弟子入り志願

1

「僕に、剣を教えてください」


 魔獣狩りの翌朝、朝飯で向き合うオルテガに僕は頼み込む。

「剣を教えろだぁ? 俺の言いつけを破って、剣を放り出してたくせにか?

 駄目だな。ダービッドにでも頼んで弓を教えてもらえ。そうすればティファと一緒に遊んでられるぞ」

「……真面目な話なんです。剣を学びたい。僕の振るった剣ではケルベロスを斬れなかった。斬るどころかろくに傷もつかない。なのになぜオルテガはケルベロスの太い首を、あんな簡単に——」

「——簡単じゃねえよ。ちょっとやったくらいで真似できるかよ」

「僕にも多少の経験はあります。だから——」

「——僕にもすぐできますってか? 甘いんだよッ、そんな考えならやめとけ」

「それでもッ、僕はあなたのようになりたい、いや、ならなきゃいけないんだ」

 じっとオルテガの目を見て言い放つ。

 剣ではかなわない。

 もちろん単純な力でも。

 だが、この説得だけは成功させねばならない。

 きっとここへ流れ着いたも、僕の運命。

 だったらそれを活かさなければ駄目だ。

「いい加減にしろ。いい女に見つめられるならともかく、ガキに見つめられてもぞっとしないな。メシが不味くなるぜ」

「駄目ですか」

「駄目だな」

「あきらめませんよ」

「そうかい、そりゃ気が合うじゃねえの。あいにくだが俺も自分の答えをあきらめる気はねぇな」

「だったら気が変わるまで粘ります」

「粘る? 坊やにゃ無理だな」

「わかりました。今日はこの話はしません」

「おう、明日も明後日もやめてくれい」

 僕はそれに答えなかった。


 僕から頼み込むような話はしない。

 だったら別の方法を取ればいいのだ。

 いつも朝の食卓には、ティファネはいない。

 だから食べる物も決まっているし、夜と違ってオルテガが酒を飲んだりすることもなかった。

——できることからやればいい——

 そこから僕は、とにかく徹底することに決めた。

 何を?

 そう、オルテガの真似をすることにしたのだ。

 スープをすすれば同じようにスープを。

 パンを千切れば僕も千切って追うように口に入れていく。

 眉根を寄せたオルテガは、椅子から腰を浮かせて止め、座り直す。

 当然のように僕はその動きも追いかけて真似る。

 その様子を見てか、オルテガは口を開きかけた。

 が、いっても無駄だとあきらめたか、眉間に皺を寄せたまま無言で食事を終えた。

 同じように食事を終えると、そこから僕はできるかぎり急いだ。

 食後の片付けは僕の仕事だったからだ。

 そのあいだはどうしたって真似はできない。

 逃げられないように、素早く、かといって手抜きにならないようにしっかりやる必要がある。

 とにかく急いで片付けを済ますと、僕は庭へと向かった。

 食後の時間に身体を動かすのは、オルテガの日課なのだ。

——さすがに目の前で真似をされたら、怒るか?——

 そう警戒した僕は、視界に入らぬように斜めうしろから観察しつつ、同様に真似していく。

 はじめのうちは負荷をかける運動にも難なくついていけたが、だんだんとしんどくなってきた。

 日々同じことを繰り返して鍛え、つくり上げられたオルテガの身体だ。

 その全てをいきなり真似することは難しい。

 遅れがではじめ、同じ回数の負荷をかける前に次の動作へとオルテガはうつってしまう。

 遅れれば遅れるほど、休む時間も失われていく。

 途中からは回数をかなり妥協して追いかけたが、腕も足もすっかりパンパンになってしまった。

 いきなりもうその場でぶっ倒れて休みたい。

 だがそうもいかない。

 真似をはじめて半日も経たぬうちにやめてしまっては、笑い話にもならない。

『それみたことか、だから駄目だと言ったんだ』とでも言われ、かえって逆効果だろう。

 たとえついていけないにしても、オルテガが動いているうちは意地でも休めなかった。

——せめてオルテガが怒り出すまでは、耐えるんだ——

 そうしてその後もなんとかできる限りのことはした。

 剣を振るなら、棒を振る(昨日の借り物の剣は返したから、自分の剣はない)。

 昼飯は昼飯で、朝と同様に目の前で真似をした。

 建物脇の菜園をいじるのはさすがに真似できないので、そのあいだを使って言いつけられている雑用、洗濯や掃除をこなした。

 このときが一番しんどかった。

 なにせオルテガの目がまったくない時間だからだ。

 まだ彼を盗み見て真似をしたり、目の前で食べながら動作を追いかけている方がましだった。 

 張り合いもあるし、僕の意地もある。

 オルテガが嫌そうにしているのを見るのも、どこか面白くもあった。

 でもひとりきりでの作業には、そういう刺激は一切ない。

 ただ朝からの疲れでしんどく、身体はひたすら休みを欲する。

 重い身体や眠気との戦いとは、ひどくきついものだった。

 そうこうしているうち、いつしか夕方になっていた。

 正直、オルテガは気の短いほうだ。

 だからすぐに怒り出すのではないかと思っていた。

——怒らせれば、うまく口でどうにか丸め込める。あるいは向こうから折れてくることだって、あるかもしれない——

 それが僕の作戦だった。

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