第2話 やっぱ追放されるような奴って人間的に問題あるわ。俺も含めて

「ルカ、悪いが俺たちは全員このパーティーから抜けさせてもらう」



 ある日、唐突にルシードがそう切り出した。



「な、何を言い出すんだ急に?」



 今日は休日。

 宿の食堂で完全にリラックスしていたところを、既に出ていく準備が完了した仲間達に取り囲まれた。



 守護神、ルシード。

 合成魔術師、マージ。

 聖獣遣い、ティム。

 サポート職人、エランド。



 俺の信頼すべき仲間たちが、酷薄な表情で俺を眺めている。

 今、ルシードはなんて言った?


 ぬ、抜ける? 俺のパーティを?

 誰が? 全員が?


 い、一体なぜ!?



「……冗談、だよな。

 ハハハ……。いや、あまり面白くないぜ。

 休日の朝からそろいもそろって。

 いや、急にそんなノリ持ってこられてもいいリアクション返せないって。

 普段そういう空気じゃないじゃん俺ら」



 精一杯軽くおどけて見せるが、より一層彼らの顔に影が差すばかりだった。



「冗談でこんなことは言わない。

 ルカ、今まで世話になったが、それも今日までだ。

 俺達4人はこのパーティを出ていく」


「ばっ……!」



 咄嗟のことで、息が詰まってしまった。

 軽くせき込んでから、再度言い直す。



「バカなことを言うんじゃない!

 こ、これからだろう! 俺達は!

 な、何が不満なんだ! いいパーティだったろうが!

 これからさらに強くなって! どんどん魔族や魔人を倒していって!

 俺達なら、勇者ランキングの頂点だって狙えると思っていたんだぞ!?」



 必死だ。当然だ。

 ようやく集まった、最強のパーティ。

 この先の栄光の道のりを、なんでみすみす捨てなければならない!?


 意味不明だった。

 許してたまるか。

 彼らがなぜこんなことを言い出すのか、まるで理解できなかった。



「いいパーティ、か。

 たしかにそうだよ。まちがいない。

 だがそれは……ルカ、お前を除いてのことだ」



 ルシードが、流石に重い表情で言った。

 なん……だと?



「俺を除いて……?

 何を言ってるんだ。お前たちの才能を引き出してやったのは、俺の権能によるものだろう!?

 俺がいたからみんなが集まって、このパーティを作れたんだろうが!」


「ええ、その点については感謝しています。

 貴方がいたから私たちは強くなれた。そして、貴方の権能が私たちに働くことは今後ない」


「……っ!?」



 マージの言葉に、弾かれるような衝撃を受けた。


「……俺は用済みってことか?

 は、ははは。勇者が冒険者をパーティから追放するのはよく聞くが、逆は初めて聞いたぜ。

 ……お前たち、よくそんなことが言えたもんだな!」


 ルシードは静かにかぶりを振る。



「なあ、ルカ。

 パーティというが、今お前はどんな役割を果たしている?

 俺は前衛となって皆を守る。マージは合成魔術で敵を殲滅する。

 ティムは聖獣を遣って大型の敵を仕留め、エランドはパーティの兵站を支えている。


 お前だけだ。お前だけなんだよ、何もしていないのは。

 ただ、俺達の戦いを見ているだけだ。

 ……少なくとも俺は、そんな男に背中を預けることはできない」


「なんだと……?」



 怒りを見せる俺に、今度はティムが抗議する。



「それに、ルカ。

 パーティの活動方針は全てルカが決めるけど、僕たちの意見ももっと聞いてほしかったよ。

 僕の聖獣や魔獣を休ませたいと言っているのに、ちっとも聞かずに酷使するじゃないか。

 マジックアイテムで回復させればいいというものじゃない。

 彼らにだって心があるんだよ」


「心、だと?

 それをどうにか宥めるのが、ティム、お前の仕事だろうが!」


「僕は彼らの友達であって、主人ではないんだ。

 嫌がる子達を無理やり押さえつけることなんてできやしない。

 それに、探索先も選ばせてくれないじゃないか。

 聖獣たちの住む地を守るために、自然を脅かす魔族を駆除するクエストを受けたいと何度も言っているのに、勇者ランキングに影響の大きいダンジョンばかり狙って」


「……それは当然だろう!

 俺達が何のために命懸けで戦ってると思っているんだ!

 勇者ランキングを上げなければ、お前たちの食いぶちも稼げやしないんだぞ!?」


「ナハハ!勇者ランキングでっか!

 いや、ボクもそれが上がって嬉しいのは大将だけ、とまでは言わんよ?」



 笑顔を張り付かせたエランドも追随してくる。



「言うてもなあ。

 稼ぎの大半を持ってかれんのは、ティムはんとしても面白くないやろなあ。

 ほら、パーティによっては魔獣の餌代はパーティ全体の費用として稼ぎから引いて、残りをメンバーで分けるとこもあるっちゅうしね。


 いや、ヨソはヨソ。ウチはウチやで?

 権力者が稼ぎの半分を持ってくのも、まあそれが社会の仕組みっちゅうもんや。


 でもな、もっといい職場があったら下のもんもそっちに移動する。

 それもまた社会の仕組み、なんちゅうてな?」


「もっといい職場だと……?」


「我々の才能を、より活かせるリーダーがいるということですよ」



 マージが、いつもの冷徹な口調で語る。



「勇者権能の中でも代表的な、”能力強化”と”成長促進”。

 共に、一般的な勇者は2倍程度の権能を持っているといいますね。それこそが我々、非勇者の冒険者が勇者に付いていく理由ですが。

 ルカ、貴方の権能はどちらも1.7倍に留まる。

 これでは付いていくメリットが薄いのですよ」


「……それは最初からわかっていたことだろう!」



 勇者に与えられる権能が共通権能と固有権能に区分されるのは先述通りだ。

 ごちゃごちゃ説明してもわかりづらいので、俺の実例を言うと。



 ルカ 19歳

 勇者レベル:7

【勇者権能】

 ・共通権能

 全種類武器術:中

 全種類魔術:小

 能力向上:1.7倍

 成長促進:1.7倍

 ・固有権能

 才能鑑定

 才能開花



 こんな感じ。


 マージやルシードが問題にしてるのは共通権能の部分だろう。

 全種類武器術や魔術は俺個人の戦闘の才能。

 能力向上は俺を含むパーティメンバーの身体能力の向上、成長促進はレベルアップ速度の補正を表している。



 平均的な勇者は武器術と魔術が両方中級、能力向上と成長促進が両方2倍な上で、独自の固有権能を持っている。

 だが俺は魔術の才能が低くて、しかも能力向上と成長促進が1.7倍に留まるのが不満なのだろう。



 勇者権能は、総ポテンシャルが一定だと言われている。

 俺みたいにピーキーな固有権能の持ち主は、どうしても共通権能で割りを食う傾向があるのだ。



「ええ。

 だから状況が変わった今、我々は相応しいリーダーを迎えることとしました。

 ミランダさん、入って下さい」


 マージの声に応えて、1人の女性が入室してきた。



「やあ、ルカ。

 しばらくぶりだね」



 登場したのは、目の覚めるような美女だった。

 芸術品のような美貌。濡れるように艶やかな長髪。圧倒的なプロポーション。



「ミランダ……!

 お前が手引きをしたのか……!」


「人聞き悪いことを言わないでおくれよ。

 ボクがそんな人間じゃないことぐらい、キミにもわかっているはずだろう?

 何、ボクの所のパーティーメンバーも結婚や出産、家業を継いだりで引退する人が続出していたからね。

 彼らの申し出は渡りに船だったよ」



 ミランダ。

 俺と同郷の幼馴染み。

 同じ村から2人も勇者が出たときには盛大な騒ぎとなったが、先に有名になったのはこいつの方だった。


 何しろ——


「ミランダさんの権能は非常に優秀です。

 なにしろ、能力向上、成長促進ともに3倍なのですから。

 我らの才能を活用するのに相応しい勇者と言えます」


「あはは、その分固有権能はパッとしないけどね」


「いえいえ、そちらはルカの恩恵を受けているので問題ありません。

 むしろあるだけマシでしょう。

 ルカの権能など、この先我々に利することはないのですから」



 マージ、こいつ……!

 まさか、最初からこれを狙っていたのか!?



 最初から俺を切り離して、別の勇者に乗り換える目的で俺に付いて来たってのか!?

 俺の固有権能は才能の発見と開花。


 当然パーティから離れた後も恩恵を受けられるため、より強い権能の持ち主に乗り換えれば、言わば権能の二重取りが可能だ。


 そして、自分と同様優秀な能力を持ったメンバーとセットで売り込めば、より高く自分を売り込めると見込んで!



「てめえらっ……それでも人間か!

 今までの恩を忘れやがって!」


「ミランダ殿は自身も剣の達人で、前線で勇敢に戦われる方だ。

 命を張ってお守りするに値する」


「私が魔導を極めるためには、ミランダさんの協力が不可欠です。

 S級勇者として国賓級の地位を持つ彼女は王立魔導図書院にも顔が聞くので」


「ごめんね、ルカ。

 でもフェンリル達が安心して暮らせる世の中を作るためには、ミランダさんの進める自然保護活動を応援しなきゃって思ったんだ」


「ナハハ!すいませんな大将!

 ボクも嫁さんが3人いて、銭が必要なんですわ!

 その点ミランダさんなら大船に乗ったも同然!なんせ勇者ランキング10位のS級勇者様でっからな!

 動く金も段違いや!」


「てめえら……てめえら!

 忘れたのか!てめえらなんか、俺がいなきゃ今でも底辺だったんだぞ!

 犬みてえに捨てられて!這いつくばって泥水啜ってる人生だったんだ!

 誰が救ってやったと思ってるんだ!一丁前に人間みてえな口ききやがって!

 てめえらなんざ、黙って俺の言うこと聞いてりゃあいいんだよ!

 こんな売女に唆されやがって!」


「ナハハ!本音が出よったで!

 いつもは仲間だの家族だの、気前のいい事言うとるくせにな!ナハハ!

 みーんな、わかっとったで!大将の胸の内なんざ!

 わかった上で、利益があるからついてっとったんや!

 そんだら、もっと利益をくれる人が現れたっちゅうだけや!


 いいこと教えたるわ!

 この件は、国中の冒険者ギルドに筒抜けやで!今の発言も含めてな!

 大将が冒険者のことどう思っとるか、もうみんなにバレバレや!

 まあ……それは正直、どの勇者サマも似たようなもんやろけどな。


 ほんでな大将、この先あんた、どうなるやろな?

 この手口は、もうみんなに知れ渡ってもうた。

 最初はアンタに擦り寄ってくる奴もおるやろな。

 でも、そいつらもチカラを貰ったらはいサヨナラや。

 なんなら、最初から他の勇者の紐付きで潜り込んでくる冒険者も出てくるやろーね。


 大将、あんた一生自分の仲間なんて持たれへんで。

 近寄ってくる奴はみーんな裏切り者や!だーれも信じられへん!


 大将の権能は人類の為になるやろな!

 国中の勇者達が優秀なパーティを組んで、魔族討伐も捗るやろ!

 でも、大将はそのご相伴にあずかれへん。利益はぜーんぶ他の勇者のもんや。


 どや?

 どんな気持ちや?」


「どうして……」



 エランドの言葉に、脳を殴りつけられたような気分になる。



「どうして、そんなことをするんだ……。

 そこまで恨まれるようなことをしたか?

 俺の何が、そんなに悪かったっていうんだよ……!」


「ルカ……ごめんね。

 でも少しだけ。僕らの気持ちも考えてくれていれば、こんな事にはならなかったと思う。

 能力とか効率とかだけじゃなく、心や人間性に目を向けてくれていれば」


「私はそうは思いませんがね。

 結局は弱肉強食。貴方に勝ち切るだけの能力がなかったのが悪い。

 貴方は負け、私達は勝ち続ける。

 それだけのことです」


「お前を追い詰めることが本意ではないが、文句があるなら言葉ではなく行動で語って見せろ。

 俺たちを許せないというなら、今この場で受けて立つぞ」



 拳を固めて構えるルシードの前に、ミランダが割って入る。



「いいや、ルシード。

 ここは私がカタをつけよう。

 どちらがキミ達を率いるに相応しい勇者か、シンプルに決めようじゃないか。

 なあ、ルカ。キミもそれなら文句もあるまい?」


「……ふざけやがって!」



 こんな滅茶苦茶な理屈があるか。

 格闘技術でも権能補正でも、俺がミランダに勝てる訳がない。


 かつては妹同然に可愛がっていた相手だが、今や天下のS級勇者。

 基本的な勇者レベルや身体能力からして別次元だろう。



「ではいくぞっ!」



 瞬間、ミランダの姿が消失。

 と思った時には右拳が俺の顔面を打ち抜き。


 どんがらがっしゃん!


 俺は椅子やテーブルをまき散らしながら壁に激突した。



「くそったれが……」



 我ながら情けない呻き声を上げるのが精一杯。

 もはや身体の中で動く部分がない。


「決まりやな」


 エランドの声を合図に、わらわらと仲間だった連中が退出していく。


 1人、ミランダが静かに接近して、俺の顔を冷たいハンカチで拭った。



「やり直すんだ、ルカ……。


 権能の差で負けたなどと思ってくれるな。キミが見直さなければならないのは、もっと深い部分だ。

 小手先で、能書きで、表面的な態度で誤魔化す事をやめるんだ。


 魔族は、魔界は、そんなに甘い場所じゃない。ボクはそれを知っている。

 これまで通りの自分を持ち込んでいたら、きっとキミは死ぬぞ。

 そうなるくらいならば、今の地位を捨てて田舎に帰る方がまだマシというものだ。


 勝手な言い分だが、ボクはキミに生きていて欲しい」


「どの口が言ってやがる……このクソ女!」



 人のパーティメンバーを奪っておいて、都合の良いことを言いやがって!


 あいつらもあいつらだ!

 どいつもこいつも、手前勝手な熱を吹きながら、さも正論でございって態度を取りやがって。

 人生お終いの状況から救ってやった俺に対して、どのツラさげて上等こいてやがるんだ!



「クソだ……お前ら全員!」



 その言葉を最後に、俺は意識を失った。

 失神してなお、夢の中まで奴らの顔に苛まれる。



 やっぱ追放されるような奴って人間的に問題あるわ。俺も含めて。

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