5

 続けて何かが飛んで、次々とケルベロスの群れを撃った。

——助かった! きっとダービッドだ——

 飛び道具の攻撃ならそれ以外の可能性はない。

 ないはずなのだが、おかしなことに飛んできたのはどう見ても矢ではない。

 白い身体に当たって弾けているそのさまは、石礫か何かに見える。

——なんだ? スリングか何かか?——

 疑問が解ける間も無く、礫を追うように人影が飛んだ。

 朝陽を受けた剣が煌めいて、踊るように鮮やかに舞う。

 次から次へと流れるように、魔獣へと斬りつけていった。

 たちまち群れはパニックになり、俺とティファネはすっかり無視されたようになっていた。

——ハッ、見てる場合か!——

 見とれていた自分に喝を入れ、手近な一頭に向かって斬りかかる。

 強敵が現れたことで尻を見せている魔獣へと、狙い通りの確かな一撃。

 背後から突くならば、いちいち毛流れを気にする必要などない。

「片手でもッ!」

 一頭だけにこだわらず、隙のあるものへと片っ端から斬りつけていく。

 飛び込んできたオルテガではない、謎の剣士の邪魔にならぬよう、ただそれだけを意識する。

 突然現れた救い手の剣士は、圧倒的な強さで魔獣を斬り倒していく。

 オルテガのような一撃必殺ではない。

 先手をとって積極的に手数を出し、有利な状況を作り出してトドメを刺す、そんな戦いかたのようだ。

 俺も手近な敵を相手にしていたから、彼の動きその全部を見届けることはできない。

 それがひどく残念に思えた。

 ついさっきまで命の火が消えそうだった俺たちの前で、こうやって道を切り拓くのだと見せつけるかのように、敵を押し退けて進む剣士。

 ずっと防戦一方だった自分とはまったく違う積極的な戦いぶりに、素直に憧れを抱いた。


 終わってみれば、決着はあっという間であった。

 助けに入ってくれた剣士は一切の無駄のない動きのせいか、一滴の返り血も浴びていない。

 一方で自分の姿を振り返れば、ひどい姿だった。

 魔獣の血飛沫、左腕からの出血、飛び跳ねた泥……

 そんなだったから、なおさら朝陽を受ける剣士の姿は輝いて見えた。

 しばらくすると木立の方から赤いマントの女が現れ、剣士に声をかけて歩み寄っていく。

 彼らは仲間なのだろうか。

——さっきの礫は…… いや、女の細腕ではとても無理だ。ほかにも仲間がいるに違いない——

 仲間が出てきたことで、俺は剣士に声をかけるタイミングを失ったかたちになった。

 本当ならすぐに駆け寄って礼を言い、目の覚めるような鮮やかな戦いぶりについて質問攻めにしたいところであった。

 だが今は、ほかに大事な用がある。

——そうだ、ティファネたちは……——

 俺は竜の口のほう、その奥にいるであろう彼女へ声をかける。

「やったぞティファ! 勝ったんだ! 助かったぞ」と。

 だが、彼女は出てこない。

 まだ洞窟の中であろうか?

「なんだよ、見てなかったのかよ、せっかくの戦いぶりだったのに」

 ひとりで愚痴りながら、洞窟へと戻る。

 奥のほうまでは竜の上顎が邪魔になって陽が差し込まず、暗いまま。

「勝ったぞ! あの数相手に勝ったんだ!」

 呼びかけるもやはり反応はない。

——まさか、体調が?——

 目が暗闇に慣れてくると、うずくまる影を見つける。

「大丈夫か!」

 しかしティファネはうなだれて首を振るばかり。

 そして、「ダメだった……」と小さくこぼした。

 座り込んで膝に抱く、魔獣ケルベロスの子供はすでに息を引き取っていた。

「遅かったよな……、すまない」

 ティファネの落ち込む姿を見てしまったことで、ケルベロスを鮮やかに倒した剣士に興奮していたさっきまでの自分は、一瞬で消え去ってしまった。

 ティファネと俺の二人は助かったが、彼女の想いは叶わなかったのだ。

 ティファネに拾われた同士ではあるが、魔獣ケルベロスの子は助からず、しかし自分は今もこうして生きている。

 俺はなんともいえない気分になった。

 かける言葉はまったく思い浮かばず、しばし立ちすくんだあとで、「助けてもらったんだ、礼を言ってくるよ」と背を向けた。

——べつに居づらくて逃げるわけじゃない。すぐさま感謝を伝えねば、非礼にあたるからだ——

 踵を返し、表を見やる。

 洞窟の暗い影の下から、陽射しを受ける二人へと目をやる。

 落ち込むティファネのような暗さは、明るい場所にいる二人にはまったく無縁に思えた。

 なんとなくそんな二人に気後れしてしまう。

 足が止まり、洞窟の影から彼らを見ているうち、俺はふと、なにか腑に落ちないものを感じた。

——こいつら、いったい何者だ?——

 こんな森の奥で、俺はオルテガとティファネの親娘しか見たことがない。

 二人以外にやって来る仲間はいないようだった。

 女が石を投げたとは思えないし、特殊な道具を持っている様子もない。

 どうにも不自然だと思えた。

 ——どうやって石、いや、岩の塊を女の細腕でありながら、あれだけの威力で放てる?——

 そう考えれば、剣士のあの強さもだ。

 それだって怪しく思える。

 タイプこそ違うものの、果たしてオルテガとどちらが上であろうかと思うような戦いぶり。

 そんな者が、このなにもない森に、いったい何をしに来たのだろうか。

——……信用できるのか? この二人……——

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