を統治する領主にして、勇者ランキング堂々の30位を誇る。現役のA級勇者がこの人か。


——

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