2

 一段高いところに、さっき演説をぶったちょび髭の役人がいる。

 そのかたわらにもひとり、副官だろう男がいた。

 それから横並びの列に並ぶ罪人たちに目をやると、それぞれの罪人にひとりずつ、腰縄を持つものうしろに控えている。

 僕のとなりはボスと呼ばれる男だ。

 そのとなりには……

 なんと、腰縄を持つ者が五人もついていた。

 さもあらん、という身長と筋肉だ。

 ここにいる誰よりも大きい。

「そうか……、わかったぞ」

「ボス、何がですかい?」

「兄貴、何がわかったんで?」

「このガキ、反逆者の子供だな? どうだ、長官どの。俺の推測、当たりだろう?」

「いちいち罪人の質問には答えない」

「答えんということは、正解ということだな?」

「それについても——」

「——ああ、長官どのはもういい。職務でしゃべれないなら、無理に聞いてもかわいそうだしな」

 ボスはあっさり長官との話を打ち切ると、こちらを見下ろしてきた。

「人質か? それとも連座させられんのか?

 なんの罪もないのに死ぬ気分ってのは、どんな気分よ? ええ、坊主」

 僕の観察は、ボスの声かけで中断されてしまった。

——誰がこんなとこで死ぬものかッ。僕はおまえらとは背負ってるものが違うんだ——

 しかしいちいち感情的に反応して、僕に警戒を集めることは避けたかった。

「……どんな気分か、ですか?

 もう…暗いのも、縛られるのも、叩かれるのも、もう嫌なんです。早く楽になりたいだけで……」

「おいおい、子供をいたぶって楽しむ看守がいるってのは、感心しねぇな」

「ひでぇ役人がいるもんだ」

「そんなはずはない! 貴様! 適当を言うとッ」

「ごめんなさい! 謝ります。だから、もう叩かないで!」

 僕は長官の叱責に即座に反応し、その場にしゃがみこんだ。

 そして言葉とは裏腹に、心の中で舌を出す。

 あたりになんとも言えない空気が漂いだしていた。

 僕の世話をしていたのは牢屋番ひとりだけで、この場の全員が僕にとってはじめて会う男たちだ。

 牢屋番と僕のあいだにトラブルがあったこと。

 それはおそらく知っているだろう。

 彼は消されたのだから。

 それは知っていても『何があったのか?』という具体的な真実までは、誰も知らないだろう。

 もとより明かせぬ秘密なのだ。

 だから僕の下手な演技とはいえ、痛ぶられた被害者の振りが本当かウソかは判断がつかないはず。

 処刑を控えた僕には後が無い。

 なりふり構ってはいられなかった。

「これじゃあ、あべこべだぜ。向こう側とこっち側。どっちが罪人かわからねえな」

 ボスがそう言うと、罪人の男たちはいっせいに笑った。

「ええいッ、くだらんことに、付き合ってはおれん。

 もう出発するぞ! おまえら用意だ! はやくしろ!」

 長官はこの場をまとめることは面倒だとあきらめたのか、先へ進めようと指示を飛ばす。

 指示を出された兵士たちは、互いに顔を見合わせることをやめ、下された命令に従う。


「立てるかい?」

 澄んだ声が、うしろから聞こえてきた。

 およそこの場に不釣り合いな透き通る響き。

 悪党の酒焼けしたようなダミ声や、嫌味ったらしい長官の声とも違う。

 その声の主は、僕の腰縄を持つ兵士だった。

 その兵士は年若く、僕といくつか違う程度だろうか。

 十代後半と思わせた。

 おそらくこの場で、僕の次に若いのではないか。

 おまけにその声は女性のものだった。

 日焼けこそしているが、整った顔立ちでまゆは濃く、切れ長の目をしていた。

 美しいというよりも整いすぎていて、意志の強い、きかなそうな顔だ。

 女性の兵士は、罪人を疑うことを知らないのか、僕が子供だと安心しきっているのか……

「さあ」と声をかけると、背中を包み込み抱えるように助けおこす。

 湿った息が首筋にかかり、ザワッとした。

 わずかに年上の女性と近い距離になるのが嫌で、僕は顔を背ける。

 ——フォウラ姉さん……——

 彼女から顔を背けたまま、「助かります」と僕が言うと、彼女は僕の足についた泥まで丁寧にその手で払うことまでしてくれる。

「ディアドラだ。短いあいだだが、よろしく」

 フォウラ姉さんを思い出させる女性兵士であったことに嫌悪感を抱いたが、虐待をにおわせたあの下手な芝居でも、十分に同情を引くような効果があったのかもしれない。

 ディアドラと名乗った女兵士の優しさを受けながら、僕は気持ちとは裏腹に担当が女である事実にだけは感謝した。

 肩幅はまわりの兵の半分程度。

 さっき近づいたときの感覚では、女性を意識させる胸以外は体の厚みもない。

 屈強な肉体で経験豊富。罪人に不用意に近づいたりなど決してしない……

 そんなわきまえた兵士ならば、どう足掻いても逃げることなど難しい。

 そう考えれば、僕にとって理想的な配役に思えた。

「君が安らかな死を迎えられるよう、ここから処刑台までサポートさせてもらう」

「……安らかな死、ですか?

 これから殺されるのに、そんなものがあると? あなたはそれ、本気で言っていますか?」

「わたしはそう信じている。子供の君が処刑されることなど、本来あってはならないことかもしれない。

 けれどそれが避けられないなら、私にできることはただひとつ。君が神のもとへと辿り着けるよう、神の導きに従うのみだ」

 たった今抱き起こし、泥を払ってくれた。

 そんな甘すぎる優しさも、あっという間に裏返しだ。

 黒い神か?

 悪魔の使者か?

 僕にはディアドラと名乗る女のすべてが、まがい物にしか思えなくなった。

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