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 幸いにして、自分はケルベロスの集団とティファネ、両者の間に割って入るように飛び込んだらしい。

 突然現れた新手の俺に警戒してか、これまでのところ、赤い瞳は遠巻きに唸るばかりだ。

 瞳の数からして、数は三頭。

 相手を蹴散らすような強さがあるなら、とうにオルテガの弟子になっているはずの俺だ、こちらから仕掛けることは実力的に難しいだろう。

 一頭もどうかというところへ来て、三頭。

 厳しい事態だ。

 いまは魔獣のほうがとまどって睨み合いになっている状況だが、果たしてそれがいつまで続くものか。

「ティファ、今日、弓は?」

「あるわけないでしょ」

「だよな」

 敵は多く、守らねばならぬ少女と子供の獣。

 おまけに相手は強く勝てそうもない。

 ならば必然、ここは戦いを避けるしかない。

 こうして考えているあいだ、少しずつ奴らはにじり寄ってきつつあった。

 唯一の頼るべきものである腰の剣に軽く触れ、いつでも抜けるように心構えだけはしておく。

——だが、その前に……——

「よく聞け! 魔獣ども!

 今から仲間を返してやる。こいつを連れて縄張りに帰ってくれ。

 さあティファ、そいつを下ろしてやれよ」

 ティファネは夜闇でも浮き上がって見えるほどに白い、魔獣の子供をその胸に抱えていた。

「いやよ、この子、帰りたがってないと思う」

「迎えに来たんだろ、じゃなきゃコイツらが縄張りを出る理由が?」

「それは……、わかんないけど。じゃあこの子はどうして出てきたのよ」

「知るかよ、迷子じゃないのか。それを迎えに来てこうなった、違うのか?」

「……」

「ティファ、離してやれよ。それで帰ってくれれば無事で済む。びっくりして一緒に逃げたからこうなったんじゃないのか?」

「それは……、でも……」

「他に方法があるのかよ」

「……」

 なかなか折れないティファネに焦れる。

 それから何度も繰り返して声をかけると、ようやく「わかった」とうしろから声がした。

 俺は半身になって警戒しつつ、ティファネたちを見る。

 彼女は膝を折り、そっと地面に下ろしてやった。

 すると子供の魔獣はティファネを見上げた。

「さ、帰りなさい。今度は迷子にならないでね」

 ティファネが別れの挨拶を告げ、あとは子供が群れに帰るのを待つのみだ。

 これでどうにかなる、少しホッとして息をついた。


 ……だが、子供はなかなか戻ろうとはしなかった。

 待つ時間がひどく長く感じる。

 ティファネは心残りを断つように立ち上がり、「さあ、あっちよ」と魔獣を指差してうながしてやる。

 すると子供の魔獣は仲間達のほうへと向きを変えた。

 これで一安心……、そう思うも束の間のこと、なぜか飛ぶようにティファネの股の下をくぐり抜け、後ろへと隠れてしまったのだ。

 思わず、「洒落ですまないぞ」と漏らしてしまった。

 気づけば唸り声はひときわ大きくなり、一気に空気が張り詰めたのが肌で感じられた。

 やむなく俺はケルベロスの方へ向き直り、剣を鞘走らせる。

「来るぞ! 身構えろティファネ」

 そうは言ったものの、正直どうするべきか決めかねていた。

 背中を見せてでも逃げるが最善に思えるが、それとて逃げ切れる保証はない。

 正面からぶつかり合うよりマシ、程度だろう。

 どうすべきか、なかなか思い切れずに決めかねていると、不気味な鳥の鳴き声が鋭く響く!

 それを合図にするかのように、赤い瞳が動き出した。

 飛び込もうとする獣を牽制すべく、わざと左右に大きく剣を振って牽制した。

「うしろには行かせないッ」

 最初の突撃を抑えはしたが、主導権は明らかにケルベロスたちの方にあった。

 噛み砕かんと代わる代わる飛び込んでくる奴らの攻撃を下がりながら剣で受けつつ、いなし、なんとか防ぐ。

 先頭に立つ二頭は入れ替わりつつ、鋭い牙を剥き出しにして休まずに俺へと向かってきていた。

 明らかな劣勢で、このままではどうにもならない。

 いちいち毛の流れなど気にしていられる余裕など欠片もない状況だ。

 一方的な守勢には限界がある。

 とにかく攻撃しなければ、すぐに行き詰まることは明白だった。

「ここッ!」

 白い獣が突っ込むにあわせ、鋭く剣を突き出す。

——前と同じく、瞳なら!——

「やめてッ」、と思わぬ声が響き、慌てて攻撃を捨ててサッと横に身を翻す。

 すぐさまティファネの身に危険が迫ったのかと振り向いた。

「この子の前で斬らないでッ、仲間なのよ!」

「馬鹿言うなッ、綺麗事じゃ切り抜けられないッ」

 ティファネの甘さに呆れ、貴重な攻撃の瞬間を逃してしまったことを後悔したその時……

 大きな隙ができていた。

——しまったッ——

 こちらが揉めていようとも、彼らにはなんら関係ないことだ。

 俺が気を逸らした隙に、一頭に横を抜けられてしまったのだ。

「ティファ!」

 すぐさま眼前の敵を捨て、俺は駆け出した。

 魔獣は飛びついて、ティファネを突き飛ばした。

——クソッ、間に合え!——

 精一杯腕を、剣を伸ばし、わずかでも早くとティファネの上へ身を投げ出す。

 命の恩人を守らねば、その一心だった。

 少女の上に覆いかぶさり、手足を踏ん張り打撃に備える。


 しかし、奴らの狙いは俺たちではなかった。

 痛烈な一撃を受けたのは俺たちではなく、魔獣の子供の方だった。

 鋭い爪による打撃、噛みつき、振り回し……

 いったい何が起きているのか、瞬時には理解できなかった。

 呆然としていたのは、どれくらいの時間だろうか?

「あぁ、なんでッ! 助けなきゃ」

 下から漏れるティファネの声に、バッと身を起こす。

 なぜだろうか、俺は声を上げて駆け出していた。

——こいつら、仲間探しにきたんじゃない。殺しにッ——

 「やるぞ、ティファ、いいな!」

 元々手加減する余裕など全くない相手なのだ。

 子供の魔獣を襲う一頭のケルベロスを、尻の側から思いきり斬りあげた。

「ギャィン!」という悲鳴がして、咥えて振り回されていた子供が噛みつきから解放されて宙に飛ぶ。

 俺は傷を負わせたケルベロスへと、滅茶苦茶に剣を振って追い討ちをかけた。

 しかし、すぐさま傷を負っていない残りの二頭が仲間の危機に駆けつけ、追撃は阻まれてしまった。

 切り替えて無傷の二頭を向こうに回して立ち回るが、やはり正面からは難しい。

 しょせん俺の腕程度では、不意をつかねば有効打など与えられないようだった。

——ティファはどうした——

 気になるも、そちらを見る余裕はまったくない。

 俺は対峙しつつ呼びかける。

「ティファ! 子犬はッ」

「怪我してるッ、手当てしなきゃ」

「……竜の口だッ! わかるな! あそこの洞窟に逃げ込め!」

 このあたりで手近な逃げ場として思いつくのは他にない。

「先に行け、あとから行く」

「わかったッ」

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