第15話 ……2人。アタシに楯突いて、この街で死んだ勇者の数よ

「アンタ達、アイザックの指示にも従わずに勝手な動きをしたそうね。

 いったいどういうつもりなの!?」



 街の中央にある、大手商会の一室。

 現在その部屋の実質的な管理者である、聖女ディアナが俺達を糾弾している。



「どうもこうも、指示される筋合いがないだろう。

 ランキングが上だろうがなんだろうが、俺達は一人一人が一国一城の主だろうが」



 エステバン伯爵との出会いの後、息を切らせながら追いついてきたアイザックが、聖女ディアナの元に出頭するよう言いつけてきた。

 従う筋合いのない話だったが、エステバン伯爵が「とりあえず一度は顔を出しておいたほうがいい。こちらに来るのはいつでもよいから」と言うので、面倒だが来てやった次第だ。



「そんなくだらない原則論が現場で通じると思っているの?

 アタシたちが命懸けで相手にしているのは、ドラゴンなのよ。

 アンタらみたいな下級勇者に勝手に動かれてたんじゃ、迷惑で仕方ないのよ!

 一般市民の命が懸かっているって、ホントに理解しているの!?」


「それこそ言われる筋合いのないことだな。

 お前たちだけじゃあ、あのレッド・ドラゴンの襲撃は防げなかった。

 市民の命を救った俺達が、感謝こそされ責められる筋合いはないぜ」



 聖女ディアナ。

 年齢こそ若いが、勇者ランキング22位のA級勇者だ。


 思い出した。この人、勇者界隈でも有名だった人だ。

 いかにも勝気そうな顔立ちと、輝く金髪のツインテール。

 その才能に加えて並外れた美貌も手伝い、同時期にデビューしたミランダと共に将来を嘱望されていた勇者だ。

 どちらが先にS級勇者になるかなんつって騒がれてたっけか。



 結局現時点ではミランダ程には大成していないようだが、それはそれとして10代でA級は普通に凄い。

 とはいえ、だからって俺が指図される筋合いはもちろんない。

 俺達がレッド・ドラゴンを倒したのは事実なんだからな。



 ビキビキっ!

 額に血管が浮かぶ音が聞こえそうなほど怒りの表情を浮かべているな。

 知るかよ。なんでも思い通りになると思うなよ。



「……ふーん。あくまでアタシに逆らうつもりなのね。

 この聖女ディアナに盾ついて、この街で生きていけると思わないほうがいいわよ」


「大げさなことを言うじゃないか。たかが一人の勇者がどれだけの権力を握ってるってんだよ。

 ……ところで、アイザックの奴はいないのか?

 あいつに言われて連れて来れられたってのに、話には参加しないのかよ」


「アイザックは指導力不足と管理不行届の罰として、奥の部屋で”研修”を受けているわ」


「”研修”て」



 なんか超怖いんですけど。



「要件はそれだけか?だったら俺達はもう行くぜ。

 派閥ごっこでもなんでも、やりたいなら好きなだけやればいいさ。

 俺達はそれに関与しない。それだけだ。


 心配しなくても、ドラゴンを倒したらとっとと出ていくよ、こんな街」


「……2人。

 アタシに楯突いて、この街で死んだ勇者の数よ」



 ん。

 退室しようとしたが、流石に振り返ってしまう。



「今すぐ軍門に下るなら、レッド・ドラゴン討伐の功績を考慮して幹部待遇で迎えてあげる。アイザックと入れ替えね。

 ……でも、逆らうならばアタシは容赦しない。あとで泣きついて来ても、最底辺からやり直してもらうわ」


「……そいつは恐ろしいこった。くわばらくわばら」



 やれるもんならやってみやがれ。

 力強くドアを閉め、俺達はディアナの元を後にした。



 ーーーー




「よかったんですかね?あのディアナって人、この街の有力者なんじゃないですか?」


「んー?まあ大丈夫だろ。

 そもそも長居する予定もないし、用事を済ませたらさっさと出ていけばいい。


 大体、勇者が権力を握るってのもあんまり現実的じゃないんだよな。

 エステバン伯爵みたいに元々貴族だった人が勇者になった場合は例外だけどさ。

 基本的に勇者はどの権力とも独立した立場であることを求められていて、あまり逸脱したことをしていると勇者管理委員会から指摘が入るし」


「そういうもんですか」


「まあそれでも普通の街だと、有力者と勇者が懇意にすることくらいはあるもんだけど。

 この街の場合はな。歓楽でなりたってる街だから、仕切ってるのが基本的にヤクザ勢力だろ?

 流石に反社会勢力と勇者が関与するのは勇管も目を光らせてるだろ」



 適当な屋台で買った串焼きをほおばりつつ、ミズキと現状を整理する。

 チっ。本当はもうちょいいい店で食事したかったが、色々あって遅い時間になっちまったからな。


 とりあえず今日は適当に腹ごしらえして、宿を取らないと。

 風呂や洗濯で身を清めて、夜はパーッと遊ぶか。

 エステバン伯爵の家に行くのは、まあ明日でいいだろう。今日これからじゃ遅すぎる。



「歓楽街と言いますが、実際どういう街なんですか?

 賭博や売春、危険薬物なんかは普通に国法で禁止されているので、どんな街でも扱えないと思うんですが」


「ああ、勿論そうだよ。

 だから、この街に人達もきちんと法律を守って商売をしている。


 ただ、偶然カジノの近くに景品を現金で高価買取してくれる古物商が営業していたり、偶然料金が高い風呂屋の中で入浴介助役の女性がお客さんと恋愛関係に落ちて性行為をしたり、偶然王都で借金を抱えた医療資格者が営業する診療所がカジュアルに医療用麻薬を処方してくれたりするってだけだ。


 普通そうした行為が行われていないか、国内の色んな街の商会が査察の対象としてランダムに選ばれるもんだが、この歓楽街ソラリスだけはなぜか偶然そうした査察の対象にならないんだよなー。

 いやあ、偶然とは恐ろしいもんだ」


「大人って汚いです……」



 世の中は複雑なバランスで構成されているからね。

 仕方ないね。



「よし!じゃあ宿で休憩したらカジノに繰り出そうぜ!

 ここらで一丁小遣い稼ぎだ!」


「破滅フラグしか感じませんねー。

 ああいうのって最終的には必ず胴元が勝つようになってるんじゃないですか?」


「そうだけど、対抗策はある!

 ビギナーズラックを利用するんだ!


 ……いや、そんな末期的オカルト信者を見るような目で見るなよ。

 こういうとこって、客一人一人の顔を認識しているからな。

 最初の数回は必ず勝たせてくるはずだ。


 撒き餌だよ撒き餌。

 なにしろ、「カジノに行く」→「勝利の脳内快楽物質を分泌させる」を経験させたらもうあっちのものだからな。


 それだけでもう既に客側は快感の虜で逃げられなくなる。依存症ってやつだよ。

 トータル収支で勝ってる負けてるじゃなくて、その瞬間の勝利の脳内快楽物質欲しさにカジノに通うことをやめられない。


 あとはもう煮るなり焼くなり店の自由だ。

 どれだけ絞りとっても快楽欲しさに借金してでも金を貢に来てくれる。

 ギャンブル・ジャンキーってそういうもんだ。賭博ゾンビと呼んでもいい」


「賭博って言っちゃってるじゃないですか……。

 そんなの聞いたら、ますます怖くて近づけませんよ」


「大丈夫大丈夫!こっちは店の手の内がわかってるんだから!

 撒き餌の分だけ奪ってさっと勝ち逃げすればいいんだよ!

 そして、もう一生カジノに近づかなければ勝利確定だ!


 いわば必勝法って奴だな。やっぱ落ちてる金は拾いに行かないとな!」





 ーーーー




「インチキだ!インチキ!

 おかしいだろこの店!確率的に絶対おかしい!

 てめえら客を舐めてんのか!おいこら白状しやがれ!」



 あの会話から数時間。

 俺はボロクソ負けていた。



「お客様。いけませんね。

 警告します。それ以上手を伸ばしたら、”しかるべき処置”を取らせていただきます」


「うっ……!」



 屈強なガードマン2人に囲まれたじろぐ。

 いや、戦闘力的に勇者の俺より強いわけはないんだけど、なんか体格差って理屈を超えてビビっちゃうよね。



「……チキショー、やってやる。

 こいつで一発逆転をかけてやる。男の一点大勝負だ。


 ……クッ!掛け金が足りねえ!

 おいミズキ!お前の金も出せ!ここで勝てば、今までの負け分を取り返せるんだよ!」


「私はこの男と一蓮托生なのか……」



 うーん。相棒の視線が氷点下ですねえ。

 しかし、男には逃げてはいけない瞬間ってのがあるんだよ!(多分今ではない)



「まあ、いいでしょう。

 しかし岡目八目と言いますか、頭に血が上るとこんな単純なことにも気が回らなくなるんですね。

 私もきっと他人事ではないんでしょうね」



 ブツブツ言いながら掛け金を上乗せするミズキ。

 なんだ?なんだかわからんが、とにかくヨシ!



 俺の運命を決めるカードがディーラーから配られる。

 来い、来い、来い。

 ここで一発決めるのが男ってもんよ。



 ガシっ!

 突然、ミズキがディーラーの手首をつかむ!



「てめえっ!何しやがる!」


「これは何ですか!説明してください!」



 ディーラーの袖から、場に出ているものと同じ柄のカードがバラバラと零れ落ちる。



 ……。

 ……。

 しばらく思考がフリーズするが。


 イカサマか!

 ようやくそれに思い当たる。



 フン!

 ミズキがつまらなそうに俺の手札をめくりあげる。



「随分古典的な手を使うものですね。

 しかし、計算力は流石にプロと言いますか。

 ここまでのゲーム展開は全部コントロールしていたんでしょう?


 勝ったり負けたり勝ったり負けたりを巧妙に組み合わせて。

 最後に、大勝負に勝てばギリギリ負け分を取り戻せるような状況を意図時に作って。


 そして、ルカの手札はフルハウス。

 ここは当然全賭けで突っ込むところをバクリ、か。

 いや大したもんです」



 ディーラーから目を離さずに彼の手札を開けると……フルハウス。

 それも俺より上の役で。



「さてさて。納得のいく説明をお願いしましょうか。

 ヤクザの世界じゃ、バレなきゃあイカサマじゃないんでしょうが、バレてしまいましたね。

 この場合、どう落とし前を付けてくれるんですか?」


「……さあて。何のことやら。

 私には何も見えませんがね?何か勘違いをしているんじゃあありませんか?

 こっちも商売なんでね。妙な言いがかりを付けられたんじゃ、困りますね」



 明白な物的証拠を突きつけられながらも、なお白々しい態度を崩さない。

 向こうさんは完全に腹をくくっているな。


 俺達を取り囲むボディガードは、7,8……9人か。

 全員が懐に手を入れている。重心から言って、ナイフだな。



 こいつら全員ブチのめすしかないようだ。

 しかし、こりゃあスキャンダルだな。

 賭博で揉めて暴力沙汰とか。勇管に知られたらどんな処罰を受けるか。



 ……それでもやるしかないか、と覚悟を決めたところに。



「……やめんか!」



 建物中に響き渡る声に、全員が動きを止めた。



 声の主は……エステバン伯爵だ。



「……これはこれは領主様。

 こんなむさくるしいところへ、なんの御用で?」



 カジノの支配人らしき男が応対する。



「フン。民衆の娯楽を把握するのも領主の務めじゃ。

 しかし、つまらん騒ぎがおきとるようじゃの?

 これでは、ケツモチのベルロ組の権勢が疑われるのではないか?」


「よしてください。当店は警察組織のOBを相談役に抱えるクリーンな店ですよ。

 そんな反社会組織との関与を誤解されるような発言は慎んでいただきたい」


「フン。まあ御託はええわい。

 それでなんじゃ?このカードは」


「……さて、何かの誤解では?」


「余興……じゃろ?」



 エステバン伯爵の発言に、支配人の眉がピクリと上がる。



「大方、この後の余興用に用意していたカードが、うっかり零れてしまったというところかの。

 ならば何も問題ないわい。


 それで、彼らのゲームじゃが、いくらぐらいで遊んでいたのかの?

 ここはあくまで遊戯場。けっして、違法な賭博場ではない。

 まあサービス料も合わせて、一万ゴルド程度の遊戯料が相場かの?


 荷物として・・・・・預かっとる金があるかもしれんが、彼らもそろそろ帰るようじゃし、返してやったらどうじゃ。

 それで話は終わり。ちょっとした誤解で殺気だったが、なにもトラブルはなかった。

 そういうことじゃな?」



 しばし、エステバン伯爵と支配人のにらみ合いが続いたが。



「オイっ!お客様のお帰りだ!

 預かってた荷物・・をお返ししろ!」



 部下らしき男に指示し、賭けてた金が返ってくる。

 しっかり一万ゴルドは引かれていたが。



「さて、ルカ君にミズキ君じゃったか。

 こんな時間で悪いが、よかったらウチに遊びにこんか?」


——

ちなみにこっちのストックももうあと僅かですね

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