第13話 レスバ弱すぎでしょ

「ようやく着いたな。

 あそこに見えるのが王国最大の歓楽都市、ソラリスだ」


「おぉ……ついに!長い旅でした!

 もうめっちゃお腹すいてますし、体中ドロドロですよ!

 まずは迅速に宿を確保して、大きなお風呂で垢を落として服を洗濯……いや、もう買い替えちゃいましょう!

 そんで肉!酒!今日はとことんいきますよ!」


「内臓が弱ってるからいきなり暴飲暴食すると身体を壊すぞ?

 とはいえ俺も飢えまくってるからなー。今日くらいは羽を伸ばすか」



 歓楽都市、ソラリス。

 修行を兼ねた長旅の果てに、ついに俺達はたどり着いた。

 ミズキも久々の人間らしい生活を期待してか、瞳の輝きを取り戻したようだ。



「それにしても、どういう街なんですか?

 歓楽都市というからには、やっぱり酒と女とギャンブルの街って感じなんですか?

 歌舞伎町的な」


「カブキチョウってのがなんだか知らんが、まあそんなとこだ。

 いろんな刺激や娯楽が集中している……というか、王国都市部から隔離して集められたような街だな。

 意図的にどの街からもアクセスが悪く設計されているが、それでも国中から観光客が絶えない、眠らない街ってやつだ。


 つっても、怖がることはないさ。

 そりゃ、深いとこまで突っ込めば裏社会やらなんやら蠢いてるんだろうけど、普通に観光する分にはみんな問題なく楽しんでるよ。

 とはいえ、今はデモンズ・ドラゴンの襲撃を受けていて大変だって言うから、まずは街中で情報収集だな」


「その前にお風呂や食事を楽しみたいですが……あ、あそこが関所ですね。

 今更ですが、私達はこんな汚いナリで入れるんですかね。ここまで来て不審者扱いで追い出されるとか、泣きますよ私」


「大丈夫だろ。なんたって俺達は勇者なんだぜ?

 普通なら許可証とかがいるような街でも、俺達勇者ならどこに行ってもフリーパスだ。


 これぞ特権階級って奴だな。

 それだけに、変な悪徳商人とかに利用されないように、勇者就任時の研修でしつこいくらい注意されるもんだが……」


 そんなこんなで、関所へ。

 まあフリーパスでしょって気分でもうさっさと街に入ろうとしたんだが。



「勇者ルカ様に、聖女ミズキ様ですね?

 ……ここで少々お待ちください」



 門番の兵に止められた。

 へ?

 槍まで構えて、厳戒態勢だ。



「……話が違うじゃないですか。ルカ」


「お、おい。君。

 あー……こんなこと言いたかないが、俺達は勇者なんだぜ?

 どういう了見で足止めしてるんだよ。

 因縁をつけるつもりはないけど、普通サッと入れるもんじゃないのか?」


「も、申し訳ありません!

 とにかく、勇者の方がいらしたら、一旦ここで止めるように上の者から言われておりまして!

 すぐに使いの方がいらっしゃるので、どうかご理解をいただけないでしょうか……!」


「上の者って……」



 釈然としない気持ちはあるが、冷汗をかきながら俺達を止める兵が気の毒で、無理やり通ろうという気にはなれない。


 しかし妙なことを言うもんだ。

 上の者から言われてるんだろうが……俺達勇者の権限は、王国の通常の権威とは独立している。たとえ上級貴族であっても勇者に直接命令を下すことはできない。


 勇者に命令できるのは国王と勇管だけ。

 まあこの街の領主は例外的というか、別のくくりにはなるけど、それでも命令される謂れはない。

 だからこの兵のいうことなど無視してもいいんだが……。


 まあいいか。可哀そうだし。お茶も出るし。

 ミズキも不服そうな顔をしながらも、とりあえず関所の椅子でくつろいでいる。



「しかし、使いの方って。領主の使いとかがわざわざ来るのか?

 用があるなら、別に改めてこっちから出向いてもいいんだけどな」



 兵に何気なく話しかけると。



「それじゃあ遅いんだな。

 ヨソから来た勇者に勝手に動かれる前に、こっちから釘を刺しておかねぇと、鬱陶しくて仕方がねえんでな。

 もっとも、挨拶に来させるのは、領主のところじゃあねぇが」



 丁度、そこで入室してきた男に返答される。

 兵の畏まる反応を見るに、こいつが例の”使いの方”か?



 端正な顔立ちの男だった。

 豪奢な装備。不敵な表情。鍛え抜かれた肉体。


 一目でわかる。こいつは勇者だ。


 ヘラヘラとした口元に、こちらを値踏みするような目つき。

 なにより、色っぽいお姉ちゃんを左右に侍らせているのが気に入らないが。



「やあ、勇者ルカだ。こっちは聖女ミズキ。

 俺達に何の用かな?

 こっちは疲れてるんだ。なるべく手短に済ませてくれると助かるんだがな」


「おおう?

 随分上等な口きくじゃねえか、この勇者アイザック様に向かってよ?

 手前らみてえな三下勇者、こっちはいつだって排除できるんだぜ?」



 勇者アイザック、か。

 チンピラそのものの態度で因縁をつけてくるのは鬱陶しいが……ん?

 なんだかこいつ、見たことあるような気がするな。



「……あ!

 お前、アレか!?ルシードの奴を追放した、あの勇者アイザックか!」


 思い出した!

 こいつ、10か月くらい前にルシードを追放したあの勇者だ。



 ーーーー



「ルシードぉ?

 はっ!随分古くせえ名前を出しやがるじゃねえか。

 ああ、そうか!お前あれか!”残飯拾い”のルカか!

 ヨソで通用しなかったゴミどもを集めていい気になってた、あの雑魚勇者かよ!


 そういやお前、ルシードの奴を拾ったんだったな!俺が捨てたあのウスノロを!」



 一層蔑みを強めた表情で、アイザックが絡みついてくる。

 ていうか残飯拾いて。そんな渾名ついてたのか俺。

 悲しすぎるだろ。



「どうでもいいだろそんなこと。

 それよりさっさと要件を言えよ」


「ああ、そうだそうだ。

 なぁに、難しい話じゃねえ。簡単な命令・・に従ってくれればいいんだ。


 お前ら、この街に入ったら、全ての行動は俺の命令に従え。


 泊まる宿。食べるもの。使う便所から買う女まで、全部俺の指図通りにするんだ。

 もちろん有事の際の行動まで、なにもかも俺の犬になって言う通りに動きやがれ。

 俺はそれを言いに来たんだよ」


「……はぁぁっ!?」



 あまりの発言に声が漏れ出す。

 な、何を言ってるんだこいつ?



「おいおい。おいおいおいおい。

 どういう了見でそんなことを言ってるんだ、お前。

 ……頭がどうかしてるんじゃないか?正気かよ」



 そんなイカれた要求、従うわけがないだろうが。

 何考えてるんだこいつ。いやマジで。



「ああぁ!?この俺に舐めた口きいてんじゃねえぞ!

 これがこの街のしきたりなんだよ!この街じゃこの街のルールに従わなきゃあ、生きてけねえんだ!

 てめえらは黙って俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ!潰されてえのか!」



 唐突な激昂にテンション的について行けないが……なんとなく察したところがある。

 多分、こいつも誰かの命令でここに来てるな。

 自分自身がその、”しきたり”だかなんだかに従わされていて、その一環で俺達に凄んでいる……そういう雰囲気がある。



「哀れなもんだな。

 何に縛られてんだか知らないが、勇者は勇者に命令を下す権限はない。

 俺はお前には従わないよ。勝手に過ごさせてもらうぜ。

 行くぞ、ミズキ。まずはメシだな。気分直しにちょっといいもの食おうぜ」


「……待ちやがれ!

 この俺に逆らうんじゃねえ!潰すぞてめえ!」


「お?なんだ?その”潰す”っての。

 妙な言い方するなあ。おい。


 殴るとか、はっ倒すとか、ぶっ殺すとかならわかる。

 今、この場でお前自身が俺をぶちのめす気があるんならな。

 でも、潰すってのはなんだ?遠まわしな言い方じゃないか。


 まるで、他の誰か偉い人に頼んで政治的な圧力でもかけてもらうみたいなニュアンスを感じるぜ。

 なんだ?お前自身が、どこかの強くて偉くてこわーい誰かの飼い犬なのか?


 そうじゃねえなら、この場で自分で解決すりゃあいいだろうが。

 気に入らないなら今俺にかかってこいよ。できやしないだろうがな」


「……!

 てめえっ!」



「あら、図星だったか。

 だとしたら惨めなもんだな。


 普段は誰かさんにヘコヘコ従い、自分より弱そうな相手には居丈高、か。

 ハハっ!カッコのよろしいことだなあ。

 男の中の男って言葉は、まさにお前のためにあるんだろうさ」


「……殺すぞテメエ!」


「できるもんならやってみやがれ。

 ルシードの才能も見抜けずにおめおめと取り逃がすような間抜け野郎にできるわけがないだろうがな」


「ああん!?それを言ったらテメエはそのルシードに捨てられてるんだから、それ以下だろうが!」



 ……あっ。

 しまった。隙を見せた。



「か、かっかかか、関係ないだろ今それは!

 あいつは俺がいたから育ってんだよ!こっちはあいつの才能を利用して、一時は勇者ランキング51位まで上がってんだ!

 だから、俺のほうが、勇者としての采配が上というか、なんだ、その、あれだ!」


「あぁ?51位ぃ?

 俺は今勇者ランキング44位だっつーの!

 なぁーにが勇者としての采配だよ。C級野郎がイキがってんじゃねぇぞ!?


 ……ああー、違うか。

 お前今99位まで落ちぶれてんだったか。なあ残飯拾いのルカさんよぉ。

 悪い悪い、間違えちまったよ。人のランキングを間違えるなんて最低だったな。これは素直に謝罪するぜ。


 C級なんて言って間違えて悪かったな。E級のお前はさぞかし気分が悪かったろうよ。ごめんごめん」


「い、いいいいE級ちゃうわ!

 ちゃんと最近83位のD級に上がったっつーの!舐めんな!」


「お、おう……。

 そうか、なんかごめんな?」


「憐みの眼で見るんじゃねえっ!

 大体何がランキングだよ!そんなもんで勇者の実力なんか測れるかっつうの!」


「いや、ランキングの話を出してきたのはお前だろ……」


「クッ……ぐぬぬ」


「いやなに論破されてるんですかルカ。レスバ弱すぎでしょ。

 こんな、いかにもかませの勇者相手に負ける展開とかありえますか普通?


 もう面倒だし、ここはシンプルに武神闘法の27.2倍パンチでわからせた方が早いんじゃないですか?」



 負け犬おれの不甲斐なさにしびれを切らしたミズキが過激な提案をしてくる。

 最悪それでもいいか。いや、まあ流石にそれはなあ……。



 と、そこへ。

 伝令の兵が部屋に飛び込んでくる。



「大変ですアイザック様!ドラゴンの襲撃です!

 至急持ち場にお戻りください!」


「何ぃ?今週これで三度目だぞ!

 わかった今すぐ行く!

 おい、手前らはここで大人しくまってやがれ!」



 お、噂のデモンズドラゴンのお出ましか。

 待てと言われた待つ馬鹿はいないな。



「行くぞミズキ!サクっと片付けてこんな町出てってやろうぜ!」


「私はいまだかつてここまで『涙目敗走』を適切に表した例を知りません」


「あ、おいてめえら!待ちやがれ!」


 ダッ!

 ドアを蹴り開けて街のほうへと走り出す。

 身体強化されまくった俺達にアイザックごときが追いつけるはずもない。



 ミズキの据わり切った目つきが気になるが。ええい、勝ちゃいいんだよ勝ちゃ。


——

星をくれ

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