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「なるほどな、そうか……、フン。
……話はよーくわかった。
でだ、やっぱり教えられんな」
「そんなッ、話が違う!」
「違わねーよ。やめとけ、無理だ。
おまえが裁きの滝の刑を受けて流れ着いたのは、まあそうなんだろうよ。状況的に疑いはない。
それはいいとしてだ、生き別れの双子が突然現れて入れ替わられたなんて話、いったい誰が信じるんだ?」
「それはッ……
でも父が退位したその日に姉は殺されたんだッ、僕をかばって! 調べてもらえればすぐわかることです。そんなのは不自然でしょう!」
「それ、どうやって調べんだ? ここは王都じゃねぇぞ。俺に街へ出向いて聞いて回れってのか? そうすれば確かに真実かどうかわかるかもしれねえ。けどおまえの言う通りの真実なら、しょっ引かれて俺は二度とここへ帰ってこねぇだろうがな」
「それは……、信じて、もらうしか……」
「実際に調べたとしてだ。おまえの言うような宰相なら、そんな馬鹿をやらかすとはとても思えねぇな」
「……どういう意味ですか」
「王族の記録なんてのはな、嘘だらけだって言ってんだよ。
生まれた日に死んだ日。即位の日や記念日に式典日。あんなのはみんな出来事が本当にあった日じゃない。その日は縁起が悪い、この日に変えろなんて普通にあることだ。死んだのを何ヶ月、下手すりゃ年単位で隠しておくことだってままある。違うか?」
——そうだ…… たしか教えられたグランディールの歴史の中にも、皇太子の成長を待つために王の死を隠し続け、他国の侵攻を防いだという話があったはずだ——
「オルテガ、あなたはもしや王城に出仕していたのですね。そうでなければ——」
「——とにかくだ! 俺は教えてやらん。時間の無駄だ」
「これほどの秘密を打ち明けたのです。正統な王たる僕を助けてくれれば、恩賞も望むままにッ」
「恩賞だぁ? これだからお高く止まった奴らは嫌なんだよ。金でなんでもやらせられると思ってんのかよ。だったら俺も払ってやるぜ。おまえの立ち退き費用をな、ほれ、出てけ、金払うから。さあ、早く!」
オルテガは懐から金の入った革の包みをテーブルに投げ出しながら、早口でまくしあげた。
僕は自分の犯した間違いに気づき、「あ、いえ、すみません。僕が間違っていました」と早々に折れた。
「間違いも間違い、大間違いよ。やっぱりおまえが追い出されてよかったんじゃねぇのか。支配者として足りてねぇよ。全然駄目だ。
こんな森の中に住んでる奴に恩賞だと? 金品を欲しがってるように見えるか、この俺が。
つまりな、おまえには俺がまるで理解できてねぇってことの、なによりの証明だぜ、これは」
返す言葉もない。その通りだ。
金や名誉が欲しいなら人の集まる場所にいるはずだし、オルテガの剣の腕を持ってすれば、望めばそれはたやすく手に入ることだろう。
たしかに間違えはしたが、それでも僕は引き下がれない。
秘密を打ち明けた以上、空振りは許されぬ。
「僕は一度死んだ。でも、裁きの滝をくぐり抜けてキランとして、今も生きてる。けど、姉やダバンは死んだままだ。決して自分のためじゃない。彼らのためにッ、僕はやらなきゃならないんだ。あなたがケルベロスの首を刎ねたように、僕はド・フェランの首を刎ねなきゃならない!」
僕は立ち上がって頭を深々と下げた。
「お願いします!」
オルテガは口をつぐみ、長い沈黙が続いた。
「……おまえじゃ無理だ。首は落とせん。俺はな、特別なんだよ」
「特別、ですか……
僕だって建国王にして剣国王と呼ばれた開祖オーティスの血をひいてるんだ。
いつかはオルテガを超えて強くなってみせる!
そうでなければ想いは果たせない!
だからッ」
「超える、だと…… 簡単に言ってくれるじゃねぇか。
そうかい、だったらやってみろ。これくらい簡単だよな。これが無理なら終いだ」
オルテガから出されたお題。
それはまさに難題であった。
先日の白い魔獣、ケルベロス。
それと対峙し、その牙を抜いて持ち帰れというのだ。
牙をくれと言って、「はいそうですか」とくれる訳はない。
抜くとなれば、仕留めなければ絶対に無理だ。
「三人で狩っていた、あれを一人で……」
「できんだろ、ナイフ一本で戦ったじゃねえか。勇敢にもな。
いや、無謀な蛮勇だったかな?」
強烈な嫌味だった。ここ数日の意趣返し、か。
あのときトドメを刺したのはオルテガだ。
決して僕ではない。
死ぬ思いで赤く輝く瞳にナイフを突き立てたが、それとて偶然の要素が強い。
「その、確認ですが、まだ縄張りの外に追われたのがいるんですか」
「十中八九、いないな。狩り尽くしたはずだ。もう縄張り内に踏み込まねぇと難しいんじゃねぇのかな」
「……」
完全な拒否だった。
安易に縄張りへと踏み込めば、総力をあげ、群全体で僕を殺しに来るだろう。
——ここまで明確な拒否とは……——
とても無理だ。
ひとりで勝つところがまったく想像できない。
強くなりたい。
だがそのために、そもそも強くなければ倒すことのできない相手を倒せとは……
さすがに凹む。
やはりオルテガはどうあっても教える気はないということなのだろう。
長い沈黙のあと、僕は大きく息を吐いた。
彼の答えがそれならば、もうそれを受け入れるしかない。
結局無理に教わろうとしても、オルテガの方が強いのだ。
この森に隠れ住む男と僕のあいだには、縁がなかった。
そう思ってあきらめるしかない。
「……わかりました」
別の方法、あるいは別の師事できる誰かを探すしかないだろう。
ダービッドに弓を教えてもらうか、あるいはここを出て街でどうにかするか。
これ以上オルテガにこだわることは、時間の無駄だ。
「フン、ようやく理解したか。
ま、そういうことだからな。これでも倒れてたおまえを面倒見てやったんだ。悪く思うなよ」
「よかったじゃない、キラン」
「え?」「は?」と、オルテガと僕は同時にとまどいの声をあげた。
僕たち二人の視線が声の主、少女ティファネへと向く。
いつの間にか、部屋の壁に寄りかかるように立っていた。
話に夢中のあまり、全然気づかなかった。
——まずいな、どこから聞かれていた?——
「だってそうでしょ。
父さんとオルテガが協力して倒すような魔獣を、今日明日のうちになんて倒せるわけがないわよね、オルテガ」
「そりゃそうだ。俺やダービッドならひとりでもやってのけるがな、こんな弱っちぃ奴になんてできっこしない。逆立ちしても無理だ」
「あたしもそう思うね。間違いないよ」
「だろ! そう思うだろ。
わかってくれるか、ティファネは頭がいいなぁ。この馬鹿と違って」
「だからさね、オルテガはキランのことを長い目で見てくれてるんだってわかったのさ」
「は? こいつを、長い目で?」
「はじめから無理な試験なんてださないでしょ、オルテガはさ。そんな頭のおかしな人じゃないって、あたしは知ってるよ」
「あ、いや…… それはだな——」
「——だからオルテガ大好き。なんだかんだ言っても優しいから。
口ではあれこれ言ってもキランの面倒を見てくれたし、絶対いまは越えられない課題を出すことで、遠回しに『まだここに居ろ。やるべきことがある』って、そう言ってくれてるんだよね。
照れ屋なんだから」
「そう、なんですか?」
明らかに違う。そんな雰囲気は欠片さえもなかったのだ。
オルテガの拒絶はわかりきったこと。
でも、今はティファネに乗るしかない。僕にはそれ以外の手は無かった。
「そうとは知らずに、僕は……」と、期待を込めてオルテガを見る。
オルテガは子供たちに見つめられて居心地が悪くなったか、ぷいっと顔を背けた。
「あーもう勝手にしろ!
ただし居ていいだけだ。約束は約束。牙を取ってくるまで俺は一切教えないぞ。それでいいな」
瞬間、「やったね!」と叫んで飛びついてきたティファネに、僕は押し倒された。
こうして僕は、正式にオルテガの元に腰を落ち着けることになったのだった。
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