第12話 ルカの奴も、よく彼らを率いて来られたものだ

「ミランダ。いつになったら魔界に突入するんだ。

 パーティを組んでからもう半年もこうして停滞している。

 まさか、怖気付いているのか。S級冒険者ともあろうものがなんと情けない」



 人間界から魔界への最接近領、通称”魔境”。

 そのすぐ側に設営された、我ら人類の要塞都市。


 その中の、ボクらのパーティが間借りしている宿泊施設の一室で。

 パーティメンバーのルシードが、いつものように主張してくる。



「ルシード。何度も説明しているように、コトはそう簡単じゃないんだ。

 “魔境”での戦いは人類の命運に直結している。ここを突破されてしまうことは人間界の崩壊と同義だからな。

 それ故に、個々の勇者が独断で勝手な行動をすることは許されない。


 A級、S級の勇者パーティは常に高度に連携して活動している。

 誰かが魔界に攻め込むときは、誰かがいつでも救援に向かえるように備え、また他の者は魔境の戦線維持に努める。

 チャレンジ&カバーの連続さ。


 いつ、誰が、どこへ、どのような戦略目標を掲げて進行するのか。

 それは王立騎士団も交えた勇者会議で綿密に議論し、決定するものだ」



 B級以下の勇者達は、割と自由な放浪者でいることが許されている。

 100人の勇者の動向をすべて管理することは物理的に難しいし、現場の判断で自由に活動してもらうことで


 しかしA級以上の勇者は、B級以下とは社会的な使命がまるで異なる。

 金銭的にも物資的にも情報的にも、王国から様々なサポートを受ける上位ランカーだが、それは責務に伴ってのことだ。

 下位の者には見えづらいところだろうが……、それでもボクとパーティを組んでいる以上、いつまでもC級の気分でいてもらっては困る。



 このルシードは、武人としての矜持というか、恐ろしい強敵との戦いを強く望んでいるようだが。

 ボク達が個人的な願望の充足のために戦っているわけではないことを理解できているのだろうか。



「ええ。その通りです、ミランダ。

 だからこそ、一旦王都に帰還するというのはいかがでしょうか。

 最前線で戦う機会を我々が独占するのも忍びない。

 王都に待機している、経験豊富なS級勇者にこの膠着状態を打開してもらうべきでは」


「マージ。何度も言わせないでくれ。

 君が王立魔導図書院の蔵書に興味を持っていることは知っている。

 しかし、個人的な事情で魔境を離れるわけにはいかない。


 むしろ、ボク達は今、配慮されてこの前線に置いてもらっていることを忘れないでくれ。

 パーティ結成から日も浅く、レベルも低かったキミ達に戦闘経験を積ませるために、わざわざ他の勇者の予定を調整してもらっているんだぞ。

 余計なことを考える前に、まずは己の務めを果たすべく、目の前の戦闘で一つでも成長することを考えるんだ」



 この半年間。

 彼らとのパーティ活動で、確かに皆レベルアップした。

 特に個々の戦闘能力の向上は著しく、自信を付けているようだが……。



 正直に言う。まだ甘い。



 特に、周囲との連携。

 戦争全体における自分たちの役割、位置づけに対する理解度。

 強力なスキルを行使しさえすればそれで仕事をしたことになるという、アマチュア的ーーーー下位冒険者の感覚を脱し切れていない。


 マージは、王都にある魔導図書院を目当てにS級勇者のボクに取り入ったのだろうが。

 地位にはそれに見合った責任が要求される。

 ただ己の目的のみを追求し責務を果たさない者に対して、いつまでも同じ地位が与えられるわけがないというのに。



「ミランダ。それもわかるんだけどさ。

 やっぱり森林の保護活動にもっと力を入れるわけにはいかないかな。

 僕は魔獣たちが安心して暮らせる世の中にするために冒険者になったんだ。

 こうして、魔族と戦うことばかりが勇者の役割じゃないと思うんだ」


「ティム。いったい何度言ったらわかるんだ。

 魔族を、魔人を倒すことこそが自然保護活動につながるんだ。奴らがダンジョンで大地のエネルギーを吸収しているんだと何度も説明しただろう。


 ボクらの功績に対して支払われる収入だが、その一部がしかるべき機関に寄贈されるよう手配してある。

 一部の勇者とも提携して懸命に活動している信頼できる者達だよ。

 だから自然保護のことは彼らに任せ、ボクらはボクらの仕事に専念しなくては」



 ティム……。正直、彼と話すのが一番疲れる。


 一見したところ、善良にして従順、そして控えめな性格。

 しかし……実のところ最も話が通じないタイプだ。



 もう、今の説明など何度も何度も同じことを言っているからな。

 毎回こうして説明すると、一見納得したように引き下がる。


 しかし、いくらもしないうちに「でもさ、やっぱり自然保護活動が大切だと思うんだ」などとまぜっかえすようなことを言い出してくる。

 そして同様の説明を繰り返しても、「なぜ自然を保護することが大切なのか」という理由の解説などを始め、今そこは論点ではないといくら言っても、「ミランダは魔族を倒せれば、自然が破壊されてもいいと思ってるの?」などと前提を覆す発言をし、もう相手をする気力が軒並みもぎ取られる。



「まあまあまあまあ!

 みんなそんなに一遍に言っても大将が困ってまうやないか!

 ミランダはんはボクらのためにようやってくれてるやないの。

 みんな希望はあるやろうけど、ここはちゃんとリーダーの意見に従わんと、纏まるもんも纏まらんよってにね!


 みんなもミランダはんが頑張ってくれてるのはようわかっとるやろ?

 常に前線で身体を張って、立派な権能でボクらの力も引き上げて、自然保護かてきっちり手配してくれとるやないか。

 これで文句言うとったらバチあたるでほんま。


 ね?ミランダはん。

 そいだら、今日の活動方針をビシっと仕切ってくれや!

 みんなもそれで文句はないねんね?」


「エランド……ありがとう。

 それでは、今日の活動だが……」



 エランド。

 唯一、話の通じる男だ。


 まあ彼も彼で含むところのある相手ではあるのだが、少なくとも目的が「利益」である以上、交渉の余地があるのがありがたい。

 他の者が20代前半であるのに対して、彼のみ30代半ばという年齢なのも関係あるかもしれない。といって、ボク自身が18歳なのだが。



「……というわけで、今日もよろしく頼むぞみんな」



 おぉー、と曖昧な返事を聞きながら、今日の戦に出発する。

 ふぅ。思わずため息が漏れる。

 本当に、困った連中だ。



 ルカの奴も、よく彼らを率いて来られたものだ。

 いや……ルカだからこそ、か。


 彼は故郷の村にいた頃からこう、問題のある人間を上手く使う素質があった。

 例えばティムの無限問答なども、延々と、そして平然と同一の返答をし続けることができたのだろう。


 ルシードやマージの身勝手な提案を受けたところで、「うんうん、なるほどオーケー。よくわかったよ。じゃあ、今日はこういう活動をしようか!」と全く彼らの意見を受け入れない合理的な行動方針を爽やかな顔で押し通せたに違いない。

 そんな姿が目に浮かぶ。



 いや、ボクも結局はそれと同じ行動をとってはいるが……ルカはなんというか、それで全くストレスを感じない特質を持っているんじゃないか。

 全く自分にストレスをかけることなく、そして合理的な判断を下し、むしろストレスを受けるのはメンバーの方だが彼らとて結果が出ている以上納得してついて行くほかなく、結果として安定したパーティ活動が継続される。



 実際にはボクによってパーティが崩壊することにはなったが、あれはあれで中規模パーティの運用としては理想形の一つだったのかもしれない。



「とはいえ、後悔はないがな……」



 ルカからパーティメンバーを奪い取ったのは、ボクの判断によるものだ。

 あの人・・・の意向によって彼らの状況に関する情報を与えられ、指図されたにしても。

 ルカから彼らを引きはがしたのは、ボク自身の意思だ。



「ルカ……」



 なにしろルシード達のスキルは超一級品だ。

 彼らの力があれば……ルカが”50位の壁”を越えてしまう。

 


 50位の壁。それはつまり、B級勇者の洗礼を受けるということ。

 彼にはまだ早すぎる。それを伝えてくれる存在もない。

 いっそなにも知らないまま一気にA級勇者にまで昇り詰めるのならば問題ないが……そうでなければ大変なことになる。



 ましてや。

 ……。

 のっぴきならない事態とはまさにこのことだ。



「大将? 出発せんでええのんか?」


「あ、ああ。すまないエランド。すぐに行くよ」



 気を取り直して、身支度を進める。

 ボクにはボクのやるべきことがある。


 何としてでも彼らを使いこなして、共にいっぱしのS級勇者パーティに成長する。

 それこそが人類のためであり、彼らのためであり、あの人・・・の意向にそぐうことであり、ルカのためにもなる。

 むろん、自分のため……ボク自身の願いを叶え、幸福を手にするためにも、だ。



 ルカは頑張っているだろうか。

 きっと苦しい環境にあるだろうが、どうか負けないでほしい。

 一足飛びに駆け上がろうなどと思ってくれるな。

 一つずつ、丁寧に積み重ねることが今のキミに必要なことだ。



 ボクも頑張る。

 みなが、ボクらが安心して暮らせる世の中を作り出すために。



 そしていつか……。

 いや、これはまだ言うまい。

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