悪党どもと役人と
1
「よし、これで全員か?」
「はっ! 今日は七人の予定ですので全員そろいました!」
責任者らしい男は笑みを浮かべながら、乗馬用のムチをしごいていた。
あまりいい感じのしない男だった。
「待たせたな、おまえら。ようやく貴様らのお待ちかね、滝流しの刑をとり行う段取りが、今日ここに整った。どうだ、嬉しかろう?」
宰相オーギュスト・ド・フェランが地下を訪れた、その翌日。
僕はついに牢から出され、久しぶりに地上へと戻った。
外の世界は、まるで希望の光に満ちているようにまぶしくて目を細めて僕は……
いや、もちろんそんなことはない。
まぶしかったのは、たんに暗い穴倉から明るい地上へと引っ張り出されたから、それだけだ。
外は霧のような雨で白く煙っている。
処刑のためでに引き出された僕には自由はなく、繋がれた家畜のよう。
さきほどから一段高い所に立つ男が、妙に抑揚をつけて熱の入った演説をしている。
一方で一段低い場所に立つ者たちはしらけていた。
これから処刑される縛られた者はもちろんのこと、兵士達まで口元をときおり押さえ、あくびを噛み殺しているような者もいる始末だった。
中身のない長すぎる話など誰も聞いていない。
これから処刑される者に御高説をぶっても、その意味はない。
だが、演説する本人にとってだけは、自分に酔える最高の時間なのかもしれなかった。
同時に『自分は頭が悪い人間です』と、兵士たちに宣伝していることには気づいていないらしいが……
バカな男である長官は、もったいをつけるかのように間をとった。
横一列に並ぶ罪人を端から端まで、なめるような視線で何往復かしたのち、飽きもせず話しはじめた。
「バカな貴様らにもよくわかるよう俺様が説明してやる。この刑は王都の東をながれるガルフ川にある、裁きの滝という偉大な自然に由来がある。なぜいちいちそんなところまで連れて行くのか? その理由、バカどもにはわかるまいて。
おまえたちは筋金入りの大罪人よ。よって、直接に手を下した処刑人がけがれ、それによって差別されたり、恨まれたり……、あるいは、見当違いな報復を受けたりする恐れを避ける必要がある。
なにゆえ真っ当に生きる我々が苦しまねばならないのか?
そんなことは、断じてあってはならない!
そこで、だ。我が国の大自然に罪人の命の行く末をゆだね、天の決断を仰ぐものである。
これより――」
「――なんでぇ! つまりは、お役人のダンナがビビって、俺らに手を出せねぇだけじゃねーか。それを偉そうに」
「兄貴の言う通りだぜ」
「そうだそうだ! さっすがボスだ!」
ダミ声があがり、場がザワつきだした。
横に並ぶ罪人たちが文句を言いはじめた。
それを聞くに、どうやら僕以外の罪人は知り合いらしい。
役人を茶化した男。
ボスと呼ばれるその男の発言を、みんなでこぞって持ち上げている。
「だまらんか! 刑はもうはじまっているのだぞ」
腰縄を引く兵たちが静まらせようとするが、聞き分けの良いまともな罪人はひとりもいない。
僕という例外をのぞいて。
「おまえら! お役人様が困っておられる。静かにしてやらんか」
はじめにちょっかいを出した男がふたたび口を開いた。
するとたったその一言でならず者たちは鎮まる。
この場で一番の偉い者は、まるでボスと呼ばれる罪人の男であるかのようだった。
「すいませんねぇ、俺らもどうせ死ぬなら後悔のないようにしたいもんで」
「そ、そうか……
まあいい、続ける。たしかに貴様が言うことはもっともだ。こちらも死ぬ前に後悔のないよう、貴様らのために素晴らしい旅行を用意している」
「ほー、そいつは楽しみだな。そいつは楽しみだが、ちょっと待ちな。
こいつはよくない、よくないことだぜ。やい! これはどういうことだ?
オレ様の晴れの門出の処刑仲間に、子供が混じってるじゃねぇか!」
「こんなガキがボスに並ぶ、悪名高き大罪人だってのか!」
「こいつは困るぜ。
俺の経歴にハクがつくような野郎なら、ともかくだ。毛も生えそろってねぇようなガキと並べてひとくくりじゃ、俺様の名が泣くぜ?」
これから処刑だというのに、威勢がよくて元気なのが処刑されるほうだという、なんだかよくわからないことになっている。
僕のとなりの男。
ボスと呼ばれる中肉中背の男が、ほかの罪人たちのリーダーらしい。
縛られているのにお構い無しの様子で、説明を求めて役人にギャンギャンと噛み付いている。
それはなぜか?
その理由は僕だった。
どうにも場違いな子供がいると、大人というものは構いたくなるらしい。
牢屋番の男もそうだった。
となりの罪人は、直接僕にからんできているわけではない。
だが、役人に噛み付いているその理由は、まぎれもなく僕のことだ。
けれどもそんなことは、僕には関係はない。
僕は明るさにすっかり慣れた目で、役人、罪人、あたりの景色……
そういったものを、怪しまれないよううつむきがちに目を走らせていた。
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