11
それは川のゴミによるものではない。
舞台の上に残っていた兵士による投石だった。
投げつけられたうちの数個が直撃しても、つながれたままの男に動く気配はない。
「切断!」と号令がかかり、柱の縄が切られる。
するとすでに死んだと思われる男の亡骸は、力なく裁きの滝の方へと流されていった。
濁流に浮かぶ枝葉や虫の死骸と同じように……
どうやらまだ生きているかどうかを確認するため、石を投げつけたらしかった。
僕はこれから自分の身に起こるかもしれぬことを見せつけられ、震えるしかできない。
滝流しの刑とは、すでに形だけのものになっていたのだ。
濁流の中で手の自由を奪い、死ぬまで繋ぎ止めておく。
流すのはあくまでも死体だけ。
死んだ者を流すのだ、裁きの滝で裁くまでもなく、そこには死以外の何もない。
「副官! いまのでいくつだ?」
「ハッ、八〇であります」
「チッ、根性無しめがッ。よし、最初の賭けは一〇〇数えるまで耐えられるかどうかとする。俺は耐えるに賭けるぞッ」
「……まさかテメエらッ、生き死にを賭けにしてやがんのか!」
ボスは髪を逆立てて激昂し、叫んだ。
すると縄を持たぬ兵士が駆け寄るなり、強かに殴りつけた。
さらに二発、三発と続けて叩き込みながら、
「だったらどうだってんだッ! おまえらも散々殺して盗んで、犯して楽しんだんだろうがッ。最後くらいは俺たちを楽しませんだよッ」と説教をぶった。
暴力がやんだあと、ボスは顔を上げて殴った兵士をにらみ、血まみれの唾を吐き出す。
罪人たちが口々に兄貴と叫び、不穏な空気が高まるのを感じた。
「兄貴ッ!」
「大丈夫だ。俺たちゃ泣く子も黙る悪党よ。これくらいのことでッ、ペッ、いちいちビビるんじゃねえやい」
「けど」
「おめぇら、俺様の言うことが聞けねえのか?」
「いやッ、そんなことは……」
「だったら待ちな。おめえらも俺の子分なら、いちいち動揺すんない」
「豚どもがッ、ようやく静まったか。そこの少年を見習わんか! すでに運命を受け入れ、このぐらいでは騒ぎもせんぞ」
急に長官は僕を持ち上げるように言ったが、もちろんそんな聞き分けがいいはずもない。
たんに動けなかっただけだ、あまりの展開についていけずに……
——僕は何も知らなかったんだな……——
末端の役人や悪党どもと知り合う機会など、王族にはない。
自分の常識とかけ離れた世界のやりとりに、場違いな自分を感じていた。
ようやく冷静さを取り戻してくると、今度は腹の奥のほうに湧き上がるような熱さを感じる。
それは自分の無知に対する怒りだった。
被害者や遺族が復讐のためにやるならば、まあ、それもよかろう。
だがなんの被害も受けていない役人が、処刑にかこつけて賭けを楽しむという非道。
そんなことが許される道理などあろうか。
——人の死で賭け事など、ふざけているッ——
僕にはもう、役人と罪人の区別がわからなくなってきた。
ふと気づけば、隣の女の様子が途中からおかしくなったことにも得心がいった。
ディアドラは刑が執行される直前からは、ずっと目を合わせず、下を向いたままだった。
何が起こるのかをを知っていたからなのだろう。
目の前でおこなわれていることのすべてが、とてもではないが地母神の教義に従った行為とは思えない。
あり得ない行動のはずだ。
そもそも処刑さえも教義に許されているかも怪しいのに、この役人どもの残酷な振る舞い……
これをどう考えているのか、なぜ黙認しているのか、それを問うてみたい気もしたが、さすがに言葉にはできなかった。
答えようもないであろうそれをディアドラに尋ねることは残酷で、役人の側が罪人に行ったことと同じに思えたのだ。
だから僕は自分のすべきことだけを考えることにした。
——必ず起こる騒ぎを利用し逃げる。ディアドラなど捨て置け。どうせ分かり合えぬ——
「見るからに奴は根性がありそうだ、俺は一〇〇超えに賭けるね」
「馬鹿言え。ああいう一見潔い奴ってのは、もうあきらめてんだ。そんな奴が一〇〇も耐えられるかよ」
そんな風に役人どもが自分がどちらに賭けるか立場を明らかにし、それを担当が書き留めていった。
次が始まる。
二人目の男は一切兵の手を借りることはなかった。
だがそれは落ち着いて冷静ということではなく、仲間をいたぶられたことへの強い怒りであった。
二人目は自分から舞台にのぼり、柱の前まで進み出、空を睨んだ。
兵の呼びかけや「遺言は?」との問いにも、視線を向けることさえない。
チラと横を見れば、ボスの唇の端から、赤い血が流れ落ちていた。
二人目の男と同じく、激しい怒りの中にいるのだろう。
しかしそれでも、まだボスに動く気配はなかった。
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