第7話 ルカには手を出させません!

 S級勇者の敗北。

 それ自体は決してスキャンダルではない。



 百戦百勝の勇者など存在しないし、むしろS級やA級の勇者ほど魔界に直接乗り込むため、強大な敵に挑むことが多くなり、敗北の数も増える。


 つまり、強い勇者ほど負ける。より多くの負けを経験する。



 それ故に、単純な実力よりも、むしろ敗れてなお生存する能力があることの方が、よほど尊いと捉えられることも多い。

 特に魔族の中でも強力な力を持った”魔人”との戦いは、上位の勇者ですら敗北することの方が多く、生きて情報を持ち帰る事で評価が向上することさえある。



 しかし、勇者ランキング10位のミランダが、魔界から敗走した際に大衆が落胆したのには2つの理由があった。



 1つは、パーティメンバーの冒険者たちが軒並み戦意喪失して引退してしまったこと。

 もう1つは、敗北した相手が”魔人”ではなく、一般の魔物だったことだ。



『亡霊将軍』。

 当時は危険度A級に分類されていたこのモンスターだが、かつて人類は2度これを打倒したことが記録されている。


 68年前に、当時のランク1位のS級勇者が。そして4年前に現在ランク2位(当時は6位)のS級勇者がこれを打倒している。



 下位勇者の被害は多数報告されているものの、勇管(勇者管理委員会)はこれを「S級勇者であれば問題なく打倒できる対象」とみなし、危険度Aに認定していた。



 しかし、当時S級昇格を果たし大きな話題となったミランダが。

 その美貌と高潔な人格のイメージで大人気を誇っていたミランダがーーーー勇管にとって業界のイメージ向上のために非常に重要なアイコンだったミランダが。

 なすすべもなくこの魔物に敗北したニュースは世間に衝撃を与えた。



 直後、勇管はこの魔物の危険度を特A級に変更。

 さらに敗北したミランダへの評価が、一時期を境に「敗北してなお1人の犠牲者も出さずに撤退したその手腕は、勝利よりもむしろ賞賛されるべきである」という論調にーーーーそれも正論だとも思うが、不自然なほど一斉に塗り替った。


 どうあれミランダはーーーー勇管にとって金の卵であるミランダは、敗北してなおランキング降格を免れ、S級勇者の地位を保持している。

 ちなみに俺は、その時同じタイミングでその手の発言をした著名人を記録し、「信用できない人物リスト」に加えている。



 まあそんな話はどうでもいい。

 問題は、あのミランダでさえ敗北したような魔物と、今現在俺達が対峙しているということだ。



「ルカ……」


「ミズキ、最大限に警戒しろ。

 そして少し下がれ。お前が立ち向かえる相手じゃない。


 奴は危険度特A級の怪物だ。

 前衛は俺が務める。お前は後衛から全力で援護してくれ。

 ……即席コンビでどこまでやれるかわからんが、全力で連携していくぞ!」



 まさか、コンビ結成初日にこんな相手が現れるなんて……!

 理不尽も度が過ぎると怒りさえわかないのか。

 俺の全神経は亡霊将軍の排除に集中していた。



『エンチャント・ウェポン!』



 2人同時に魔術を使い、武器を敵に向け構える。



 フゥーっ……。

 大きく息を吐き、意識を研ぎ澄ませる。



 やはりここは先手必勝。

 相手に実力を発揮する暇を与えず、能力向上で引き上げた力をごり押しで叩きつけて戦いを終わらせる。



「はぁっ!」



 ダンっ!

 床を強く蹴り付け、亡霊将軍に飛び掛かったその瞬間ーーーー



 ーーーー同時に亡霊将軍が前に踏み込み、既に俺の眼の前に肉薄していた。



「んなっ!?」



 ガァンっ!



 亡霊将軍の刃の一撃。

 攻撃に用いるはずだったロングソードで、辛うじて受け止める。



「う……おぉっ!」



 重、い……!

 なんて力だ。

 鍔迫り合いの状態だが、剣を上から下に押し込められ、不利な体勢に押し込まれる。



「くそ……おおおっ!」



 こいつ、単純な腕力でーーーー。

 能力向上で6.8倍に引き上げられた俺よりも強い!?


 信じられない現象だった。

 俺だって、素人じゃあない。

 元の体もある程度鍛えてあるし、勇者レベルや冒険者レベルでスペックも大幅に向上しているはずだ。



 なのに、こいつの6.8分の1にも達していないというのか……!?



 いや、それだけじゃない。

 さっきの立ち上がり。


 あれは踏み込みのタイミングが一致したーーーー否、合わされたんだ!

 俺の動き出しを見てから踏み込み、後の先を取られた。

 つまり、スピードも奴が上!



「……フっ!」



 それで慌てる俺じゃあない。

 戦う相手が自分より強いなんてのは、不本意ながら慣れっこだ。


 力に力で対抗してはいけない。

 タイミングを見計らって、唐突に力を抜いてやる。



 亡霊将軍がバランスを崩し、僅かに隙と間合いができる。

 ここだ!

 全種類武器術:大の導きに従って渾身の斬撃を叩きこみーーーー。



 ぞわり。

 全身に悪寒が走る。肌が総毛だつ。



 肉体の発する警報に従って後ろに飛び退く。

 それより早く、亡霊将軍の刀が横一文字に振りぬかれた。



 ズバぁっ!



「ぐあっ!」



 胸元を浅く切り裂かれて、鮮血が噴き出る。

 さっきの動きはフェイク……技巧も奴が上か!全種類武器術:大があってなお!


 もしも今斬りかかっていたら、横一文字に真っ二つだったろう。

 しかし大差なかったかもしれない。

 ダメージを受け体勢を崩した俺に、亡霊将軍は渾身の斬り下ろしを放つ。



 動けない。躱せない。終わっーーーー。



「”ハイドロ・ウェーブ”!」



 ミズキが上級水魔術を放つ声が響く。



 ドバァン!

 25mプール一杯を埋められそうな量の水が突如俺の眼前に出現し、猛烈な勢いで亡霊将軍を襲う。



「……ナイスだ、ミズキ」



 間一髪のサポートだ。

 九死に一生を得た俺は、闘志を燃やしなおして剣を構える。



 ドドドドっ!

 ミズキの魔術は、勢いを減じることなく亡霊将軍を襲い続ける。

 あの濁流は流石の特A級モンスターもたまらないだろう。

 “ハイドロ・ウェーブ”が流れ切った瞬間に、膨大な質量に翻弄されて死に体となった奴に、渾身の一撃を叩き込んでやる。


 そう思い、水流に飲まれる亡霊将軍の姿を睨みつけたところーーーー。



 ひたり。ひたり。



 そこには、水流をものともせず前進してくる奴の姿があった。



「嘘だろっ!?」



 ダンっ!


 さらには水の壁を乗り越えて、高速でこちらに飛び込んできた!


 振り下ろされる凶刃を、咄嗟に剣で受け止めるが……!



 ズバァ!



 俺の剣をーーーーエンチャント・ウェポンで強化したロングソードを真っ二つに切り裂き。

 勢いもそのままに俺の体は、鎖骨から下腹へと、斜め方向に深々と斬りこまれる!



「ぐああああああっ!」



 灼けるような激痛に身が屈む。

 迫りくる絶対的な”死”に、体の芯が震えている。


 殺される、殺される殺される殺される!



 俺に止めを刺すべく、接近してくる亡霊将軍。

 畜生、畜生……ここまでなのか!?



「”アクアヒール・エクストラ”!」



 刹那。俺に向かって上級回復系水魔術を唱えたミズキが。

 亡霊将軍の眼前に飛び出し。


 ガキィン!


 その手斧で攻撃を仕掛けていた。



「ルカには手を出させません!」



 凛とした声が響く。

 ミ、ミズキ。お前、俺のことをそこまで……!



「彼は私がこの世界で安全に快適に幸福に生きていくための大事な道具ですっ!

 このいいとこなしの世界でようやくチート無双生活を送る目途がったというのに!

 こんなところでアナタなんかに私の栄光を邪魔させるわけにはぶぎゃあああああっ!?」


「ミズキっ!」



 迫真の演説の最中にあっさりと斬り付けられ、ゴロゴロと後方に転がり去るミズキ。

 まあそうなりますよねえ。



「ううっ!痛いです!痛すぎて死んでしまいます!

 こんなに痛いのは、そう、小学五年生の時に家族で富士山に行ったあの時以来の……!」



 何か色々言ってるが、見たところ死んではなさそうだからまあいいか。

 丁度俺が回復するだけの時間は稼いでもらったし。

 あいつもあいつで自分の回復ぐらいやるだろう。



 すくっ。

 しっかりと床を踏みしめて立ち上がり、亡霊将軍を正面から見据える。


 肚は決まった。覚悟もできた。

 イチかバチか、あれをやるしかない。



 ミズキに死なれちゃ困るのは俺も同じだ。

 俺にとってもあいつは、成り上がるための大事な道具なんだから。



「待たせちまったな、バケモノ。

 もう出し惜しみはなしだ。とっておきを見せてやる」



 そして俺は発動する。

 開花し、発展させたばかりの俺の潜在スキルーーーー”武神闘法”を。



 ーーーー



 冒険者は、生まれ持ったスキルの内容を感覚レベルで理解しているという。

 剣術、魔術、潜伏術。

 自分が何に向いており、どこまで成長できるのか。それらのスキルがどんな範囲にまで影響が及ぶのか。

 物心ついた時には、説明しがたい感覚で”理解”しているのだ。


 例えば、仲間だったマージは火、水、風、土、光、闇の魔術適性を持っていたことを。

 そして、そのすべてが”小”に留まるスキルであるため、並の努力では初級魔術、限界まで努力しても中級魔術までしか習得できないことを本能で知っていた。



 しかし、人には本人さえも認識していない能力が眠っている。

 それが潜在スキル。

 本来よほどの奇跡が生じない限りは眠ったままのその才能だが、俺の”才能鑑定”はそれをあっさりと看破することができる。


 看破した才能に対して”才能開花”を使用することで、その才能は本人のものとなる。

 しかし……。

 この時点では、まだ本人はそのスキルの内容を理解していないのだ。

 ルシードの”守護神”にせよマージの”合成魔術”にせよ、一度それを使ってみて初めて全身でそのスキルを知覚することができ、その内容を知ることとなる。



 といっても、それが問題となることはこれまでなかった。

 俺の”才能鑑定”は看破した潜在スキルの内容を文字情報で識ることができるので、それをそのまま仲間に伝えれば済むことだからな。


 俺自身のスキルもそれは例外ではなく、潜在スキルだった"闘気術"が

【10分の間身体能力が2倍になる。ただし使用回数は一日一度だけ。】

 というスキルであることは知っていた。



 しかし、”才能発展”で獲得したスキルは別だ。

 こればっかりは、使ってみないと効果がわからない。


 “武神闘法”という名前からなんとなく強そうだなという印象はあったし、闘気術の発展だから普通に考えて性能は上がっているだろうという予測もしていた。


 とはいえ実際のところどういうスキルかわからない。戦闘力が大幅向上するが効果時間が極端に短い、とかだと戦闘開始と同時に使ってしまうのも考え物だ。



 だがもうそんなことは言っていられない。



「”武神闘法”!」



 俺は未知の潜在スキルを発動させる。


 ブワっ!


 身体の中心、丹田の当たりから全身に強大なエネルギーが駆け巡るのを感じる。



「こりゃあ……当たりだな。

 しかし、朝一番で試運転で性能を確かめるべきかとも思ったが……やらなくてよかったよ」



 潜在スキル、”武神闘法”。

 その内容は。



【20分の間身体能力と保有スキルの効果が2倍になる。ただし使用回数は一日一度だけ。】



 闘気術の完全上位互換の超性能だ。

 朝イチで使ってしまっていたら、この場面で詰んでいたぜ。


 俺は自分のステータスを確認する。




 ルカ 19歳

 勇者レベル:10

【勇者権能】

 ・共通権能

 全種類武器術:大→極大

 全種類魔術:中→大

 能力向上:3.4倍→6.8倍

 成長促進:3.4倍→6.8倍

 ・固有権能

 才能鑑定(変更なし)

 才能開花(変更なし)

 才能発展(変更なし)

 冒険者レベル:15

【冒険者スキル】

 刀術:大→極大

 火属性魔術:中→大

 武神闘法(変更なし)



 思った通り、冒険者スキルだけじゃなく、勇者権能まで拡張されている。20分の間限定だろうが。


 しかしこれまたぶっ壊れ性能だな。

 冒険者が使用するだけでも破格の高性能だが、そもそも勇者が冒険者スキルを使用することを想定していないように思う。



 なにしろ、身体能力を2倍にした上に、勇者権能でそれを6.8倍にし、さらにミズキの権能で2倍にしているわけで。

 2×2×6.8で。



「身体能力27.2倍か。はは、もう滅茶苦茶だな。

 おう、亡霊将軍。じゃあ続きをやろうか」

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