2
当初の予想に反して、楽観論はすぐに打ち砕かれた。
意外な展開。
オルテガは僕の狙いに気がついたのか、それとも機嫌が悪いからなのか、僕と一切喋らないようにしているらしかった。
とうとう一日目が終わり、同じことが次の日も続いた。
そして三日目の早朝、大きな変化があった。
先に音を上げたのは、僕の方。起き上がれなくなったのだ。
気持ちはあっても筋肉がいうことをきいてくれない。
うんうんと唸りながら、ベッドの上で動かぬ身体と激しく戦っているところへ、久しぶりにティファネがやってきた。
狩りに出た日以来のティファネは、食材らしき包みを抱えていた。
「ずいぶん困らせてるじゃないか。『起きてこないからせいせいする』ってオルテガが言ってたよ」
僕はティファネが相手なら見栄を張る必要もないと思い、天井を見たままで無理をせず、「ずいぶん早いな。どうしたんだい」と尋ねた。
「父さんね、街に出かけたの。こないだの牙とか毛皮を売りにね。だから今日からここで世話になろうと思ったんだけど、どうやらあたしが世話しなきゃなんないみたいね」
「べつに必要ないって。オルテガの面倒は頼みたいけど」
「あーそう。じゃあ朝ごはんもいらないのね」
「いい。食欲ない」
「だらしない。ただ疲れただけでしょ。食べればすぐに力が戻るって」
「いいって、大丈夫」
ティファネに甘えるところをオルテガには見られたくない。
起きられないだけでも大失態なのに、世話焼きまでされては情けなさすぎる。
「やせ我慢はかわいくないわよ」
「男がかわいくて、誰が喜ぶかよ、気持ち悪い。とっとと出てけよ」
「そ、じゃあ行くけど。あとで後悔しないでね」
僕は残された力を振り絞って、枕を引っつかむと放り投げた。
力無くふわっと飛んだ枕がティファネに届くより早くドアが閉まり、枕はむなしく床に落ちた。
「くそッ!」
吐き捨てて寝ようとするが頭の位置が落ち着かず、さっそく枕を投げたことを後悔する羽目になった。
結局その日は一日中寝て暮らすことになった。
トイレに行く以外は、ベッドの上の住人。
まるで病人だった。
じゃあ食事は一切とらなかったのか?
いや、それについては……
結局ティファネの世話になった。
食べたくなくてもトイレに行こうと扉を開けると、すぐそこにトレーが置かれているのだ。
だから、仕方ない。
そう、あくまでも捨てるに忍びなく、仕方ないので食べただけだ。
一日オルテガとは顔を合わせず、とにかく休んだ。
そのせいあってか、翌日の朝にはスッキリと目覚めることができた。
むしろ身体に羽が生えたかと錯覚するほど身軽だ。
わずかに真似しただけではあったが、昨日の疲れはともかく、一定の効果があったようだった。
「よし!」
そしてまた決意も新たに、朝一からオルテガを追いかけ回した。
なにせ今度はティファネが来ている。
合間で雑用をしようと思っても、先に「だって暇だから」と彼女が済ませてしまう。
おかげでずっと朝から付きっきりだ。
オルテガの眉間に皺を寄せるクセさえも、真似できるようになった気がする。
「おまえいい加減にしろ!」
ついに声を荒げたのは、その日の夕方のことだった。
家の中ではあるが、ちょうどティファネは夕食の支度で外している。
昨日は食卓につけなかったものの、今日は僕が起きたからか、少しこだわったものを作ると言って厨房にこもっている。
オルテガと僕はテーブルにつき、向かい合って互いに正面を見ていた。
さすがに『おまえいい加減にしろ!』という物言いを真似するわけにはいかないから、「……なにがですか?」と、ここはとぼける。
「俺の真似ばかりしやがって、なんなんだいったい」
「いいんですか? 同じ話になりますよ」
「ったく、おまえのは頼み事じゃなく、ただの嫌がらせなんだよ、この馬鹿が」
「だからですよ。馬鹿だから馬鹿なりに考えたんです。教えてもらえないなら近づく努力をしようって」
「だからそれが嫌がらせだってんだ。家主に嫌がらせする居候がどこの世界にいるかッ」
「じゃあ教えてください。そうすれば今後一切真似はしません」
「言っただろ。俺は教えない。今までだって誰も教えたことなんかねぇんだよ」
「お願いします!」と僕はテーブルに額をつけて頼み込んだ。
ここでどうにかしなければ、きっともうチャンスはない。
「……力が欲しいんです。僕は強くなりたいッ」
「ケッ、馬鹿馬鹿しい。そんなもんでは誰も幸せにはなれねぇよ、やめとけ」
「自分の幸せ? そんなものは求めてません。
……むしろ不幸を与えてやりたい。それだけです」
「……おまえ訳ありなんだろ。ちょうどいい、話してみろ。それによっては考えてやらんこともない」
「考えるだけでは話せません。それに、これを聞いたらあなたは命を失うことになるかもしれない」
「フン、脅しか?
ふかすなよ。そんなんで死ぬような俺だったら、そもそもおまえは学ぼうとする相手を間違えてるってことだ。だいたい秘密の一つや二つで尻尾巻くような男に見えるか、俺が」
「いえ、ぜんぜん見えません」
「おっ、おう。おまえも意外と言うな。
まあいい、話せよ」
そして僕は、自分が抱える秘密を打ち明けた。
川に流れ着き、ティファネに拾われるまでのいきさつを……
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