第8話 知っているのか、ミズキ

「身体能力27.2倍か。はは、もう滅茶苦茶だな。

 おう、亡霊将軍。じゃあ続きをやろうか」



 全身にみなぎる闘気を感じながら。

 俺は折れたロングソードを亡霊将軍に突きつける。



「ォォ……」



 まさか挑発に怒ったわけでもないだろうが、亡霊将軍も妖刀を上段に掲げ。



 ダンっ!

 再度、2人同時に飛び掛かり、互いに斬撃を放つ。



 ーーーー今度は、俺が速い!

 敵の胸元をズバっと切り裂き、さらに体当たりをして相手の斬撃を殺す。


 炎属性のエンチャント・ウェポンが切り口を焦がす臭いに顔をしかめつつ、鍔迫り合いから亡霊将軍を突き飛ばす。

 27.2倍のパワーには流石に抵抗できないのか、特A級の魔物は数歩後方にたたらを踏んだ。



 追撃のチャンスーーーーいや!


 ブゥン!

 反撃カウンターのタイミングで亡霊将軍が振るう刃を、屈みこんで辛うじて躱す。


 危なかった!ーーーーだが、視えた!

 パワーでもスピードでも、俺が上を行っている!



 ズバっ!ズバっ!ズバっ!

 ロングソードの追撃で、亡霊将軍の鎧兜を切り裂いていく。


 武神闘法を使ってなお強固な堅牢だが、一撃ごとに歯を食いしばって確実に損傷を与えていく。

 灼けついた切り口からは黒い瘴気が漏れ出し、周囲に浮遊する死霊たちと混じり合う。



 ダメージを与えられているのか、いないのか。

 もしもこの瘴気や死霊が本体ならば、いくら外装を削っても効果は薄いかもしれない。



 そんな事に気を取られたのがよくなかったのか。

 亡霊将軍の上段からの片手斬り落としへの反応が、一瞬遅れた。



「うぉっ!あぶねえっ!!」



 すんでのところで躱したがーーーー。



「離れてください!そこは危険です!」



 ミズキの声に反応するより早く、亡霊将軍が動いていた。

 片手で振った刀とは逆側。左腕を俺の右腕に絡みつけてくる。



「腕がらみーーーー組み手甲冑術ですかっ!」



 ズン!

 右の肘から肩にかけて逆関節を取られ、上から下に押さえつけられる。


 感じる。

 この技は、耐えては腕が破壊される。

 後ろに逃げれば、さらに深く関節が決められる。

 下に落ちれば、馬乗りになって刀で首を斬られる。



 ならばーーーー



「うおおおらぁっ!」



 俺の選択は、前に出ること。

 武神闘法で強化された腕力で、僅かな時間だけ技に強引に耐え。

 空いている左手に握ったロングソードの切っ先を亡霊将軍に突きつける。



「”エクスプロージョン”っ!!!」



 切っ先から放つ高出力炎魔術の爆撃で亡霊将軍を無理やり吹き飛ばすーーーーはずが!



 



 あっさりと俺の右腕を解放した亡霊将軍は、全身を左方向へと横回転させて俺の剣先を躱す。

 ドォンっ!!!

 “全属性魔術:大”と”火属性魔術:大”が重なった高威力爆撃だが、亡霊将軍の後方でむなしく空打ちされる。



 それに構うことなく亡霊将軍は俺に向かって踏み込み、回転の勢いを乗せた妖刀が左方向から襲ってくる。

 咄嗟に左手に持ったロングソードで防御態勢を取る。

 不利な体勢だが、”全種類武器術:極大”の効果は流石。辛うじて防御が間に合うと思ったがーーーー。



 ギュン!

 斬撃の途中で妖刀の軌道が変化し、狙いを俺の剣の柄へと変える。


 カァン!

 精密極まる一撃が俺の剣をあっさり吹き飛ばし、俺は丸腰の棒立ちとなる。

 防御不能の体制の俺に、亡霊将軍の止めの一撃が降り注ぐーーーー。



「”ウォーター・ブリッド”!」



 バァン!

 ミズキの水魔術の水塊が、横から吹っ飛ばした。



「ブォっ!」



 予想外の衝撃になすすべなく倒れた俺だが、おかげで攻撃を躱すことができた。

 すぐさま立ち上がり、顔の水を拭う。



 おそらくは亡霊将軍を狙った水魔術が、目まぐるしい攻防について行けず俺にフレンドリーファイアしたんだろうが、結果オーライだ。



 しかし……。



「強すぎる……!

 マジかよ、お前!」



 武神闘法で超強化した肉体でさえ、奴に対しては優位に立てないのか!


 原因はわかっている。

 圧倒的な、技巧の差。


 パワーやスピードで上回ろうとも、亡霊将軍に宿る”武”が俺の戦闘技術をはるかに上回っているため、全ての攻防で上をいかれる。



 クソッタレ。

 “全種類武器術:極大”を得てさえ、敵わないのか。


 俺はやむを得ず、拳を固めて肉弾戦の構えをとる。

 剣まで失っては益々不利だ。

 “全種類武器術:極大”は素手にも適用されるが、奴に通用するとは思えない。



 せめて、刀があれば。

 "刀術:極大"が活用できる刀を持っていれば、“全種類武器術:極大”との相乗効果で奴の技巧を上回る希望もあったのに……!

 喉から手が出るほど欲しい刀を持っているのが敵の方、というのが皮肉な話だ。



 いや、待てよ。

 ふと思いついたことがあった。


 可能性は低い。

 しかし、他に手はない。

 これにーーーー賭ける!



「ルカっ!?」



 ミズキが驚きの声を上げる。

 折角固めた拳を開き、だらりと腕を下に下げたからだ。

 ガードはない。構えもない。

 ただ、全身の骨で床を捉え、重力を感じているだけだ。



「ォォォ……」



 亡霊将軍にとって、もはや俺を警戒する理由はないはずだが。

 それでもなにか感じるものがあったのか。



 油断なく刀を上段に掲げ、気を吐いているように見える。

 シュゥゥゥゥっ……。

 周囲に漂う死霊たちが妖刀に吸収され、その刀身がさらに魔性を増したようにも感じる。



 正真正銘、最大出力の一撃というわけか。



「面白い……。来いっ!」


「オオオっ!」



 爆発的な瞬発力と、水面を打ったような静けさを両立させる脚運び。

 消失したかのように速い斬撃だが、太刀運びが滑らか過ぎて逆に遅い動きであるかのように錯覚する。



 俺の技術では、眼で見て反応していては、絶対に対応できない一撃。



「ホっ……」



 軽く息を吐く。


 見るな。躱すな。意図するな。

 頭で考えたことが通用する領域ではない。


 だから、ただ感じろ。そして差し出せ。

 



「フっ!」



 その時自分がやったことを、俺は上手く説明できない。



 結果から逆算するに、こういうことだろう。


 亡霊将軍の斬撃の、間合いの内側に一歩で入り。

 妖刀を握る指に、左手で指関節を極め。

 握りが緩んだところで、右手で刀の柄を逆手に掴む。

 さらには、斬り落としが空振りしたところで、その刀身の勢いを操作し。

 刀を一回転させて、右腕でさらに刀へと勢いを与えて。


 ーーーー下から上に、思い切り斬り上げた。



 より簡略に言えば。


 

 



 できた……できたぞ。



「はぁ、はぁ……”無刀取り”、成功」



 全くもって俺の手柄じゃあない。

 自分の実力では敵わないから、相手の刀を利用し、強引に"刀術:極大"を“全種類武器術:極大”と同時発動させただけのこと。


 無茶苦茶な賭けだったが……俺はモノにしたぞ!



「ルカ!まだです!」



 ミズキの声に我に返る。


 なんと、視界の先で、亡霊将軍が立ち上がる。

 鎧兜が割れていることなどお構いなしに。


 鎧の内部に、黒い瘴気が浮かんでいる。

 やはりそちらが本体か。


 ずしり、ずしりと。

 流石にやや重い足取りながら、両手を広げて近づいてくる。



 俺を組み伏せるつもりか……!

 やってみろ、刀があればこちらのものだ。



「ルカ!刀を離してください!

 何か危険です!」



 その瞬間。

 何か黒々強い霊気がーーーー刀身に宿る死霊たちが、柄を伝い、俺の腕に滑り込んできた!



「う、うわあああっ!」


「ルカ!」



 離せない!手が柄から離れない!

 俺を呪う気か!?それとも取り憑く気か!?


 ドドドドっ!

 膨大な邪気の塊が凄まじい勢いで俺を侵食しようとする!



 離すことができないならーーーー!



「”メギド・ブレード”!」



 全力全開の魔術の行使。

 “全属性魔術:大”と”火属性魔術:大”の同時発動に後押しされた、ポテンシャルの27.2倍の魔力を用いて。

 腕から柄、刀身にかけて超上位炎魔術を発動。


 妖刀の刀身に、神聖属性の白い炎を焼き付ける。



「おおおおおっ……!」



 魔力と魔力のぶつかり合いだ。

 死霊自体を浄化することはできないが、何とか一時的に侵食を防いで押さえつけることはできる。

 決して、長くはもたないが……!



「ォォォ……!」



 そこに亡霊将軍が襲い掛かってくる。

 すかさず俺は刀を構え、迎撃の準備をする。

 最も攻撃的に。最大火力の一撃を。神聖属性を纏った刃を叩き込むべく。


 権能とスキルの声に従い、刀を右半身、胸元程の高さで垂直に持ち上げた。



「あれは、薩摩示現流の”蜻蛉切り”……?」



 知っているのか、ミズキ。

 俺は知らないぞ。なんでそんなこと知ってるんだこいつ。



「ォォォっ!」


 突撃する亡霊将軍に対し、俺も全力の一撃を放つ。


 防御を捨て、計算を捨て、安全を捨て。

 過去を忘れ未来も忘れ、ただこの瞬間に命を燃やすべく。


 気付けば、こんな叫びをあげていた。


「チェストオオオオオっ!!!」



 全身全霊の一撃が、亡霊将軍の瘴気を撃ち抜く。

 突進の勢いで両者はすれ違い……やがて俺はその場に片膝を付いた。



 かはっ。

 過度の集中で忘れていた呼吸に、肺が誤作動を起こしてむせ返る。


 大慌てで振り返るとーーーー。

 ジュウゥ……亡霊武者の瘴気が消失ーーーー浄化されていくのが見えた。



 ガランガラン。

 抜け殻となった鎧兜が床に落ち、そして消滅した。

 終わった……のか?



 唯一その場に残った刀の鞘を拾い上げ、妖刀を納める。

 同時に、刀に宿る死霊たちのプレッシャーも消失する。

 どうやら納刀状態ならば、襲われる心配もないみたいだな。


 よかった。

 “メギド・ブレード”の消耗は激しく、”武神闘法”を使っていてさえもう限界寸前だったんだ。



「ああっ!頭が!頭が!」



 ミズキが頭を抱えて蹲る。

 少々慌てたが、同時に俺にも頭痛が生じて理解する。


 これは、レベルアップ頭痛だ。



 一度に急激にレベルアップすると、急性の頭痛が発生することがある。

 だいたい、2-3分も安静にしていれば収まるもんだ。



 無理もない。こんな怪物、相当の経験値を持っていたことだろう。


 “武神闘法”で俺の権能が倍加している状態で倒したからな。

 ミズキの権能も加味すると、2×6.8で13.6倍。

 こんな化け物の13.6匹分の経験値を得ているのだから、勇者レベルも冒険者レベルも大幅に上昇しているに違いない。

 頭痛の一つも起きるだろうさ。



 さて、経験値が発生しているってことは。



「今度こそ倒せたってことか。

 ……もうどんでん返しは勘弁だぜ」



 一応、当たりを見渡す。


 そこにあるのは、亡霊将軍の持っていた鞘付きの妖刀。

 部屋中央に浮かぶ、紫色の魔力の塊。

 そしてその前に立つ、帰還の宝珠ーーーー少なくとも、迷宮ダンジョン最奥にある代物と同じように見える。



 それだけ。

 新手の敵の気配はない。



「終わり……だな。

 勝ったな、ミズキ」



 相棒に向けて、拳を突き出す。



「お見事です、ルカ」



 ミズキがそれに、コツンと、その小さな拳をぶつけてくる。



 わからないことはあるが……なんにせよ俺達の勝利だ。

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