14

 槍を手にし、先ほど止めを刺さなかった賊の元へと向かう。

 膝立ちで肩の傷口を手で押さえるも、血が止まらないようだった。

 僕は足を止めることなく近づくと、槍を無造作に突き出し、首を貫いた。

 どうせ乱戦だ、これで僕をかばうという命令違反の目撃者はいない事になる。

 ディアドラに守られたことに、僕は僕なりに応えた。

 『余計なことだ』とそれを拒むなら、それでもいい。

 それも彼女の生き方だ。

 首に突き刺さったままの槍を捨て、賊の剣をかわりに拾う。

 すると主人を失って歩く馬が近くに流れてきた。

 僕はそれを捕まえて飛び乗る。

 馬ならさんざ乗り回してきたんだ、多少の自信はある。

 馬首をめぐらし、方向を定める。

 行くべき場所はひとつしかなかった。

 それは決して逃げることではない。

 決意を持って、馬の腹を蹴る。

 走り出した馬を操り、乱戦を縫うように避け、横たわる死体をいくつも飛び越えた。

「来たな、坊主! 殺すには惜しい女だったが、ちゃんと殺してきたかよ」

 僕は言葉のかわりに、満面の笑みで返す。

「オレについてきな! おまえはまだ若い。見所があるからな、俺の後継者に育ててやんよ」

 叫ぶように話しながら、手近の兵を斬り捨ててこちらへ向かって来る。

 それに応えるように、僕は左手を伸ばす。

 ボスは馬上から差し出された僕の手に、自分の腕を伸ばした。

 無防備なその腕へと、ためらいなく右腕を振り下ろす。

 一瞬の放心のあと、ボスは自分になにが起こったのかにようやく気づいた。

 そうだ、ボスの手首から先は僕に断ち斬られ、消えて無くなっていたのだ。

 賊の大頭目であろうとも、襲う痛みに無力なのは同じなのだろう。

 さっきの手下の賊と同じように、傷を押さえ血を止めようと、必死に無駄なことをしている。

「もう逃げられやしないんだよ、あんたは。僕らはやるべきことをやるべきだ、互いにね。

 あなたには大罪がある。それならそれを償うべきだ」

「うッ裏切ったな!」

「勝手に仲間にしないでくれよ」

「よくもだましやがって! このクソガキが!」

「あんたの言葉を借りれば、そうなったのも自分のせいなんだよな。

 人の不幸の上でさんざ楽しんだおまえに言えたことかよ。覚悟があるんじゃなかったのかい」

 笑う僕を見上げてにらみつけてくる。

 動きの止まったボスへと、すかさず左右から兵が取り押さえに飛びかかった。

 あえなく地面に組み伏せられてしまう。

 それでもさすがと言うべきか、僕を憎しみの目で見上げながら叫ぶ。

「クソが! 死ぬか生きるかのギリギリの場面で、偽善ぶってなんの意味がある! このまま処刑されろってのか? テメェは大人しく死ぬのか! いいか、生きてなきゃ意味なんかねえんだぞ」

 ボスを取り押さえたのを見て、別の兵士が次はおまえだと、僕へ向かってきた。

 馬を操って難なくそれを交わす。

「言われなくても生きるさ!

 そのうえで……、そのうえで生きる意味は僕が選ぶ!」

「そんなことができるもんか! できるわけがねえ」

 遠くから「兄貴!」と叫ぶ声がした。

 あの弟分の声だ。

 こちらへと救出に向かおうとしているようだが、複数の兵士が行手を阻んでいた。

 馬上から見るに、状況は役人側が優勢になりつつあった。

 ボスが確保された今、賊は撤退か玉砕か、二つに一つになるだろう。

——傑物はボスだけだ。いなくなってしまえば勝負はついた——

 ディアドラに恩を返し、悪党の誘いを拒んで非道を重ね続けてきたボスの逃走を阻止した。

 今やるべきことはすべてやり遂げたと思う。

 もう他人のことはいい。

 自分の無実を証明してみせよう。

——そうだ、いつか返り咲いたその日には、ディアドラ以外の役人どもも、全員突き落としてやる——

 僕は馬を走らせた。

 賊も兵もいない場所を見つけ、そこへ向かって駆ける。

 途中斬りつけられもしたが、紙一重で交わしていく。

 僕は今までにないほど興奮していた。

 初めて人を手にかけたからだろうか。

 ボスを出し抜いてやったからだろうか。

 ディアドラのせいかもしれない。

 不思議なことに、どこからか自信が無限に湧いてくる。

 怯えていた自分はもうどこにもいなかった。


 僕は馬上から宙に飛んだ。

 石橋の柵を飛び越え、激しく暴れる濁流へと飛ぶ。

 裁きの滝の伝説を信じて……

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