10
——そこまで考えているなら、兵士を抱き込んでつなぎをつけている可能性すらある。自分で突破口を開かなくても、うまく立ち回れるかもしれない……——
「坊主、何がおかしい?」
希望を見つけた喜びが、知らずのうちに表情に出てしまっていたらしい。
慌てて顔を伏せ、「エッ、いや、何もないですよ」と誤魔化す。
「……本当か? まあいい。変な気は起こすなよ。どうせ短い人生なんだからよ」
『変な気を起こすなよ』
それは答え合わせも同じだった。
『予定外の行動をとるな、計算が狂う』、と僕へ釘を刺したに違いない。
素直にそれに従い、身体を休め、僕は待った。
『あれは炊事の煙じゃない、合図の狼煙だ』
そう判断したものの、待てど暮らせど何かが始まる気配はない。
始まるどころか全ての設営作業が終わり、罪人たちにも召集がかかってしまった。
ボスと弟分の二人に、焦る様子はない。
それを見て落ち着こうとするが、なかなかそうもいかない。
腹のあたりがジリジリとして何とも言えない嫌な感じだった。
演説好きの長官ができあがったばかりのステージ上に立ち、『おまえらのためにわざわざ作ってやったんだ』というようなことを長々と喋っていた。
もしかするとこの長い演説や設営も、事を起こすための時間稼ぎのようにも思えた。
僕に真相がわかるはずもないが。
長い話もようやく終わるようだった。
「さて、舞台はここに整った。これからいままでの経路を、逆に流れてもらうことになる」
「なんでぇ、やっぱり流れんじゃねえか」とボス。
「フフッ、まあ正解はすぐにわかるさ。
では、これより刑をとり行う!」
次いで処刑の順番が発表された。
僕は最後だ。
その前がボスで、さらに前が弟分であった。
ここまできたら、もうタイミングはここしかないだろう。
——処刑が始まる寸前に、賊と握っている兵が反乱を起こすはずだ——
僕はディアドラを見る。
刑場に着いたときから、ずっとうつむきがちな彼女を。
すると目が合った。
彼女は僕が不安に怯えていると思ったのか、僕の肩にそっと触れてきた。
だが僕はその時、——いざとなったら、この女と戦えるのか?——と考えていた……
ところが、である。
「最後に、遺言を聞こう」
「死にたくねえ、やめてくれッ。なあ、ボス! 助けてくれよ、どうにかなんねえのかよ」
一人目の男は必死に抵抗した。
自分の足で向かう事を拒否してさんざわめき散らし、抵抗し続けた。
途中で見かねたボスが、「うろたえんじゃねえ!」と叱責するも、ぜんぜん収まらない始末。
ついには兵たちに暴行を受け、地面に押し倒された。
それでもなお立って歩くことを拒否したから、両足を引っ張られて無理やり引きづられていったのだ。
石畳の上を引きずられるのだから、皮膚が削れて相当痛いはず。
それでも立とうとしなかったのだから、ある意味ではすごい男であった。
最終的には両手両足に一人づつの四人がかりで持ち上げられ、舞台にあげられた。
——もうこのまま『せえの』で放り出されるのだろう——そう思った。
だがもう一人の兵士が舞台にあがり、苦労して建てた柱を抱えるように何かをやっていた。
ほどなくして何かしていた男が腕をあげ、合図する。
すると長官はそれを見てうなずき、「やれ!」と号令した。
「いち、にの、さん!」
ついに男が濁流の中へと投げ出された。
この激しい流れだ、あっという間に滝まで着いて見えなくなってしまうはずであった。
「縄がつながったままだ! あれじゃ流れないぞ!」
ピンと張った縄が、男と柱を繋いでいた。
そのせいで男は流れに身を任せることができず、水中に沈み、浮かんでは顎を突き出すように大きく口を開けて息をし、また引きずり込まれてを繰り返していた。
激しい流れの中で渦に飲まれそうな木の葉のように翻弄されている仲間を見て、罪人たちは絶句していた。
しかし我に返ったものから非難の怒号があがった。
「さてしばらくは見物だ。こいつが基準になる。よく見とけ、おまえら!」
「やいッ、これは…どういうことだ!」
ボスの問いに、長官はちょび髭を撫でつつ、にやけ顔で言う。
「どうせ死ぬんだ。俺たちを楽しませてから死んでもらう。それだけよ」
誰からともなく、「あれを見ろ」と叫び声が。
激流の中で回転しながら、大きな枝がかなりのスピードで翻弄され続ける男に迫っていた。
濁流の中で男は水面に浮かんだわずかな隙で息をするのに精一杯で、迫る危機に気づいていない。
「避けろ!」とか「危ない」という声が石橋の上で響くが届くはずもなく、届いたところで自由のない男には対処のしようもない。
息を呑んだ次の瞬間、回って勢いのついた枝が頭を打った。
打撃によって水中に叩き込まれ、しばらくして水面に上がった男の頭部は、生きようと、息をしようと、そういう動きを完全に失っていた。
——死んだ、のか?——
目の前の事態に茫然として死んだと思われる男をただ眺めていると、動かぬ頭部へと、何かがぶつかった。
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