第3話 大逆転成り上がり人生が始まる運命の出会いの夜

「ルカ、お前は将来、何になりたいんだい?」



 あれはたしか、俺が10歳くらいの頃だったろうか。

 唐突に、おばあちゃんがそう聞いてきたんだ。



「……笑わないで聞いてくれる?」


「笑うもんかい」


「俺……勇者になりたいんだ!

 世界一の勇者に!」



 そう答える俺に、おばあちゃんは少しだけ驚いた顔を見せて。


 ポンポン。

 優しく頭をなでてくれた。


 大好きなおばあちゃんに撫でられて気をよくした俺は、口元を緩ませながら続けた。



「俺、世界一の勇者になって、大魔王をやっつけてやるんだ!

 誰よりも強い剣をふるって!誰よりも賢い魔術師になって!

 そうやって、世界中の人を幸せにしてやるんだ!

 そうしたら、きっとおばあちゃんにも楽をさせてあげられるよね!」



 こんなこと、おばあちゃん以外の誰にも言えない。

 体力もなく、魔法の才能もない俺だ。

 村のみんなの前でこんなこと言ったら、きっと笑いものだ。



 でも、おばあちゃんだから。

 俺を産む時に亡くなった母さんや、俺が生まれる前にどこか行方不明になった親父に代わって、親代わりに俺を育ててくれた大好きなおばあちゃんだから。

 誰にも言えない、俺の密かな夢を打ち明けることができたんだ。



「そうかあ。それなら、うんと頑張らなくちゃねえ」



 どこまでも優しい顔で俺の頭をなでながら。

 でもねえ、とおばあちゃんは続けた。



「人間、自分一人でできることなんて、知れてるんだよ。

 だから、信頼できる人たちと、しっかり協力できるようにおなり」



 言われてみればなるほどだ。

 英雄譚に登場する勇者たちは、みんな頼れる仲間に囲まれている。



「うん!俺、最強の仲間を集めるよ!

 誰よりも強い剣士や、誰よりも賢い魔術師を集めるよ!」


「ルカや。そうじゃないんだよ」



 しかし、おばあちゃんは静かに首を横に振る。



「強いとか賢いとか、そんなことは大したことじゃないんだよ。

 大切なのは、その人が信用できるか、心根がまっすぐか、そういうことなんだ。

 だから、ようく人のことを見るんだよ。

 その人が何を考えて、何を感じて、どんなことを大切にしているか。


 そうしていれば、自分だって人に見られて生きてるってことを忘れないでいられる」



 そう言って、おばあちゃんは俺を優しく抱きしめた。

 暖かくて、照れくさくて、なんだかむずむずしたのを覚えてる。



「いいかいルカ。人を見る目を養うんだ」



 そんなおばあちゃんが死んだのは、俺が15歳のある日だった。

 村の皆に暖かく見守られながら、安らかな顔で永い眠りについた。


 それは偶然なのか、運命なのか。

 葬儀を終えて、1人で泣いていたその夜に。

 俺は勇者に選ばれた。



 神様による、”勇者の天啓”を受けた俺は。

 その翌日に、村を飛び出し旅に出たのだった。



 ----



 仲間達に追放されてから半年。

 俺の状況は最悪だった。



 エランドの不吉な予言は見事に的中。

 彼らを引き抜かれて以来、俺はマトモなパーティ活動が出来ちゃいない。


 何人か、声を掛けてくる冒険者達はいたけどね。

 だがそいつらも才能を開花してやったら当然のようにパーティを出て行っちゃうんだよ。



 中には、よそで歓迎されるほどの才能もないクセにドヤ顔で離脱し、案の定他の勇者には拾ってもらえず路頭に迷い、また媚びへつらう態度で俺のところに戻ろうとするやつもいた。

 当然、俺としてもそんな奴はお断りだわ。

 割とボロクソ言って追っ払ってやったった。



 眩いばかりの才能を持った美人冒険者が思わせぶりな態度で俺に接近してきたこともあった。

 鼻の下を伸ばしながら、下心を隠しつつ言われるがままに才能開花したところ、間髪入れずに恋人である勇者の下に帰っていった時にはヘコんだわ。

 男のプライドをへし折られるような案件だったが、お相手が見眼麗しい女勇者との百合カップルだったので、それはそれでまたいいかと思いました。

 汚いオッサンを乱入させる妄想で溜飲を下げるなどした。



 みんながみんな、ルシードやマージのような大きな才能を持っているわけじゃない。

 むしろ彼らは極めて希少な、選りすぐりの精鋭だったからなぁ……。

 それだけに、奪われたダメージは大きい。



 今思えば、それでもやりようはあったとも思う。

 特段大きな才能を持たない冒険者と、俺の貧弱な権能で協力し合い、ささやかな冒険活動を楽しむ道もあったのだろう。


 でも、俺にはそれができなかった。

 前の仲間たちと比較し、どうしてお前たちはもっとできないんだ! とか詰ってしまったりね。



 冒険者たちの忠誠心を試すこともあった。

 才能を開花してほしければ、もっと俺に尽くせ、と取引を持ち掛けたりもした。


 大体予想はつくだろうが、ロクな結果にはならなかったよ。

 才能を開花させるまでは、ことさらに従順に振る舞う彼らだが、開花した途端になおさら邪険にされるのがオチだった。



 何一つうまくやれなかった。

 悪評ばかりが加速した。

 もはや、まともな冒険者は俺に近づきもしない。

 寄ってくるのは悪意のある者ばかりだ。



 ならば、ソロ活動に走るか。

 実際、一部の勇者はそうしている。

 だが、俺の場合は実力的に厳しいものがある。



「この権能じゃあな……」



 ルカ 19歳

 勇者レベル:7

【勇者権能】

 ・共通権能

 全種類武器術:中

 全種類魔術:小

 能力向上:1.7倍

 成長促進:1.7倍

 ・固有権能

 才能鑑定

 才能開花


 俺の固有権能は戦闘時に直接役に立つものじゃない。

 戦闘スペックも一般的な勇者を下回る。


 ソロ活動特化の勇者は、武器術や魔術に上級権能があったり、能力向上や成長促進が3倍くらいあったり、戦闘特化の固有権能を持ってるような連中だ。

 とても、俺ではそんな奴らとは渡り合えない。



 わかってる。こんなのは言い訳だ。


 権能が足りなくても、勇者ってだけで一般冒険者よりは恵まれた立場なんだ。

 ぶつくさ言わずに自分なりに働いていれば、同じ落ちぶれるにしてもまだまだましな状況だったかもしれない。



 だが、俺は疲れていた。

 生活も性格も荒れ果てていた。


 もう何もやる気が起きず、ただただ安酒やギャンブルに溺れる怠惰な日々だった。

 一時は51位にまで上がっていた勇者ランキングも、すでに99位にまで落ちていた。



「クソ……この俺が、E級勇者だと!?

 まずい……このままじゃ”降格点”が付いちまう!」



 勇者は、そのランキングに応じてクラス分けされている。


 1-10位:S級勇者

 11-30位:A級勇者

 31-50位:B級勇者

 51-70位:C級勇者

 71-90位:D級勇者

 91-100位:E級勇者


 という感じだ。

 最下層であるE級勇者は侮蔑の対象となるだけではない。

 E級の状態が続くと、半年ごとに”降格点”が付されてしまう。


 この”降格点”が3つ溜まるとその者は、勇者としての資格を失う。

 これは絶望的な状況だ。



 それまで権能に頼って戦い、社会的地位も確保されていた者がただの野良冒険者に落ちぶれる。

 普通の人間がゼロから冒険者になるよりも、はるかに状況が悪い。

 何しろ、折角与えられた勇者の身分を活かせなかったという、無能の証明だ。

 荒くれ共の食い物にされるのは必至。勇者時代の振る舞いが横暴だったものほど悲惨な目に遭っている。



 ブルルっ。

 不意に背筋が震える。

 今の俺の悪評を鑑みると、勇者の地位から引きずり落とされて、まともな人生を歩めるとは思えない……。



「畜生……畜生……どうすればいいんだよ!

 おかしいだろ、こんなの……! 世の中間違ってるぜ……! 悪いのは社会の方だ……!

 おいマスター! 酒だ!」



 いや、だったら必死で働けよ、と思うだろうが、それができる奴はそもそもこんな状況に落ちぶれたりはしない。

 太りすぎて困っている奴に、「食事を制限して運動をして規則正しい生活を送れ」と唾棄すべき正論を叩きつけたところで何も解決しないのと同じだ。


 俺みたいな人間が求めているのは、地道な努力が報われるようなリアルじゃない。

 誰でもできる一発逆転の魔法の杖、ファンタジーなんだよ!



 アルコールに酩酊した脳で末期的な思考を巡らせつつ、注がれた酒をまた一気に飲み干す。

 俺は酒が好きなんじゃない。現実が嫌いなだけだ。


 ドン!

 ジョッキを机に叩きつける。



「クソ!やってられるか!」

「クソ!やってられませんよ!」



 同時だった。

 叫び声をあげたのも、ジョッキを叩きつけたのも。



『ん?』



 これまた同時。

 俺ともう一人、若い女の声が見事にハモり、お互いの顔を見つめ合う。


 隣の席で、妙にペースの速い女がいるなと思ったが……。


 そこにいたのは、少女といってもいい、あどけない顔をした女性だった。

 おそらくは美少女といえる顔立ちなのだろうが、アルコールと社会への恨みでドブ川のように濁った眼からは生気が感じられず、ボサボサの頭やヨレヨレの服からは関わってはいけないタイプの人類感しか伝わらない。

 いや、俺も人のこと言える身なりじゃないけど。



 っていうか、この人知ってるぞ。

 なんかで見たことあるような……。



「君は……聖女ミズキか! 勇者ランキングの順位表の顔写真で見た!」



 女性の勇者は、聖女と呼んだりもする。

 あのミランダも聖女だ。女勇者と呼ぶこともあって、その辺は適当だけど。



「そういうアナタは……勇者ルカですか。お会いするのは初めてですね」



 流石にバツが悪そうに、自分の髪を直し始める。

 いや、そんな手櫛でどうにかなるレベルじゃないだろう。



 ーーーー



 勇者ルカ。この時勇者ランキング 99位。

 聖女ミズキ。この時勇者ランキング 100位。


 共に人生崖っぷちだった2人が、後に伝説の勇者コンビとまで呼ばれる、大逆転成り上がり人生が始まる運命の出会いの夜。

 それはこの、場末の安酒場。ストロング系チューハイの空き瓶が積み上げられたカウンターで起こったのだった。

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